36話 勇者と漂流と、意外と余裕な日
船は沈んだ。
嵐も過ぎた。
海はすでに落ち着いている。
嵐は珍しいものではない。
船が沈むことも珍しいことではない。
勇者が海に落ちることも、
世界にとって特別な出来事ではない。
海は広い。
人は流れる。
その多くは戻らない。
しかし今回の漂流者には勇者が含まれていた。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
海は静かだった。
さっきまでの嵐が嘘のように、波はゆっくりと上下している。
水面にはいくつかの物が浮かんでいる。
壊れた樽。
流木。
帆布の切れ端。
そして人。
勇者一行は泳いでいた。
鎧は海水の中に沈んでいる。
重いはずだが、本人は気にしていない。
首から下は海水に浸かっているが不思議とそれ以上沈まない。
「大丈夫だな!」
「大丈夫じゃない!」
浮力の塊のスライムは水面を漂っている。
お色気お姉さんは仰向けで浮いている。
両手を広げ、波に揺られている。
「なんか海って気持ちいいね~」
「ねえ、遭難してるんだよ!」
「そうなの~。でも日差しも気持ちいいし、眠くなっちゃうよ~」
お色気お姉さんは水面で目を閉じて、今にも寝かけそうになっていた。
「寝たら、だめだからね!」
「大丈夫だ。俺がいる」
「首から上だけ浮いてて、よくそんなこと言えるね!」
海で遭難したときは、体力を使わないことが重要になる。
しかしスライムは、すでにかなり体力を使っていた。
一方錬金術師は周囲を見渡している。
海面。
漂流物。
勇者。
そして、静かに言う。
「ねえ……この状況、価値があるわ。いいわ。お金になる」
「ないから!」
「価値があるんだね~。お金になるなら美味しいものが食べれるね~。お腹減ったよ~」
「大丈夫だ。任せろ」
「だから、その状況で任せれるか!」
スライムはさらに体力を消費した。
勇者は近くの流木を掴む。
「これは……武器だな!」
「ただの木だからね!」
「俺の装備が増えたな!」
「増えてないから!」
勇者は流木を掲げる。
海の上で、それは確かに剣のように見えなくもない。
「それ、似合うね~。私もなにか装備したいな~」
「そうだろう!」
「これなんか、いいかも~」
お色気お姉さんは流れてきたボロボロの箒を掴んだ。
「これで、空が飛べないかな~。すい~って」
箒を股に挟んで飛ぶ真似をするが、当然飛べない。
その瞬間慌てだしたスライムがお色気お姉さんに近寄っていく。
「だめ! 絶対だめだからね。怒られるよ。いろんなところから!」
「どこから~」
「とにかく。だめったら、だめ!」
スライムはこの物語に違う意味でとどめを刺されそうになり、かなり焦っていた。
「あれ~。これなにかな~。あ~三角帽子だ~」
浮いていた帽子らしき物を取ろうと伸ばした手をスライムが豪快にはじく。
「だめだよ。それ持ったまま着けたらだめだからね!」
「え~。装備したかったのに~」
お色気お姉さんはしょんぼりした。
スライムは少し安心した。
首から上だけが海に浮いている勇者はその光景を眺めながら次に使えそうな物をキョロキョロしながら探していた。
近くに樽が浮いてくる。
勇者はそれを掴む。
「これは! 盾だな!」
「違う! 盾じゃない」
「浮き輪になるよ~」
「いいわね。売れそうね、それ。浮くし、盾になる。これよこれ。世の中の人々に求められているものはこれね」
「売らないで!」
「欲しいかも~」
「いいわ。あなたになら、お安くしとくわ! 金貨1枚でいいわ」
「勝手に商売するな! あと高いなそれ」
ついつい真面目に突っ込むスライム。
樽に上物の酒が入って、その値段になるのに空っぽ蓋なしでその値段。
錬金術師とは仮の姿で、実は商人ではないかと密かにスライムは疑っていた。
海にはまだ漂流物が流れている。
箱。
板。
帆布。
勇者は流れてきた箱を掴んだ。
「宝箱だな!」
「違う!」
「なになに~、お宝見つけたの。何が入っているのかしら。私に開けさせて」
「お宝が入っているのかな~」
勇者は錬金術師の言葉を無視して箱の蓋をこじ開ける。
中から出てきたのは
靴が片方。
スプーン。
そしてロープだった。
「これは装備だな!」
「売れないわね」
宝石か何かを期待していた錬金術師は中身を見て落胆した。
「ゴミだね!」
「このスプーンかわいいね~」
勇者はそれを見つけるたびに言う。
「これは装備できるな! これも! これもだな。俺はなんでも装備できるな」
「いや、ゴミだからね! それ」
「これなら装備できるんじゃないのかな~」
お色気お姉さんはスライムに装備できそうなものがないか、勇者が拾っていたものを手にとって考えていた。
「大丈夫だ。どれもこれも装備できるぞ!」
「ゴミ!」
スライムはお色気お姉さんと勇者が手に持っていたものをすべて遠くへ投げ捨てた。
また余計な体力を消費した。
錬金術師は顎に手を当てている。
「ねえ」
「何」
「遭難って知ってる?」
「今それだよ! わかって言ってるよね」
突っ込むスライムを無視して話を続ける錬金術師。
「遭難ってね」
少し間を置く。
「成功すれば英雄になれるのよ」
「みんな、知らないでしょ」と言わんばかりに自慢そうに話す錬金術師。
「なるほどな!」
「なるほどじゃないから!」
「へぇ~、知らなかった~」
「……」
驚くお色気お姉さんと突っ込むことをしなかった冷たい眼差しのスライム。
それらを無視してさらに話す錬金術師。
「そうよ。英雄になれば、お声がかかるわ。講演会をするのよ。講演会。そして報酬をたくさん……」
自分の世界に入っていく錬金術師。
「なるほどな!」
「まだ遭難中だからね!」
「遭難名物、遭難まんじゅう」
「食べたい、食べたい~」
「漂流体験ツアー」
「なるほどな!」
「漂流したいな~」
「やめて!」
海は穏やかだった。
漂流者の会話だけが水面に浮かんでいる。
勇者は流木を背中に背負う。
「準備はできた!」
「何の!」
「俺が、船になる! さあ、俺に乗ってくれ」
「もういいから。黙ってて!」
「いいな~、船~。私もなれるかな~」
「いいわ。勇者の船! お金の匂いがするわ」
「もう、みんな黙れ!」
スライムは疲れていた。
嵐で船が転覆。流された挙句、振り回されて体力を削られる。
敵に攻撃されたわけでもなく残りのHPはわずかだと、そう感じていた。
遭難は危機である。
しかし危機は、状況を理解した者にだけ訪れる。
理解しない者にとっては、それはただの出来事である。
勇者は理解していない。
そのため、漂流は冒険へ変換された。
世界はそれを否定しない。
しばらく漂っていると、勇者が指をさす。
「見ろ!」
「何」
「陸が見えるぞ!」
「あ~ホントだ~。これで、助かるね~」
「島に上がったら、このことをみんなに話してお金を稼ぐわ!」
「まだ、助かってないからね」
遠くに影が見える。
海の向こう。
低い線。
水平線に点ほどの影だったが、確かに島だった。
「どんな島なんだろうね~。市場とかあるのかな~」
「そうね。市場があれば儲け話がそこら中に転がってるわ」
「現状確認!」
勇者は水面から首だけ出した状態で泳ぎ出す。
「みんな行くぞ!」
「早く行こう~!」
お色気お姉さんも泳ぐ。
錬金術師も泳ぐ。
漂流物も一緒に流れていく。
海は静かだ。
空も青い。
嵐はすでに遠くへ行っている。
スライムは少しだけ黙る。
そして小さく言う。
「絶対ろくな島じゃない」
「大丈夫だ!」
「楽しみだね~」
「商売になりそうなものはないかしら」
「誰も聞いてないから!」
島は近づいてくる。
砂浜。
木。
そして影。
勇者は島にたどり着いた。
そこには砂浜が広がっていた。
「着いたぞ!」
「やった~! 着いたね~」
「着いたわね。さあはやくあそこに見える町に行ってみましょう。きっと市場があるわ」
「ああ、助かった……」
スライムは心の底から安心した。
勇者は浜に上がる。
濡れた鎧が砂をこする。
足跡が残る。
お色気お姉さんも上がる。
錬金術師も上がる。
スライムは転がるように砂へ乗った。
そして。
砂浜の奥から声がする。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「え?」
「勇者様ですよね」
「任せろ!」
「なんで知ってるの!?」
漂流は終わった。
人は海から陸へ戻る。
それは自然な流れである。
島には人が住んでいる。
港もある。
市場もある。
そして情報もある。
勇者の噂は、すでにこの島へ届いていた。




