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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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35話 勇者と嵐と、予定通り遭難する日

海は荒れている。


船は沖を進んでいる。


珍しいことではない。


嵐は季節ごとに訪れる。


港も町も変わらない。


勇者は船に乗っている。


特別な理由は語られていない。


理由は特にないが、そういう流れらしい。

空は鈍い灰色に濁り始めている。

水平線はぼやけ、空と海の境目が曖昧になっている。

潮の匂いは濃く、湿った空気が肌にまとわりつく。


風はまだ“強い”と言い切れるほどではない。

だが、海面は落ち着きを失い、小さな波が絶えず船腹を叩いていた。


船は前へ進んでいる。

進んでいるが、その進みは安定していない。

上下に揺れ、横に滑り、わずかにきしむ。


甲板はすでに濡れている。


板の継ぎ目に水が溜まり、

足裏は滑る。


船員が怒鳴る。


「帆を締めろ! 早く!」


声は風にかき消される。

だが怒鳴っていることだけは伝わる。


勇者はロープを握っている。

握っているが、引く方向が逆だ。


濡れた手で力いっぱい引いている。


「逆! そっちじゃない!」


「そうなのか!」


方向を変える。

たぶん正しい。


たぶんである。


その横で、錬金術師が濡れた前髪を払う。

濡れても崩れない笑みを浮かべている。


「ねぇ勇者くん」


「なんだ!」


「この嵐、悪くないわ」


「なにが。悪いよ!」


「だってほら、命懸けって響き、これに価値があるわ。あ~、お金の匂いがするわね」


「なるほどな!」


「なるほどな、じゃない!」


お色気お姉さんが波をよけながら笑う。

濡れた髪が頬に張りついている。


「講演会できそうだよね〜。濡れたまま登場とか?」


「いいなそれ!」


「水も滴るいい男、儲かるわね。絶対いける」


「でしょ~。絶対行けるよ~」


「じゃあ、私が段取りするわね。手数料は頂くわよ」


錬金術師とお色気お姉さんは意気投合した。


「今、儲け話をする時なの!?」


「無駄話やめろ! ロープ固定しろ!」


ロープは揺れ、

帆は膨らみ、

空はさらに暗くなる。


錬金術師は船員に視線を向ける。

その視線は、嵐より冷静だ。


「もし無事に着いたら、危険手当は出るのかしら?」


「は?」


「だって、命懸けなんでしょ?」


「今それ言う!?」


「大丈夫だな!」


誰も大丈夫とは言っていない。


だが勇者はそう言う。


「当たり前じゃない。危険な仕事には必ず手当がつくってもんでしょ」


勇者の大丈夫をほったらかしで錬金術師の手当の話は続く。


「あのね、言っちゃ悪いけどスライム一匹どうなろうと、世界はなにもかわらないの。でもね、私こと、錬金術師ともあろう者になにかあれば、世界は大変なことになるのよ」


錬金術師は自信満々だった。

勇者たちは、あっけに取られている。


「なにそれ? 僕に価値がなくて、君には価値があるの? ……ふざけるのもいい加減にしろ!」


スライムはすべてを否定された。そんなやるせない気持ちでいっぱいになった。


「まあまあ、皆それぞれ価値はあるよ~。私だって二人に助けてもらったんだし~。そんなこと言わないでよね~」


お色気お姉さんはかばってくれる。


「そうだな。みんな、それぞれ価値はある」


勇者は相変わらず、何も考えず発言する。


相変わらずの二人だった。

スライムの目から、雨だか何かが流れた。


「まあ、そうね。二人が言うのも、ごもっともだわ。言い過ぎた。ごめん」


「……うん」


「でもね、私は価値のあるもの、つまりお金が大好きなのよ!」


「はっ?」


「だからね、だからね。スライムちゃんにも価値があるとこみせて欲しいのよ」


錬金術師は相変わらずの持論を出す。


「さっきの謝罪はなんだったの!」


間髪入れずにスライムは突っ込む中で嵐はどんどんひどくなる。


風が少し強くなる。


雷が遠くで鳴る。


その音は、まだ遠い。


波が一段高くなり、

甲板の木箱が滑る。


木箱は重い。

だが水の上では軽い。


スライムが転がる。


「あーー、止まらない!」


勇者が拾う。


「おれに、任せろ!」


「任せないで!」


錬金術師は木箱を見ている。


「ねえ、これ、売れそうよね」


「勝手に値踏みしないでよ!」


「みんな、寄ってらっしゃい体験談、船上限定、遭難未遂。三点セットよ。いかがかしら」


「三点セットか! なんかいいな」


「理解もしないで、いいななんて言うな!」


お色気お姉さんが勇者の腕に絡む。


「ねえねえ販促用ポスターとか作ろうよ〜」


「いいわね~。大特価とうたって、購入者には特典として、スライムをつけましょう」


さらっと錬金術師はとんでもないことを言う。


「なるほどな!」


「なるほどなじゃない!」


スライムが叫ぶと同時に轟音と共に帆が大きく裂ける。


ばさり、と布が暴れる。


「帆が破れた!」


「破損個所なら私の錬金術で治せるわ。どうお安く対応するわよ」


「値段の話やめて!」


「危険は付加価値よ? どうかしら船長さん」


「付加価値、最高だな!」


「今それ言う!?」


さらに嵐は強くなる。そして、船が傾く。


甲板が滑る。


雨が本気で叩きつけてくる。



勇者はまだ甲板にいる。

スライムもいる。

船は沖にある。

港は変わっていない。

嵐は強まっているが特別ではない。

周囲の町に影響はない。

世界は普段通りである。



風が唸る。


舵が重くなる。


船員の腕が震えている。


その横へ、錬金術師が近づく。


「ねぇ、ちょっといいかしら」


「忙しいんだ! 離れてくれ!」


「いいから! 証言してくれる? “勇者が嵐を切り裂いた”って」


「いやいや、切り裂いてないからね!」


お色気お姉さんも寄る。


「大丈夫~? 冷たいね~?」


船員が一瞬視線を逸らす。


舵が遅れる。


船が横揺れする。


「もう、邪魔するな!」


「出演料、出すわよ? いくら欲しい?」


「勝手に出演させるな!」


「すごいな! どんどん仲間が増えるな!」


「増えてないからね!」


「んーー、そうね。山分けって、面倒じゃない? まずは、私がみんなの分ももらってから……」


「そうなのか!」


「いや、違うから!」


波が強く船を叩く。


甲板が一瞬水没する。


雨が痛い。


呼吸が荒い。


だが話は止まらない。


「遭難記念グッズ、流木ペンダントとか、あ~どんどんアイディアが沸いてくるわね。お金の匂いしかしないわ」


「なんの話をしているの、いま沈みかけてるから!」


「限定は重要な要素よ。今のご時世付加価値なしで商品が売れると思っているの?」


「なるほど。限定か!」


「限定かじゃない!」


「濡れた衣装もいいかも〜。私の衣装とか売れるかな~」


「伏せろォォォ!」


雷が落ちる。


甲板が白く染まる。


錬金術師の目だけが笑っていない。


「あーー、良い!! この映像なら絶対、売れるわ」


「売れないから!」


「俺に任せろ!」


「なにを!?」


船が縦に持ち上がる。


胃が浮く。


木材が悲鳴をあげる。


大波。


視界が水で消える。


身体が宙に浮く。


「ねえ、この契約書に――」


紙が飛ぶ。


「今読めるかーー!」


「よし! 俺に任せろ」


「全員――!」


言葉が途切れる。


船が横転する。


空と海が逆になる。


「きゃああ~」


「ああ……損切りかしらね」


「もう、やめて……」


「大丈夫だ!」


海がすべてを呑み込む。


光が揺れる。


音が消える。


泡だけが残る。


そして――


暗転。



船は転覆した。

勇者と同行者は海中にいる。

港は変わらない。

町も変わらない。

嵐は沖合に限定されている。

世界の大勢に変化はない。

特筆すべき出来事は発生していない。

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