37話 勇者と歓迎と、やたら準備がいい日
勇者は島へ漂着した。
漂流は事故である。
事故は偶然である。
しかし偶然は、ときどき予定のように振る舞う。
この島では、勇者が来ることをすでに知っていた。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
砂浜は白かった。
細かい砂が足元で静かに崩れる。
波は穏やかで、先ほどまで嵐があったとは思えない。
勇者は鎧のまま浜に立っている。
海水が鎧からぽたぽた落ちていた。
「着いたな!」
「だから、それさっき聞いたからね」
スライムは砂の上で転がる。
体がようやく安定した。
HPもなんとなく回復したような気がした。
お色気お姉さんは背伸びをする。
「はぁ~。やっと陸だね~」
錬金術師はすでに島の奥を見ている。
「あっちに町があるみたいね」
視線の先には建物が見えた。
屋根が並び、煙が上がっている。
人が住んでいる町だった。
そのときだった。
砂浜の奥から数人の人影が近づいてくる。
男。
女。
老人。
島民だった。
先頭の男が勇者の前で止まる。
そして深く頭を下げた。
「ようこそ、お待ちしておりました」
スライムは固まる。
「え?」
男は続ける。
「勇者様ですよね」
勇者は胸を張る。
「任せろ!」
「任せてないから!」
スライムは即座に突っ込んだ。
しかし島民たちは安心した顔をしている。
「やはり勇者様でしたか」
「お噂は聞いております」
「無事にお着きになられて良かった」
「……」
スライムは黙る。
お色気お姉さんは嬉しそうに手を振る。
「こんにちは~」
島民の女性が言う。
「宿はすでに用意してあります」
「食事も準備しております」
「どうぞこちらへ」
「ねえ。なんか早すぎない?」
スライムが言う。
「今着いたばっかりだよ」
しかし島民は普通の顔でうなずく。
「勇者様ですから」
「そうだな。俺は勇者だからな」
「理由になってないからね!」
お色気お姉さんは島民たちの歓迎ににこにこしていた。
「勇者ってすごいね~」
「遭難からの歓迎。これなら……」
また、お金儲けのことを錬金術師は考え出す。
勇者は歩き出した。
「さあ、行くぞ!」
「行くしかないよね、これ」
スライムも仕方なくついていく。
島の道は整っていた。
石畳が続き、木の柵が並んでいる。
畑があり、井戸があり、洗濯物が揺れていた。
普通の島だった。
普通に見えた。
歩いていると、島民たちが声をかけてくる。
「勇者様だ」
「本当に来たんだ」
「すごいわね」
子供が走ってくる。
そのまま勇者の前に立った。
まだ小さい。
目を輝かせている。
「勇者様、勇者様!」
勇者はうなずく。
「任せろ!」
子供は少し考えてから聞いた。
「もう魔王は倒したの?」
スライムがすぐ言う。
「まだ倒してないよ!」
子供は驚く。
「え?」
島民の男たちが笑った。
「なに聞いているんだ。この子は」
「まあまあ、こちらにおられるのは勇者様ですからね~」
「そのうち倒してくださいますよ」
勇者は満足そうにうなずく。
「なるほどな!」
「だから理解してないでしょ!」
スライムは反射的に言った。
しかし島民たちは笑っている。
「魔王の側にいた人を倒したとか」
「すごいな」
「噂は本当だったんですね」
スライムは止まる。
「えっ、なんで知ってるの?」
島民は普通に答える。
「商人から聞きました」
「船で来る人はみんな話していきますから」
「勇者様の話は有名ですよ」
スライムは少し考える。
「……」
錬金術師が小さく笑う。
「噂って広がるものよ。あなた達が知らないうちにね」
勇者は満足そうにうなずいた。
「なるほどな!」
「理解してないでしょ」
「こんなところまで、噂が広まっているなんて、すごいね~」
お色気お姉さんは心の底から驚いていた。
しばらく歩く。
町の中心へ近づくと、少し空気が変わる。
広場があった。
中央には石の台座がある。
その上に像が立っていた。
立派な服を着た男の像だった。
腕を組み、遠くを見ている。
島民の一人が誇らしげに言う。
「領主様です」
勇者は像を見上げる。
「立派だな!」
お色気お姉さんも見上げる。
「ほんとだね~」
錬金術師は台座を見ている。
「石も彫刻も高そうね」
スライムは首をかしげる。
「領主って自分の像を自分で建てるの?」
島民は首を振る。
「いいえ」
「これは島のみんなで建てました」
「領主様への感謝です」
勇者はうなずく。
「いい領主だな!」
スライムは小さく言った。
「いや、それ絶対違うやつだよ」
建物は立派だった。
家も大きい。
倉庫も並んでいる。
スライムは小さくつぶやく。
「この島…」
「どうしたの~」
お色気お姉さんが聞く。
スライムは首を傾げる。
「いや、なんか」
そのとき、島民の一人が言う。
「この島は領主様のおかげで守られているんです」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
「何も聞いてないでしょ」
島民は続ける。
「税は少し重いですが」
「領主様が海賊から守ってくださっているので」
「みんな感謝しています」
スライムは止まる。
「税ってどのくらい?」
島民は普通の顔で答える。
「収穫の半分ほどです」
スライムは黙る。
錬金術師も少し目を細めた。
「……半分」
しかし島民たちは穏やかだった。
「守っていただいてますから」
「安心して暮らせます」
勇者は笑う。
「いい領主だな!」
「そうだね~。いい領主さんだね~」
スライムは顔を押さえる。
「それ絶対違うと思う!」
そのときだった。
遠くから声が聞こえる。
「勇者様!」
小さな足音が近づく。
少女だった。
息を切らしている。
服は少し汚れていた。
少女は勇者の前で止まる。
そして言った。
「勇者様ですよね」
勇者はうなずく。
「任せろ!」
スライムは叫ぶ。
「まず話を聞こう!」
少女は周囲を見て、少し声を落とした。
「お願いです」
「助けてください」
島民が困った顔をする。
「その子また…」
「気にしないでください」
スライムは言う。
「いや気にするよ」
少女は勇者を見上げる。
目は真剣だった。
そして言う。
「領主様は」
一度息を吸う。
「この島の人たちから、すべてを奪っています」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
スライムは叫ぶ。
「理解してないから!」
島には領主がいる。
領主は島を守っている。
島民はそう思っている。
税は重い。
しかし理由があると、人は納得する。
納得は事実よりも強い。
少女は続ける。
「税は守るためじゃありません」
「全部、領主様のためです」
島民たちは首を振る。
「違う」
「領主様はいい方だ」
「守ってくださっている」
少女は必死だった。
「違います!」
「私は見ました!」
「蔵に全部隠してるんです!」
勇者はうなずく。
「なるほどな!」
スライムは言う。
「本当に分かってる?」
「良いわね。税……。しかも、それを貯めこんでる。お金の匂いがするわ」
「私も、あやかりたいわ。いいえ、お友達になりたいわ! あなた、領主様を紹介しなさい」
錬金術師は少女にどんどん詰め寄っていく。
「少し黙ろうか」
あっちもこっちも騒がしい。
スライムはまた、体力を減らした。
少女は勇者の手を掴む。
「お願いです」
「この島を助けてください」
勇者は胸を張る。
「任せろ!」
「ありがとうございます!」
少女は安堵し、こわばっていた表情が少しだけ柔らいだ。
「勇者様が受けて下さるなら安心ですな~」
スライムはため息をついた。
「いや、まだ“相談”が終わっただけだからね!」
島には問題がある。
しかし問題は、見えるとは限らない。
見えているものが正しいとは限らない。
勇者は依頼を受けた。
理由は理解ではない。
流れである。
そして物語は、少しだけ動き始めた。




