7話 勇者と王城と、すでに全部決まっている日
王城には、王様がいる。
王様は、世界を代表して話す。
話すと、状況に意味がつく。
意味がつくと、人は納得した気になる。
納得しても、状況が変わるとは限らない。
二人は、王城へ向かうことにした。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
村を出て、しばらく歩くと、道が急に広くなった。
さっきまでの素朴な通りとは違って、
地面はきれいに整えられ、
両脇には背の高い建物が並んでいる。
歩く人も、どこか静かで、
声を出している人がほとんどいない。
「……急に空気が変わったね」
スライムが言った。
「そりゃ、王城に近いからな」
勇者は、少しだけ背筋を伸ばして歩いている。
「何が違うの?」
「なんか……ほら、大事そうだろ」
「見た目だけで?」
「そうそう、王城だからな」
スライムは、周囲を見回した。
建物は立派だが、
そこにいる人たちは、特に忙しそうでもない。
ただ、静かに歩いているだけだ。
(……世界、
重要そうな場所ほど、
音が少なくない?)
スライムは、なぜかその静けさが気になった。
酒場や武器屋では、
やたらと音が多かったのに、
ここでは逆に、無駄な音が消えている。
まるで「これから何か起きますよ」と言いたげなのに、
実際には、何も起きていない。
王城の門の前には、衛兵が二人立っていた。
ぴしっと姿勢を正し、
まったく動かない。
「おお……」
勇者が小さく声を出す。
「なんか強そうだな」
「ずっと立ってるだけだけどね」
「いやいや、雰囲気が違うよ。雰囲気が」
「雰囲気最強だね、この世界」
衛兵は二人を見て、無言でうなずいた。
それだけで、門が開く。
「……今の何?」
「そりゃ、通ってもいいですよってことだろ」
「質問も説明もなしに?」
「王城だからな」
「王城って便利な言葉だね」
中に入ると、広い廊下が続いていた。
天井は高く、
足音がやたらと響く。
二人の歩く音だけが、
やけに大きく聞こえる。
「……ねえ」
スライムが小声で言う。
「これ、今までで一番“イベント感”あるよね」
「ああ、そうだな」
「でもさ、今のところ、
歩いてるだけだよね」
「……そのうち何か起きるだろ」
「“そのうち”多すぎない?」
しばらく歩くと、
大きな扉の前で止められた。
衛兵が無言で扉を開く。
中は、広い部屋だった。
奥に王座があり、
その上に王様が座っている。
左右には神官らしき人と、
また別の衛兵たち。
「おお……」
勇者が思わず声を出す。
「よくぞ来た、勇者よ!」
王様の声は、やたらと大きかった。
「世界は平和である!」
「……平和なのに呼んだの?」
スライムが小声で言う。
「だが、魔王は存在している!」
「平和なのに“だが”って何」
王様は、特に気にせず話を続ける。
「そなたには、
魔王を倒す使命がある!」
「使命って何」
スライムがすぐ突っ込む。
「いつ決まったの、それ」
「今、決まったんだよ」
「今!?」
「王がさっき言っただろ」
「世界、
言ったもん勝ちすぎない?」
神官が一歩前に出てきた。
「勇者よ。これは運命です」
「運命って何」
「選ばれし者なのです」
「選ばれたって、
いつ、どこで、何に?」
神官は、少しだけ言葉に詰まった。
「……それは、その……
そういう流れです」
「また流れ!!」
スライムは、王座の間を見回した。
立派な部屋。
立派な人たち。
立派な言葉。
でも、話している内容は、
昨日までと何も変わっていない。
(……世界、
何も起きてない状態に、
後から説明だけ足してない?)
スライムは、
その違和感が、だんだん形になってきていた。
王様は続ける。
「そなたが旅をすることで、
世界は救われるのだ!」
「今のところ、
世界、困ってないよね?」
「それは……まだ表に出ていないだけだ」
「出てないものに、
どうやって備えるの?」
「意味があるからだ」
「意味って何」
「……意味だ」
スライムは、一瞬だけ言葉を失った。
(……意味って、
何が起きたかじゃなくて、
どう説明したかの話じゃない?)
ここにいる人たちは、
誰も“現状”の話をしていない。
全部、“これから”の話と、
“そういう設定です”という説明だけだ。
そのとき、王座の間に沈黙が落ちた。
誰も喋らない。
王様も、神官も、衛兵も。
広い部屋に、
自分たちの呼吸音だけが響く。
スライムは、その静けさが、
今までで一番不安だった。
(……この世界、
一番大事そうな場所ほど、
一番何も起きてない)
勇者は、なぜか少し緊張していた。
姿勢を正し、
王様の方を見つめている。
「……ねえ勇者」
スライムが小声で言う。
「今、何か変わった?」
「ああ、さっき使命をもらったんだ」
「それ、紙と何が違うの?」
「意味があるんだよ。意味が」
「意味って、
何が起きたかじゃなくて、
どう言われたかの話だよね?」
勇者は、少し考えた。
「んーー、大事なことを言われた気はするな」
「“気はする”で世界動かすの、
もう常套手段だよね」
王様は満足そうにうなずいた。
「よい。では、旅を続けるがよい」
「それだけ?」
「それだけだ」
「呼んだ意味!!」
スライムの声は、
王座の間に虚しく響いた。
勇者は、王に謁見した。
使命が与えられた。
世界は平和であると宣言された。
魔王は存在していると説明された。
制度的・象徴的な意味は増加した。
しかし現実的な状況変化は、確認されていない。
世界の進行度に、目立った変化は見られなかった。
王城を出ると、外の空気は変わらなかった。
通りは静かで、
村の方では人の声が聞こえる。
さっきまでいた場所が、
まるで別世界だったかのように、
あっさりと日常に戻っている。
「……ねえ」
スライムが言う。
「今、世界ちょっと進んだ?」
「ああ、進んだと思うぞ」
「どこが?」
「使命だよ。使命」
「それ、
目に見える形で何か変わった?」
「……変わってないな」
「じゃあ何が進んだの?」
勇者は、しばらく黙った。
「……こういうのは気持ちの問題なんだよ。気持ちの」
スライムは、思わずため息をついた。
「世界って、
気持ちと説明だけで、
ここまで引っ張れるのすごくない?」
「……でも、物語っぽかっただろ」
「物語っぽかっただけだよね」
「王がいたからな。大事な場面だった気はするぞ」
「“気はする”で、
何話分進めるつもりなの」
勇者は、答えなかった。
王城を振り返る。
高くて、立派で、
いかにも“中心”っぽい。
でも、その中で起きたのは、
説明と宣言と、沈黙だけだ。
(……この世界、
意味をもらった瞬間に、
もう進んだ気になっちゃうんだ)
スライムは、
それが一番怖い仕組みだと思った。
王様は、王座に戻った。
神官は、持ち場に戻った。
衛兵は、引き続き立っている。
勇者は、城を出た。
スライムは、隣にいる。
世界は、平和なままである。
魔王は、存在しているとされた。
つまり、説明が増えただけで、
状況は一切変わっていない。




