2-4 はるかぜとともに
本日、ニ回目の投稿
玄関を出ると、少し冷たい空気が顔に触れた。
冬の頃よりは柔らかい。
空を見上げると、雲の切れ間から日が差し込んでいる。
「うわ、眩しっ」
思わず顔をしかめて声を上げた。
外を歩いていた高齢の女性が、驚いたように振り向く。
蓮は会釈したものの恥ずかしくなって、顔をそらしつつ足早にその場を離れた。
家の前の道を歩き、県道との交差点まで着いたところで、暖かさを感じ上着の袖をまくり上げた。
辺りを見渡すと、自転車や車が行き交っている。
交差点を渡り角を曲がると、視線の先には近所の公園が見える。
公園では、小さな子供が動物の乗り物を、ペシペシと可愛い音を立てて叩いていた。
スプリングの先にデフォルメされた動物がくっついているその乗り物は、びくともしない。
若い母親が「良い子良い子してあげてね」なんて言いながら、頭を撫でている。
蓮はその微笑ましい様子を横目に、公園の中を歩く。
子供が遊びに飽きたらしく、おぼつかない足取りで蓮の方へ走ってくると、桜の花びらを蓮に手渡した。
「ありがとう」
蓮は笑顔で受け取ってから、視線を上に向けると、淡いピンクに色づいた桜の木の枝が揺れていた。
近くまで歩いてきた母親が、子供に向かって尋ねる。
「綺麗だね。桜、好き?」
子供は答える代わりに、母親の顔を見上げて笑った。
「ふふ、ありがとう」
子供の頭を優しく撫でてから、蓮に向かって話しかける。
「ごめんね、あなたにもあげたかったみたい」
「そうみたいですね」
蓮が答えると、母親も嬉しそうに微笑んだ。
「この辺りに住んでるの?」
「はい。すぐそこです」
「そうなんだ。今日は学校、お休み?」
何気ない問いかけに、蓮は一瞬だけ返事を迷った。
「……実は、事故に遭って入院していたんです。昨日退院したばかりで、高校もまだ休んでいて」
「えっ、そうだったの?それは大変だね。身体は大丈夫なの?」
「はい。まだ無理はできませんけど、全然動けます」
「そっか、よかった。無神経にごめんね」
初対面の相手にそこまで話すつもりはなかったけれども、親しみやすい口調で心配されると、不思議と口が動いた。
母親はそれ以上詳しく尋ねることなく、子供の頭を優しく撫でた。
「うちにも高校生の弟がいるんだけどね。あなたと同じくらいの年なの」
「弟さん、ですか?」
「そう。私とはほんの少しだけ歳が離れてるんだけど、高校生になったのに、しょうもないことばっかりしてるんだから」
母親は困ったように笑う。
「この間だって、友達と遊びに行くって出かけたと思ったら、ギター買って帰ってきたんだよ?弾けもしないのに」
「あ、あはは、まあ誰だって最初は初心者ですから」
蓮は苦笑いするしかなかった。
「あんなヤツの肩持つことないって。ホントに、もっとしっかりしてほしいわ」
「行動力があって良いんじゃないですか?」
「計画性がなさ過ぎるの。あなたみたいに落ち着いた彼女でもできたら、少しはまともになるんだろうけど、あの様子じゃ無理ね」
「えっ……」
思わず声が裏返りそうになり、蓮は慌てて口を閉じた。
「あっ、ごめんね。あなたが理想の妹過ぎて、つい」
「いえ、そんな……」
随分と気に入られたようだが、どう反応すればいいのかわからず、蓮は曖昧に笑った。
「そういえば、あなたはどこの高校なの?」
「西高です」
「そうなの?うちの弟も西高なんだ」
母親の言葉に、蓮の意識がぴたりと止まった。
「同じ……高校?」
「ええ。二年生になったかな。あなたのことも知ってるかもしれないわね」
母親は何でもないことのように話を続けている。
けれど、蓮の耳には、その先の言葉がほとんど入ってこなかった。
同じ高校ということは、弟と顔を合わせる可能性がある。
教室が違っても、廊下ですれ違うことだってあるだろう。
自分のことを、どこまで話して大丈夫なのか。
名前を伝えれば、身体が変わってしまったことは知られる。
学校に戻れば、いずれ周囲に伝わる。
頭ではわかっていた。
家族も、悠真も、綾香も、受け入れてくれている。
それでも、自分のことがどんどんと広まっていくことに不安を覚えた。
「……どうかした?」
呼びかけられて、蓮ははっと顔を上げた。
「すみません。ちょっと、考え事をしてました」
「ごめんね? 疲れちゃったかな」
「いえ、大丈夫です」
そう答えながらも、蓮の意識はもう目の前の会話に戻ってこなかった。
母親は気にした様子もなく、子供に声をかけている。
子供は手の中の花びらを握りしめ、何かを伝えようとするように母親の顔を見上げていた。
その微笑ましい光景を見ていても、蓮の心は落ち着かなかった。
せっかく外に出てきたのに、何をしているのだろう。
もう少し歩いてみようと思っていたけど、今はそれどころではなかった。
帰ろう。
そう決めるまでに時間はかからなかった。
蓮は母親に軽く会釈する。
「それじゃあ、また」
「気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
蓮はもう一度頭を下げ、来た道を戻り始めた。
春の風が頬を撫でる。
頭上では桜の枝が揺れ、花びらが一枚、二枚と舞い落ちていた。
それなのに、さっきまで感じていた春の空気は、もうどこかへ消えてしまったようだった。
更新ご無沙汰だったので、今日は頑張りました。




