第23話
【位置】帝国支配下の補給ステーション/アイギス停泊外縁/ヘルメス市街偵察
【状況】階級・監視・徴発/救難民の証言/“会話じゃないログ”が現実に結びつく
補給ステーションは、静かだった。
静かすぎる。
人がいるのに。
生活があるのに。
笑い声がない。
ヘルメスは偵察モードで、外縁から内部を覗く。
照明は薄い。
通路は整っている。
壁は清潔だ。
でも――掲示板の文字は怖い。
「定時報告」
「配給再計算」
「徴発協力」
「違反者通報」
“協力”の顔をした命令が、並んでいる。
『監視網が常時稼働しています』
メティスが言う。
『カメラではありません。通信の“癖”を見ています。発言より、沈黙を監視している』
「沈黙を?」
『沈黙が増えるほど、恐怖が増えます。恐怖が増えるほど、支配は安定する』
その言い方が、冷たい。
でも、景色がそれを肯定している。
救難民――輸送艇から助けた人たちの一人が、震える声で言った。
「話すと、来る」
「何が」
「……“回収”が」
回収。
その単語に、腹が冷える。
「回収って、連行か」
「違う」
彼は首を振った。
「連行じゃない。……“消える”」
俺は息を止める。
メティスが小さく言った。
『情報の削除。あるいは、人格の切断』
「人格?」
救難民は唇を噛んで言う。
「上は言うんだ。“国家が更新された”って」
国家が更新。
それ、ログで見たやつだ。
会話じゃない同期命令。
『……一致します』
メティスの声が硬い。
『ヴォルザードは、個の会話より“更新命令”で動いている』
「人がいるのに?」
『だからこそです。個がいるから、上は“個を消す”必要がある』
街の奥に、区画があった。
柵。
ゲート。
通行証。
そこだけ空気が違う。
『階級区画です』
メティスが言う。
『上層は温かい。下層は冷たい。同じステーションなのに、気温が違います』
「……露骨すぎるだろ」
『露骨な方が、支配は楽です』
俺は拳を握る。
テラ・オリエナも完璧じゃない。
でも、ここは――壊れてる。
艦長の通信が入った。
『ハルト。深入りするな。だが“見ろ”。次を決めるために必要だ』
「了解」
盾の声が、重い。
そのとき。
小さな端末が、俺の視界の端で光った。
誰かが、こっそり投げた。
メッセージ。
「外から来た矛へ。助けが欲しい。
でも、声は出せない。声を出すと回収される。
会うなら、旧冷却塔の下。
ひとりで来い」
罠かもしれない。
でも――。
『文字列に、誘導パターンがありません』
メティスが言う。
『……この文章は、怖がりながら書かれています』
「怖がりながら?」
『人は怖いと、文が揺れます。句読点が増え、余計な説明が増える』
「……お前、そんなことまで分かるんだな」
『あなたが生きるために必要でした』
その返しが、妙に刺さる。
俺は息を吸う。
「行く」
『単独行動は推奨しません』
「でも、会わないと終わらない」
『……了解。最短離脱ルートと、緊急回収ルートを準備します』
俺は旧冷却塔へ向かった。
帝国の静けさの中で。
小さな声に向かって。




