38話 勇者と市場と、なぜか高い日
島には市場がある。
市場は生活の場所である。
食べ物があり、道具があり、
人が集まり、物が動く。
物が動けば、お金も動く。
そしてお金が動く場所には、
必ず理由がある。
この島にも理由はある。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
勇者たちは市場へ来ていた。
石畳の広場に、屋台が並んでいる。
野菜。
干し魚。
パン。
人の声が行き交い、荷車がゆっくりと通り過ぎる。
普通の市場だった。
普通に見えた。
お色気お姉さんが言う。
「わあ~、にぎやかだね~」
勇者は大きくうなずいた。
「ここは、いいところだな!」
スライムは周囲を見回した。
「……」
錬金術師はすでに屋台を見ていた。
値札を見ている。
そして、少しだけ眉を動かした。
「ねえ」
「何」
スライムが聞く。
錬金術師はパン屋を指差した。
「このパンだけど……」
勇者が言う。
「パンだな!」
「見たらわかるから」
パンは小さかった。
手のひらほどの大きさだった。
値札が付いている。
銀貨二枚。
スライムは言う。
「このパン、いつもより小さくない? それに値段高くない?」
「そうだね~。ちょっと小さいね~」
「値段は高いわね。他のところよりかなり……」
錬金術師は不満そうな顔で陳列された商品を見ていた。
パン屋の店主が笑う。
「税金が高いですからね。仕方がないんですよ」
島民がうなずく。
「そうそう、仕方ありません」
「これが、当たり前なんです」
「領主様が守ってくださっていますから」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
スライムは言う。
「なるほどじゃないよ!」
「でもおいしそうだね~」
お色気お姉さんは鼻をクンクンさせていた。
錬金術師は顎に指をあてながらパンを見ていた。
「高ければ良いってわけではないわ」
「まあ、これが当たり前なんですよ」
パン屋の店主は相変わらずニコニコしていた。
そのとき、小さな子供がパン屋の前に来た。
背伸びしてパンを見ている。
「おじさん、パンください」
「いらっしゃい」
店主は値札を指さした。
「これなら、銀貨二枚だよ」
子供は少し黙る。
そしてポケットを探る。
出てきたのは銅貨が数枚だった。
子供はそれを見て、首を振った。
「……また今度でいいや」
子供はそのまま走っていった。
お色気お姉さんが言う。
「あれ~、買わないのかな~」
店主は苦笑いした。
「仕方ないですよ」
「この島には、税がありますからね」
スライムは小さく言った。
「仕方なくないと思う」
勇者一行はしばらく市場の中をぶらぶら歩いていた。
市場の中ほどに魚屋があった。
しかし店先の台の上には今朝採れたであろう魚は見えるが、陳列している魚は少なかった。
「魚だな!」
「なんか、魚の数が少なくない?」
スライムは不思議そうに並べられた魚を眺めていた。
お色気お姉さんはニコニコしながらあたりを見回している。
「ホントだね~。きっと、みんな売れちゃったんだよ~」
「繁盛してるわね。いいわね」
錬金術師は不敵な笑みを浮かべている。
店主が言う。
「違いますよ。全部売れてしまったなら良かったんですが……まあ、仕方ないです」
苦笑いしながら店主は続ける。
「魚のほとんどは領主様の倉庫へ納めますからね。これも島を守る為ですから、仕方ないんです」
その言葉を聞いた周りの人々が口をそろえて言う。
「領主様には、いつも守っていただいてますからね~」
「そうそう。仕方ないんですよ」
「これも必要経費と考えれば安いもんだよ。あははは!」
スライムは驚いていた。
「いやそれ完全に徴収じゃん!」
そのときだった。
市場の入口の方が少し騒がしくなる。
一人の男が歩いてきた。
帳簿を持っている。
腰には袋が下がっていた。
魚屋の店主がその男を見る。
「ああ、今月分ですね」
店主は台の下から袋を取り出した。
男は帳簿をめくる。
「はい、確認しました」
袋を受け取り、うなずく。
周りの店主たちも同じように袋を渡していた。
スライムは言う。
「今の何?」
島民が普通に答える。
「税の確認ですよ」
「領主様に納める分です」
「なるほどな!」
「理解してないでしょ!」
鋭くスライムは突っ込む。
「まあまあ、みんな困ってなさそうだからいいんじゃないかな~」
お色気お姉さんは人々の顔を見渡しながら言った。
スライムは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
市場の奥へどんどん進む。
しかし途中に、奇妙な屋台があった。
屋台はある。
看板もある。
だが商品がない。
棚は空だった。
スライムが言う。
「ここ、何も売ってないけど」
島民が答える。
「今日は出せないんです」
「全部、領主様の納品に回ったので」
「この店、毎日出ている商品がほとんどないんだよな~」
お色気お姉さんが言う。
「市場なのに売るものがないんだね~」
「市場の意味!」
すると柵とその前に、看板が立っている。
「領主様納品専用」
中には食料が積まれている。
煌びやかな装飾の施された豪華な箱。
この島の特産物であろう野菜や果物がぱんぱんに詰め込まれた袋。
アルコールの香りが漂う樽。
とにかく大量だった。
スライムは驚いて口が開いたままだった。
「ちょっと待って。ねえこれって何?」
島民が答える。
「領主様の納品の数々です」
「市場には出回りません」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
「全然なるほどじゃない!」
スライムはすぐさま突っ込みを入れる。
そこへお色気お姉さんが言葉を被せていく。
「すごい量だね~。しかもアルコールのいい香りまでするね~」
錬金術師はその倉庫を見ていた。
長く。
静かに。
税は重い。
しかし理由があれば、人は納得する。
守られている。
そう信じていれば、
重さは重さではなくなる。
納得は、生活よりも強い。
錬金術師はゆっくり市場を歩きながら見ていた。
値札。
品物。
人の顔。
そして倉庫。
スライムが言う。
「この島なんだけどさ」
「うん?」
「領主に完全に搾取されている」
島民が首を振る。
「違いますよ」
「領主様は守ってくださっています」
「そんなこと言うと怒られますよ」
勇者はうなずく。
「いい領主だな!」
スライムは顔を押さえる。
「違うと思う!」
錬金術師は言う。
「……」
そして小さく笑った。
「なるほどね」
スライムが聞く。
「何が?」
錬金術師は軽く鼻を鳴らした。
「この島……とても良い匂いがするわ」
少し間を置く。
「アレの匂いが」
市場は正直である。
物の値段は、
その場所の事情を語る。
この島の事情も、
値札に書いてあった。
しかし、それを読む者は少ない。
ただ一人。
値段を見て、笑った者がいた。




