8話 勇者と学校と、ちゃんと教えているつもりの日
村には、学校がある。
学校では、いろいろなことを教える。
教えることで、人は分かった気になる。
分かった気になると、疑問は消える。
疑問が消えると、世界は安定する。
二人は、学校へ向かうことにした。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
王城を出て、しばらく歩くと、
道は一気に素朴になった。
広かった石畳は土の道に変わり、
高い建物は低い家に変わる。
さっきまで漂っていた重たい空気も、
いつの間にか消えていた。
代わりに聞こえてくるのは、
子どもたちの声だった。
「……急に世界が小さくなったね」
スライムが言った。
「そりゃ、村に戻ってきたからな」
勇者は、どこか安心したように歩いている。
「さっきまで王様とかいたのに、
今は子どもが走ってるだけだよ?」
「それが普通だろ」
「王城の方が普通じゃなかった気がするんだけど」
道の先に、小さな建物が見えてきた。
木造で、窓が多く、
中から黒板を叩く音が聞こえる。
「ここがあれだよ。学校」
「……学校って、何する場所だっけ」
「んーー、いろいろ教えるんだよ」
「何を?」
「そりゃ、大事なこと」
「大事って何?」
勇者は少し考えた。
「……もちろん、正しいことをだ」
「正しいって、誰が決めたの?」
勇者は、答えなかった。
校舎の前には、
靴がきれいに並んでいる。
どれも同じ向きで、
同じくらいの大きさだ。
(……揃いすぎじゃない?)
スライムは、
その並び方が少し気になった。
中に入ると、
教室には子どもたちが座っていた。
黒板の前には先生が立ち、
穏やかな声で話している。
「では、みなさん。
勇者とは、立派な存在です」
「はーい!」
子どもたちは元気よく返事をする。
「魔王は、悪い存在です」
「はーい!」
「世界は、正しく回っています」
「はーい!!」
スライムは、
その光景を見て、首をかしげた。
「……ねえ」
小さな声で言う。
「今の、何の話?」
「授業だよ。授業」
「内容、ちゃんと分かってる?」
「もちろん分かってるだろ。
みんなも返事してるからな」
「返事してるだけじゃない?」
先生は、二人に気づいて、にこやかに言った。
「見学ですか?」
「はい!」
勇者が即答する。
「よいですね。
勇者さまは、子どもたちの憧れです」
「え、そうなの?」
スライムが思わず聞く。
「ええ。
勇者は、世界を救う存在ですから」
「今のところ、
世界困ってないよね?」
先生は一瞬だけ間を置いた。
「……それは、
正しく回っているからです」
「正しく回ってるって、
どういう意味?」
「そう教えています」
「説明じゃなくて、
教えてるだけじゃない?」
先生は、困ったように笑った。
「質問は、後でね」
「後でって、いつ?」
「授業が終わったら」
スライムは、
その「後で」という言葉に、
なぜか引っかかった。
(……これ、
たぶん来ないやつだ)
授業は続く。
先生は黒板に文字を書く。
「勇者」
「魔王」
「平和」
どれも簡単な言葉だ。
子どもたちは、
それをノートに書き写している。
意味を考えている様子はない。
ただ、書いている。
(……世界って、
分からないことを
分からないままにしないんだ)
スライムは、そう思った。
分からないなら、
考えさせればいい。
でもこの場所では、
考える前に答えが出される。
それも、
一つだけ。
(選ばせないんだな)
スライムは、
胸の奥が少しだけ重くなった。
「ねえ、質問していい?」
我慢できずに、また声を出す。
先生は、少し困った顔をした。
「質問は、後でね」
「それさっきも聞いた」
「授業が大事なので」
「何の授業?」
「正しいことを学ぶ授業です」
「正しいって、
間違いとセットじゃない?」
先生は、黒板を消し始めた。
ギギ、と音がする。
その音だけが、
教室に響く。
子どもたちは黙っている。
誰も質問しない。
その沈黙が、
やけに長く感じられた。
スライムは、
その時間が一番怖かった。
(……疑問、
最初から入る余地ない)
やがて、授業は終わった。
「今日はここまでです」
先生が言うと、
子どもたちは一斉に立ち上がる。
「ありがとうございました!」
声は揃っている。
動きも揃っている。
誰も、
さっきの内容について
何も言わない。
子どもたちは、
そのまま教室を出ていった。
教室には、
先生と二人だけが残る。
スライムは、
少し間を置いてから言った。
「……質問していい?」
先生は、にこやかに答えた。
「もう授業は終わりましたよ」
「え?」
「また次の機会に」
「その“次”、
いつ来るの?」
先生は、答えなかった。
ただ、黒板を拭き続けている。
(……疑問、
出すタイミングごと消されてる)
スライムは、
そう感じた。
授業は、予定通り進行した。
内容は、伝えられたとされた。
質問は、提出されていない。
子どもたちは、理解したとされた。
世界への影響は、特に確認されていない。
安定は、引き続き維持されている。
学校を出ると、
外はいつも通りの村だった。
子どもたちは笑いながら走り、
さっきの授業の話はしていない。
「……ねえ勇者」
スライムが言う。
「今の、ちゃんと教えてたと思う?」
「教えてたんじゃないか」
「何を?」
「もちろん正しいことをだ」
「それって、
分かるためのもの?
信じるためのもの?」
勇者は、少し考えた。
「……そうだな、信じるため……とか?」
「それ、
考えなくていいって意味だよね」
勇者は黙った。
学校の建物を振り返る。
小さくて、
静かで、
とても平和だ。
でも、その中で行われていたのは、
疑問を出させない練習だった。
(……この世界、
疑問を持つ前に
正解を渡してくる)
スライムは、
それが一番怖い仕組みだと思った。
「ねえ」
「なんだよ?」
「ここで育った子たちさ、
大きくなったら、
何考えると思う?」
勇者は、少し考えた。
「正しいことだろ」
「それだけ?」
「それで十分。他に何があるんだよ」
スライムは、
それ以上言わなかった。
授業は、無事に終了した。
子どもたちは、帰宅した。
先生は、次の授業の準備をしている。
学校は、静かになった。
疑問は、残っていない。
つまり、考えさせないことで、
世界は今日も安定している。




