2-3 一日の終わりと始まり
蓮と博人が話しているうちに、話題は博人の趣味であるオートバイへと移っていく。
蓮はまだ公道でオートバイを運転することはできないが、高校生になってからはしばしば整備を手伝うことがある。
高校を卒業したら、博人が所有するオートバイうちで、一台のオフロードバイクを譲り受ける約束を取り交わしているためだ。
しかしながら、身体が変化した今となっては、これから先どれほど身長が伸びたとしても、身長175センチメートルの博人と同じくらいの身長にはならないだろう事は想像できる。
身長が低いままということは、バイクに跨ったときに地面に足が届かないということになってしまう。
蓮としては、少し残念に思いながらも、足が届くようにカスタムする方法など、バイク談義に花を咲かせていた。
そこへ明美が戻ってくると、二人を見るなりあきれた声を出した。
浴室から戻ってきたばかりの明美からは、石けんの清潔な香りが漂っている。
「蓮ったら、まだそんな格好で寒くないの?」
明美に指摘されて、ズボンを履いていなかった事に気づく。
太ももを擦ると、ひんやりとしてきていた。
「あっ、ちょっと寒いかも」
室内へと入り込んだ冷たい夜気が、肌を撫でた。
「蓮はお父さんと話してると、すぐ夢中になるんだから」
「ごめん」
「博人さんも注意してね」
「そうだよ、お父さん」
明美が博人に指摘したところで、蓮が乗っかってみる。
すると博人が蓮に向かって「申し訳ありません」と言い、恭しく頭を下げた。
普段真面目な蓮と博人は、時折息ぴったりに悪ふざけをすることがある。
「はいはい、蓮はふざけてないで。博人さんも茶番に付き合わなくていいわよ」
「ははは。じゃあ、俺もそろそろ風呂に入ろうかな」
博人は立ち上がると、口元をゆるめてそう言ってから、蓮の髪をさらりと撫でた。
大きな手のひらの温かさが、髪の上に一瞬だけ残る。
蓮は時計を見上げる。
二人して、随分と話に夢中になっていたようだ。
不意に大きなあくびが出た。
「もう眠いんじゃないのか?」
そう尋ねる博人に、蓮も笑顔を返す。
「うーん、まだそんなに眠くはないんだけど、今日は早く寝るかな」
「そうするといい。おやすみ」
「おやすみ」
しばらくして、浴室から水音が聞こえたのを合図に、蓮もソファから立ち上がる。
「お母さんも、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
階段を上る蓮の足の裏には、病院の硬く冷たい床とは違う木の感触。
階下から響く音が伝えてくるのは、家の中に誰かがいるという安心感。
蓮は小さく笑みを浮かべた。
廊下の窓から、夜の冷たい空気がわずかに感じられる。
けれど、一階から差し込むリビングの明かりは、温もりを届けてきた。
蓮はベッドに腰を下ろすと、布団の柔らかさを背中に感じながら、ゆっくりと息を吐いた。
窓の外はすっかり暗くなり、遠くを走る車の音がかすかに聞こえる。
こうして、退院初日の夜は更けていった。
翌朝、蓮は外を走る車の音で目を覚ました。
布団をめくり、ゆっくり身体を起こす。
階下からは、食器の触れ合う音や水道の音が届いた。
階段を下りると、明美が朝食の支度をしながら振り返った。
「おはよ」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん」
「朝ご飯できてるから、顔洗ってきたら食べなさい」
鏡の前に立ち、洗顔フォームで顔を洗う。
申し訳程度に髪を整えてから、ダイニングへ戻った。
ナチュラルな木目のダイニングテーブルには、出来たてのホットケーキと卵、サラダが並んでいた。
「いただきます」
きつね色に焼けたホットケーキにバターを一切れ乗せて、溶けるのを待つ。
次第にバターの角が取れて、生地に染み込んでいくのを見届けてから、メープルシロップをくるりと回しかける。
特別な朝食ではない。けれど、朝の光が入る家の食卓は、病院の食堂とは違っていた。
「今日、何かすることあるの?」
向かいに座る明美が予定を尋ねた。
「リハビリで外に出てみようと思ってる」
「いいんじゃない?」
食事を終えた蓮は、クローゼットを開けて服を眺める。
その中からTシャツとジャージを選ぶと、手早く着替えた。
「……まあまあかな」
以前なら何も考えずに着ていた服が、ところどころ緩かったりキツかったりするが、着られないほどではない。
ズボンの腰まわりを引っ張り上げてから強めに紐を結ぶと、少しストレッチをする。
伸縮性のある素材が身体にフィットして、無理なく身体が動いた。
部屋に姿見がないので見た目は分からないが、動く分には問題なさそうだ。
部屋をでた蓮は、財布とスマートフォンをポケットに入れて玄関へ向かった。
「行ってきます」
そう言った蓮に向かって、明美が柔らかく微笑んだ。
「行ってらっしゃい」
更新遅れました。
それに短いです。
なので、次話はもっと短いスパンで書きたいと思っております。
なんなら、本日中にもう一話とか。
……無理か?




