40話 勇者と少女と、逃げてきた日
逃げてくる人間には理由がある。
追われるから逃げる。
見つかるから隠れる。
しかし理由は、
必ずしも信じてもらえるとは限らない。
ときどき世界は、
逃げてきた者よりも、
そこに残っている者を信用する。
この島にも一人、
逃げてきた少女がいた。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
日が少しずつ傾き、ギルド前の広場では昼食をとる人たちの賑わいの声が聞こえた。
しかしスライムはその賑わいに活気がないことに疑問を持っていた。
勇者一行はギルドの受付嬢から依頼を受けた。
勇者の手にした依頼書の紙にはこう書かれていた。
領主様の不安を取り除く仕事
スライムが勇者にボソッと言う。
「その依頼、絶対おかしいからね」
勇者はうなずいた。
「なるほどな!」
「理解してないから!」
大声で周囲の人々が振り返る。
そのときだった。
先ほどギルドの受付嬢から依頼を断られた少女が勇者の前に立つ。
「あの……待ってください」
勇者は胸を張る。
「任せろ!」
スライムは頭を抱えた。
「まだ何も頼まれてないから!」
少女は少し息を整えた。
そして言う。
「私は……」
少し躊躇いながら視線を落とす。
「私は、領主様の屋敷で働いていました」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
スライムが言う。
「まだ何も説明してない! 少し黙ってて」
少女は続ける。
「使用人なんです」
「掃除や運搬などの雑務をしていました」
錬金術師が静かに聞く。
「屋敷の中のすべての部屋に出入りしていたの?」
少女はうなずく。
「掃除も任されておりましたし、使用人として、先代の領主様の頃からお仕えしておりましたので、地下も含めどの部屋にも出入りができました」
スライムが言う。
「地下もあるの?」
少女は少し声を落とした。
「ええ。元々有事の際に島の人たちを守る為のシェルターとして先代の領主様がお作りになり、現在倉庫として使用しております」
「ちなみに島の人たち全員収容できるようにとのことでしたので地下倉庫はとても大きくて広いです」
「大きな倉庫なんだね~」
「それだけ広ければいろいろできそうだな」
お色気お姉さんは驚いていた。
錬金術師は別の意味で目を光らせていた。
少女は続ける。
「今は荷馬車いっぱいに箱が積まれて毎日お屋敷へ運ばれてくるんです」
「しかも夜に……」
「どこから運ばれてくるの?」
少女は首を振る。
「……わかりません」
「毎日港には船がやってくるので、そこからかもしれません……」
そのときだった。
遠くから車輪の軋む音が聞こえた。
荷馬車だった。
港の方からゆっくりと広場を横切っていく。
積まれているのは、同じ形の木箱。
蓋には黒い印が押されている。
スライムが小さく言う。
「……あの箱」
少女の顔がこわばった。
「同じです」
「屋敷に運ばれてくる箱と」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
「まだ何も分かってないから!」
「それに……」
唇を少し嚙み締めてから勇者たちに視線を上げた。
「島の税で集めた食べ物やお酒や……綺麗なドレスや装飾品……」
「もちろん……金も……」
スライムは激しく怒りだした。
「やっぱり搾取じゃないか!」
その声に、近くにいた冒険者たちがこちらを見た。
しかし誰も何も言わない。
目が合うと、すぐ視線を外した。
その中の一人が小さく肩をすくめた。
そして、それぞれ町の中へと消えていった。
スライムが小さく言う。
「……知ってるんだね」
「みんな」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
「何が! 分かってないよね!」
真実は、
必ずしも全体の形で語られるとは限らない。
ときどきそれは、
断片として語られる。
見たもの。
聞いた声。
覚えている景色。
それを集めて、
人は物語を作る。
しかし断片は、
ときどき間違える。
少女は続ける。
「昨日の夜のことでした」
「倉庫の近くで」
「領主様の声が聞こえたんです」
「誰と話していたの?」
疑問を投げるスライム。
少女は首を振る。
「ごめんなさい……薄暗くて誰と話していたのか見えませんでした」
「でも……」
「廊下に怒鳴り声が響き渡るくらい……かなり怒っていらっしゃいました」
勇者は大きくうなずいた。
「なるほどな!」
いつもの言葉。
「だから何が!」
少女は言う。
「領主様ですが……」
まだ悩んでいる少女は続ける。
「先代の領主様と今の領主様は違います」
「先代の領主様?」
「ええ、この島を守って下さった英雄なんです」
その言葉に反応する勇者。
「英雄、いいな! 俺と一緒だな」
「なんでそうなるの? 一緒にしないで」
突っ込むスライムにお色気お姉さんが続ける。
「いいね~、英雄。私たちと同じだね~」
「だから同じじゃない!」
少女はそのやり取りに気を取られることなく淡々と語る。
「先代の領主様は海賊の大船団とお一人で戦いになり、島の人たちが誰一人殺されることなく追い払って下さいました」
勇者は目を輝かせながら、うなずいた。
「なるほどな!」
「すごいね。その話」
少女は少しだけ声を落とした。
「でも……」
「今の領主様は……」
言葉が止まる。
錬金術師が静かに言う。
「お金……ね」
少女は驚いた顔をした。
「はい」
錬金術師は小さく笑った。
「なるほど」
スライムが言う。
「何が?」
錬金術師は言う。
「この島のお金なんでしょ?」
少し間を置く。
「全部あそこに集まってるのね」
勇者は腕を組んだ。
そして大きくうなずく。
「なるほどな!」
「何が?」
勇者は自信満々だった。
「つまり」
一呼吸置く。
「領主は心配性なんだな!」
「だから、違うってば!」
勇者は持っていた依頼書を見る。
「だけど……領主は困っているみたいだぞ!」
「今の会話、理解してないよね!」
少女は震える手で、勇者の手をつかんだ。
「お願いです。勇者様……」
「この島を……島の人たちを助けてくださいませんか」
勇者は胸を張る。
「任せろ!」
スライムは叫んだ。
「だから方向が違う!」
勇者は続ける。
「まず領主に会うぞ!」
「なんで! いきなり危険ルートだよ! それ」
「いいわね。直球、私も大好きよ」
錬金術師は別の意味で言った。
そのときだった。
後ろから声がした。
「おや」
全員が振り向く。
そこには小太りで背が低く、鼻の下に髭を伸ばし綺麗な服と豪華な宝石がちりばめられた装飾品を身に纏った、いかにも領主らしい男だった。
品のある所作。
丁寧な笑顔。
少女の顔が青ざめて、手が小さく震えた。
男は軽く礼をした。
「勇者様ですね」
「お初にお目にかかります」
「私はこの島の領主でございます。以後お見知りおきを」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
「最悪のタイミングじゃん!」
領主は少女を見る。
ほんの一瞬だけ。
目が冷たくなる。
しかしすぐ笑顔に戻る。
「その子が何か失礼を?」
真実は語られた。
しかし理解されたとは限らない。
勇者は依頼を受けた。
少女は逃げてきた。
そして領主は、
すぐ後ろに立っていた。




