6話 勇者と防具屋と、守られている気がする日
村には、防具屋がある。
防具を着ると、安心する。
安心すると、危険を考えなくなる。
危険を考えなくなると、世界は平和に見える。
見えるだけで、実際に安全かは分からない。
二人は、防具屋へ向かうことにした。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
武器屋を出てから、二人は通りをそのまま歩いた。
ほんの数十歩しか進んでいないのに、
すぐ隣に、ほとんど同じような建物が現れる。
ガラス張りで、看板があって、
中にずらっと何かが並んでいる。
違うのは、それが剣じゃなくて鎧だというだけだ。
「……近くない?」
スライムが言った。
「ん……何が?」
「武器屋の隣に防具屋ってさ。
世界は、攻撃と守り、同じ通りにお店を並べすぎじゃない?」
「そりゃ、その方が便利だろ。普通」
勇者は特に疑問も持たず答える。
「便利って、誰に?」
「俺たちみたいな冒険者に。だよ」
「昨日まで冒険始まってないよね?」
「いやいや、これから始まるかもしれないだろ。
むしろ始まっている可能性すらある」
「“かもしれない”で街作るの、
だいぶ雑じゃない?」
通りを歩きながら、スライムは周囲を見回した。
昼間の村は、相変わらず普通だった。
子どもが走っていて、
犬が道の端で寝転んでいて、
店の前で人が立ち話をしている。
誰も鎧を必要としているようには見えない。
(……この世界、
危険がある顔してないよな)
それなのに、
武器屋と防具屋だけは、
やたらと立派に建っている。
まるで、危険の方が後付けみたいだ。
「ねえ勇者」
「今度はなんだよ?」
「今のところさ、
この村で一番危険そうなの、
僕たちじゃない?」
「んーー、そうか?」
「だって、僕たち以外、
誰も魔王の話してないよ?」
勇者は少し考えた。
「そりゃ、平和だからじゃないか」
「平和って、
危険がない状態だよね?」
「……ああ」
「じゃあ、防具いらなくない?」
勇者は、答えなかった。
そのまま、防具屋の扉を開けた。
中は、武器屋とほとんど同じだった。
壁一面に鎧、兜、盾。
どれもピカピカで、
触っただけで安心できそうな見た目だ。
カウンターの奥から、
防具屋のおかみさんが顔を出す。
「いらっしゃい!今日はどんな安心をお探し?」
「安心って何!?」
スライムが即座に突っ込む。
「この鎧はね、とにかく安心だよ〜」
「どのくらい?」
「着てるだけで安心!」
「効果それだけ!?」
勇者は、並んでいる鎧を一つ手に取った。
ずしりと重く、
いかにも“守ってくれそう”な見た目だ。
「これ着たら、もう大丈夫だな」
「何が?」
「色々だよ。色々」
「色々って何!?」
おかみさんは、次々と商品を並べていく。
「これは軽くて安心!」
「これは硬くて安心!」
「これは高いけど一番安心!」
「全部“安心”しか言ってないんだけど!!」
スライムは、店の中をゆっくり見回した。
誰も不安そうな顔をしていない。
誰も困っている様子もない。
それなのに、
みんな真剣な顔で鎧を選んでいる。
(……世界、
危険減らす代わりに、
不安だけ消してない?)
スライムは、胸の奥が少しだけ冷たくなった。
「じゃあ、試着してみようか」
おかみさんに言われて、
勇者は鎧を着ることになった。
ガチャガチャと音を立てながら、
鎧を装着していく。
明らかに動きづらそうだ。
「……重くない?」
「……重いけど、ほら安心だぞ。これ」
「動きづらくなってるだけだよ?」
勇者は、店の奥にある鏡の前に立った。
鎧姿の自分を見て、
なぜか満足そうにうなずく。
「おお……守られてる感あるな」
「それ、何から守られてるの?」
「んーー、なんだろうな。分からないけど」
「分からないのに安心してるの?」
「安心してるから大丈夫なんだろ」
「順番逆じゃない!?」
周囲の村人が、なぜか拍手を始めた。
「おおー!」
「いいねえ!」
「強そう!」
誰も敵の話をしていない。
誰も危険の話をしていない。
ただ、見た目だけで盛り上がっている。
その瞬間、
店の中に一拍だけ沈黙が落ちた。
誰も喋らず、
鎧の金属音だけが、カチャ、と鳴る。
スライムは、その沈黙が、
なぜか一番怖かった。
(……この世界、
誰も危険を想像してない)
だからこそ、
こんなに安心グッズが売れる。
危険がないから防具がいらないんじゃなくて、
防具があるから、
危険を考えなくて済んでいる。
「……ねえ」
スライムが小さく言う。
「これ、何から守ってくれるの?」
勇者は、しばらく考えた。
「……分からないけど、
とりあえず安心かな」
「それ、
何の保証にもなってないよね」
「でも安心だろ。安心」
「安心って何の証明?」
「気持ちの問題だよ。気持ちの」
「世界、
気持ちだけで守られすぎじゃない?」
勇者は答えず、
また鏡を見た。
鎧姿の自分は、
昨日よりずっと物語っぽい。
でも、立っている場所は同じだ。
(……この世界、
守るものがないまま、
守りだけ増やしてる)
スライムは、そう思ったが、
なぜかそれを口に出す気にはならなかった。
二人は、防具を購入した。
防御力は上昇したとされる。
しかし世界の危険度は、もともと低い。
実質的な状況変化は、確認されていない。
安心感のみが、増加している。
平和は、引き続き維持されている。
店を出ると、外は相変わらず平和だった。
子どもはまだ走っていて、
犬は同じ場所であくびをしている。
鎧を着た勇者が歩いても、
誰も特に反応しない。
「……ねえ」
スライムが言う。
「今、何か守られてる感じする?」
「するする。すごく守られた感がある」
「何から?」
「……分からないけど」
「分からないのに安心?」
「こういうものは安心だからいいんだろ」
「それ一番危ないやつだよ!!」
勇者は鎧を叩いて、満足そうに言った。
「さあ、これで準備万端だ」
「何の準備?」
「もちろん冒険の」
「冒険、
敵いないし、危険ないし、
昨日から何も始まってないよ?」
「でも、守られてるだろ」
スライムは、しばらく黙った。
風が吹いて、
鎧の金属が小さく鳴る。
(……この世界、
危険を消したんじゃなくて、
危険を考えなくさせただけだ)
それに気づいてしまったのは、
たぶんスライムだけだった。
勇者は、鎧を着ている。
スライムは、隣にいる。
敵の出現は、確認されていない。
村は、平和なままである。
守る対象は、特に存在しない。
安心だけが、増え続けている。
つまり、守るものがないまま、
守りだけが整っている。




