34話 勇者と出航と、揺れ続ける日
港は、どこにでもある。
船も、どこにでもある。
人は荷を運び、船員は声を上げ、波は岸壁を叩く。
今日は特に荒れていない。
勇者は船に乗る。
なぜ船に乗るのかは、誰も詳しく言わない。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
港は潮の匂いが濃かった。
濃いのに、空気は軽い。
軽いのに、足元は揺れている。
揺れているのは、船が近いからだ。
まだ出航していないのに、船は揺れている。
揺れは、先に届く。
桟橋を勇者が歩く。
鎧が木板を叩く音が、やけに明るい。
「風がしょっぱいな! 見渡す限り海だ!」
「しょっぱいのは当たり前でしょ。海なんだから」
「また、当たり前のこと言ってるね~」
「ああ、いつも通りだ!」
「いつも通りじゃない」
お色気お姉さんが隣で笑う。
「海って、なんか“それっぽい”よね~。旅って感じがするよね~」
「旅っぽいだけで決めつけないで」
「そんなことないよ~。雰囲気って大事なんだよ~」
雰囲気、で済むなら便利だ。
スライムは、雰囲気に何度も負けてきた。
船の前には、ギルド職員が立っていた。
「先ほどの緊急の依頼の詳細ですが。乗船したら、あとは現地の担当者から話があります」
「詳細? 詳細って具体的に言うよね。現地の担当者、って……ギルドで話てた時に言えるよね」
職員は笑う。
「いいじゃないですか。詳細は詳細です。私も又聞きの又聞きを言付かって来ただけですけどね。しかも今回は船で移動も込みですからね」
「又聞きの又聞きって……しかも詳細も適当だし……いったい何を伝えたかったの?」
勇者が頷く。
「大丈夫だな!」
職員は安心した顔になる。
「さすが勇者さん。本人がそう言うなら安心です」
その瞬間、周囲の解釈が固まる。
“勇者が大丈夫と言った”。
出来事ではない。
解釈が固定される。
「なにが? なんで、みんな納得してるの!」
スライムの納得いかない声が港に響いたその時だった。
タラップの前に、一人の女性が立っていた。
大きな鞄。
瓶の音。
金属の触れる音。
「わあ。荷物多いね~」
女性はさらりと言う。
「私は常に準備しているの。チャンスはお金の匂いがするから。なんて言ったって、時は金なりって言うじゃない。いついかなる時もチャンスが転がっていたら、私は掴むの。……いいえ、掴み取るの」
スライムが止まる。
「……誰? しかもなんか、言い直したよね」
職員が言う。
「今回の同行者です。錬金術師さん。よろしくお願いしますね。」
「任せなさい、成功報酬とは別に前金まで、頂いていますからね。存分に実力を発揮するわ」
「ええ、頼みますね。前金までせびった上に成功報酬の上限アップまで要求するなんて自信過剰にも程があるけどね……」
ギルド職員の顔から暗い影が落ちる。
錬金術師は自分の言葉に酔っている。
他人の話は聞いていない。
「えっ、何かおっしゃいまして」
「いいえ、なにも」
ギルド職員は作り笑顔が絶えない。
勇者が笑う。
「錬金術師だなんて、すごいな!」
錬金術師は勇者の鎧を見る。
「あなた、いい素材ね。価値がありそうだわ」
「値踏みするな」
錬金術師は肩をすくめる。
「値踏みなんてしてないわよ。たぶんね」
「たぶんって言ったよ。この人」
錬金術師は鞄を開く。
瓶が光る。
光と共にそれが火でもある。
「ねえ、ここ船だよ」
「そうね、船ね」
「こんなところで火なんて、出したらだめだからね」
「何言ってるの。火と言うか爆発ってものはね、成功の証なのよ」
スライムが固まる。
「この人今、爆発って言ったよね。ね」
勇者が頷く。
「なるほどな!」
「なるほどじゃない」
「まあまあ、爆発ってなんかカッコイイじゃない。憧れちゃうな~」
お色気お姉さんは意味が分からないがニュアンスで納得する。
「あなた、見る目があるわね~」
スライムは同意する二人を見てまたひとつ悩みの種が増えた気がした。
錬金術師が海を見る。
「みんな知ってる。揺れてる船ってね、実験に向いてるのよ」
「何言ってるの。こんなところでやめてよね」
「波の振動、圧力、そして爆発……」
「だから、やめてって!」
スライムは会話を重ねる。
不安だけが増えていく。
「すごいな!」
「すごくない!」
スライムは返す刀ですぐさま切り返す。
お色気お姉さんが錬金術師を見て笑う。
「あなた、面白い人だね~」
「あなたも面白いわよ」
「そうなの~?」
「利用価値がありそうね」
錬金術師は悪い顔で答える。
「また値踏み」
勇者は自信満々に言う。
「なんか仲良くなれそうだな!」
「仲良くなれるね~」
錬金術師も応える。
「仲良くしましょうね」
スライムだけは反論する。
「仲良くなれないから!」
船はまだ港にいる。
港にいても揺れは続く。
揺れが続くと、人は
「動いている気」になりやすい。
勇者は前向きな返事を選び、
周囲はそれを安心に変える。
手触りは、さっきと同じだ。
船はまだ出ない。
それでも、船内では話が回り始めていた。
錬金術師が言う。
「みんな、遭難って知ってる? 実はね、遭難って価値があるのよ」
「はっ? 不吉なこと言うな」
「だって生還したら英雄なのよ。あーー、ぞくぞくするわ」
勇者はなぜか胸を張る。
「なるほどな! 俺は英雄になるのか」
「なるほどじゃない! 勝手に遭難前提で話を進めないで」
スライムは嫌な予感がしていた。
「まあまあ、いいじゃない英雄になれるんだったらみんな最高だよ~」
お色気お姉さんは相変わらず錬金術師の言葉に影響されていた。
「あらあら、この子わかっているわね。可愛い」
「えへへ~」
「照れるな!」
「ねえ、これはどうかな。講演会、契約、広告。あなた達なら引っ張りだこよ。私がマネジメントしてあげる。ふふふ……良い、すごく良いわ!」
錬金術師は自分の言葉にまた、酔いしれる。
「講演会いいね~。私たち人気者になれるね~」
「そうでしょ。良いお金になるわ」
「俺たち引っ張りだこなのか。すごいな!」
「すごくないから!」
錬金術師は続ける。
「あなたたち気が合いそうね。そうだわいいものをあなた達にあげるわ」
勇者はすぐに反応する。
「何かくれるのか」
「え~、なになに」
スライムだけは警戒した顔をしている。
錬金術師は鞄からおもむろに二つの小瓶を取り出して、蓋を取り外した。
「ちょっ……」
スライムだけが止めに入った瞬間、混ぜた液体は船上で輝く。
そして、収束からの爆発。
錬金術師は笑う。
「あれれ。失敗しちゃった」
「失敗しちゃったじゃないから」
スライムは驚きと怒りの感情が渦巻きながら言った。
爆発で黒ずんだ勇者はかばう。
「俺たちは、大丈夫だ! 鍛えてあるからな」
「そうだよ~。誰も倒れてないよ~」
お色気お姉さんも黒ずんでいたが、笑っている。
「みんな、ありがとう。これからよろしくね」
錬金術師は何事もなかったように笑顔で答える。
「みんな爆発したのになんで怒らないの。おかしいよ」
スライムだけは怒っている。
「あら、あなたには言ってないからね」
錬金術師はさらに、油を注ぐ。
無神経さがスライムの限界を突破させる。
「ふざけるな!!」
スライムの声だけが波の音と共に響きわたる。
そして、会話だけが増える。
結論は変わらない。
やがて船員が叫ぶ。
「おおい。出るぞ!」
勇者が胸を張る。
「よし行こう!」
「よしじゃないからね」
「大丈夫だ!」
周囲が頷く。
また解釈が固まる。
船は出た。
出たからといって
世界が変わるわけではない。
揺れは続き、
会話も続き、
安心は勇者の返事に貼り付く。
同行者の否定は今日も軽い冗談にされる。
特に何も起きていない。
目立った変化は確認されていない。




