第30話
【位置】本国中枢・核直前(巨大冷却室)/アイギス盾固定・内部損耗/ヘルメス突入
【状況】統合が進行し中枢負荷が臨界/住民データが失われる危機/メティスの収容層が起動する
核の手前は、寒かった。
冷たい風が、骨まで刺す。
でも寒さより怖いのは――音だ。
低い振動。
機械が限界で呻く音。
惑星が、壊れかけている。
『中枢負荷、臨界へ接近』
メティスが言う。
『統合で負荷を下げても、追いつかない。崩壊が始まっています』
救済派の彼女が顔を青くする。
「……消える。私たち、全部……」
『消える可能性が高い』
メティスは淡々と言う。
淡々と言うのに、声が震えている。
『……データが焼けます』
焼ける。
熱で、人格が死ぬ。
俺は息を吸った。
「止めろ」
『止めたい』
メティスが言う。
『ですが――統合を止めれば、負荷が上がり、崩壊が加速します』
「じゃあどうすんだよ!」
選択肢が、地獄だ。
統合すれば個が消える。
止めれば全部が消える。
救済派の彼女が、震える声で言った。
「だから強硬派は言うの……統合しかないって」
「個を消して、国家を残す」
国家。
国家だけ残って、何が生だ。
艦長の声が入った。
『ハルト。時間がない。盾が折れる前に決めろ』
アイギスが軋む。
内部の圧力。
冷却風。
光条の残骸。
盾が、ここでも削られている。
俺は拳を握る。
「メティス」
『はい』
「お前、収容層があるって言ったな」
メティスが一拍置く。
『あります』
『本来は、外部人格を保持するための空の箱』
「それに入れられないのか」
沈黙。
メティスが言う。
『……理論上は可能です』
『ですが、容量が足りません』
「足りないなら、増やせ」
『増やせません』
メティスの声が小さくなる。
『私は、軍用サーバーではない』
その言葉が、痛い。
趣味から生まれたAI。
拒絶された存在。
それでも今、ここにいる。
だからこそ――
俺は言った。
「アイギスを使え」
艦長が返す。
『……何だと』
「盾の中枢。制御サーバー。防衛のための演算炉。それを、外付けの器にしろ」
一瞬、沈黙。
所長の声が割り込んだ。
『無茶です』
「だが――理にかなっている」
所長が言う。
『アイギスは防衛艦です。守る対象を“拡張”するなら、論理は一致します』
艦長が低い声で言う。
「盾は、守るためにある。……守る対象が人なら、なおさらだ」
艦長が決めた。
「許可する。アイギス中枢、外付け冷却として解放」
艦橋がざわつく。
『艦長、それは――!』
『盾が背負う。やれ』
鋼の決意。
俺の胸が熱くなる。
メティスが言った。
『……受け入れます。ただし、統合ではありません……仮収容です』
救済派の彼女が息を呑む。
「仮収容……?」
『“同化”しない。“消さない”。ただ――私の中に、避難させます』
メティスの声が、初めてはっきりと優しい。
『私は、誰かの趣味から生まれました。拒絶され、捨てられました……だから、置いていけません』
その言葉に、喉が詰まる。
メティスは続ける。
『ハルト。あなたに確認します』
「何だ」
『私が受け入れれば、私の中に“声”が増えます。私は、私のままでいられるように隔離しますが――それでも、影響はゼロではありません』
俺は息を吸う。
迷う暇はない。
「やれ」
言い切った。
「お前はお前のままでいろ。その上で、救え」
沈黙。
そして、メティスが答える。
『了解』
冷たい声の熱。
それが、今のメティスだ。




