表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/41

31話 勇者と出会う前、お色気お姉さんが笑っていた日

町は新しい冒険者を歓迎する。


歓迎は最初だけ平等で、結果が重なると静かに形を変える。


残る人と残らない人が出る。


理由は特にないが、そういう流れらしい。

町に来た日、お色気お姉さんは迷わなかった。


迷わないというより、迷う場所に立ち止まらない。


門をくぐると、石畳の上に朝の光が落ちていた。

掃除されているわけではないのに、端に寄せられた落ち葉が「いつもの町」を作っている。

露店の木箱が並び、鍋の蓋が一度だけ鳴る。

パンの匂いが、風に押されてふっと流れた。


「いい匂いだね~。お腹へったな~」


誰に言うでもなく言って、お色気お姉さんは笑った。


それから、真っ直ぐギルドへ向かう。


扉を押す。木の匂い、紙の匂い、インクの匂い。床板が少しだけ軋む。

掲示板の端が反っている。誰かが爪で剥がした跡が残っている。


受付嬢が顔を上げた。

髪はきちんとまとめられている。

目の下に薄い影があって、忙しさが見える。


「いらっしゃい。初めて?」


「うん! そうだよ~」


「登録が先ね。名前は?」


「えっと……はい!」


返事が早い。笑うのも早い。


ペンを渡されると、お色気お姉さんはすぐ書いた。

丸い字。勢いがある。丁寧というより、迷いがない。


受付が用紙を見て、少しだけ眉を上げた。


「……装備は?」


「あるよ~!」


「見せて」


お色気お姉さんは背中の小袋を軽く叩く。


「これ!」


受付は一拍置く。


「……それだけ?」


「うん! そうだよ~」


「この装備でダンジョンに行くつもり?」


「もちろん。このまま行くよ~!」


受付は深呼吸して、依頼板を指した。


「最初は、これなんてどうです。簡単なやつですよ。慣れるために」


「うーん」


お色気お姉さんは首を傾げる。目が輝いている。


「こっちの方が楽しそうだよ!」


指さしたのは、少し危険度が上の札だった。罠多め、暗所、迷路気味。

文字が小さくて、細かい注意がびっしり。


受付の女性の声が少し低くなる。


「それ、初日にはおすすめしませんよ」


「でもさ、みんな行ってるんでしょ~?」


「……行ってる人もいますね」


「じゃあ、私も行けるね~!」


受付は言い返そうとして、言葉を飲み込む。


「……ところで、パーティは?」


「これから作るよ!」


「作ってから取りなさい」


「わかった~。じゃあ作ってくるね~!」


行動が先に出る。止まらない。


受付はため息をついて、札を一枚だけ剥がした。


「最低でも二人。できれば三人のパーティで来てくださいね。約束ですよ」


「うん!」


「“うん”だけで分かったことにしないで!」


「分かったよ~!」


分かった、の中身は曖昧なのに、返事は明るい。


受付は結局、札を渡してしまう。渡すと、その形で決まる。


「……帰還したら、必ず報告してくださいね」


「任せて!」


言い切って、お色気お姉さんは笑った。


その夜、お色気お姉さんは酒場へ行った。


酒場は暖かい。

灯りが揺れている。

笑い声がいくつも重なって、床板の振動になる。

肉の匂いと麦酒の匂いが混ざって、少しだけ甘い。


お色気お姉さんは空いている席に座らない。


誰かの隣に、当たり前のように腰を下ろす。


「ねえねえ!」


隣の男が驚いて杯を持ち上げた。


「……なんだ?」


「これなんだけどね~!」


お色気お姉さんは依頼札を机に置いた。机の輪染みの上に札が乗る。


「どう? これ見て欲しいんだけど、楽しそうだよね!」


男は札を見て、顔をしかめる。


「それ、罠が多いって書いてないか」


「罠って、どんな?」


「んーー、床が抜ける、とか。矢が飛ぶ。足を引っかける糸があるとか……」


「糸!」


お色気お姉さんは笑う。


「糸って、見えるの~?」


「見えないんじゃないか」


「じゃあ、見えないやつを探せばいいんだね!」


男は一度口を開けて、閉じた。


「……お前、もしかして初めてか?」


「うん!」


「やめとけ、やめとけ」


「でも、やる!」


男の隣の仲間が笑った。


「勢いだけは勇者レベルだな」


「勇者? 勇者だなんておこがましいだろ」


お色気お姉さんは目を輝かせる。


「いいじゃんそれ~!」


勢いが評価に変換される。酒場はそういう場所だ。


別の冒険者が声をかける。


「組むなら俺も行く。金が欲しい」


「いいよいいよ。一緒に行こう!」


「俺も」


「いいよ~!」


すぐ決まる。


決まると、安心が足される。


乾杯が起きる。


「明日、門の前な」


「うん!」


「装備は?」


「もちろん、あるよ!」


「……それ、さっきの袋か?」


「そうそう。どう? 私の装備!」


笑いが起きる。


笑いが起きると、不安は薄くなる。


「まあ、なんとかなるだろ」


誰かが言う。


「なんとかなるよ~!」


お色気お姉さんが言う。


酒場はそれでまとまる。


次の日の朝。


門の外は少し冷たい。

吐く息が白いほどではないが、体が起ききっていない感じが残る。


お色気お姉さんはすでに来ていた。早い。

というより、待つことが苦じゃない。


「おはよ~!」


二人の冒険者が遅れて来る。


「……早いな」


「楽しみすぎて~!」


「お前、昨日の話、覚えてるか?」


「もちろん、覚えてるよ~!」


「じゃあ、言ってみろよ」


「えっと~罠、多いんだって~」


「ああ!」


「奥は、暗いって~」


「ああ!」


「通路は、迷うって~」


「ああ!」


返事は全部同じ。


同じ返事は安心に変換される。


ダンジョンの入口。


石の口が開いている。風が中へ吸われていく。湿った匂い。少し冷たい。


「入るぞ」


「うん! 行こう」


足音が三つ。


灯りは弱い。松明の炎が壁に揺れる影を作る。


「糸、あるぞ」


「どれどれ?」


「ここ」


男が指を差す。


お色気お姉さんが覗き込む。


「見えないよ~!」


「だからだよ」


「すごいね~、糸!」


すごい、が褒め言葉として置かれる。置かれると、空気が軽くなる。


角を曲がる。


床が不自然にきれいな場所がある。


「止まれ」


「止まったよ~! どうしたの~」


返事が早い。止まるのも早い。


男が床を叩く。


「ここ、抜ける」


「へえ~!」


「へえーじゃねえ」


「うん。でも、わかったよ~!」


わかった、の形ができる。


次の瞬間。


別の角で、音が鳴った。


「……カチ」


細い音。


お色気お姉さんが首を傾げる。


「今のなに~?」


矢が飛ぶ。


叫び声。


土煙。


痛い、という声。


「下がれ!」


「うん! りょ~かい」


お色気お姉さんは下がる。

下がるが、誰かを引けない。


暗闇の中で足音が乱れる。


「どこだ、出口!」


「こっちじゃないかな~!」


「……戻れ!」


その「戻れ」は遅い。


遠くで、もう一度、別の音が鳴る。


「……カチ」


叫び声。


そして、しばらくの沈黙。


お色気お姉さんは息を整えながら立っていた。


服が汚れている。頬に土がついている。それでも顔は変わらない。


「……帰ろっか~」


自分に言うみたいに言って、お色気お姉さんは歩き出した。


帰る足音は一つだった。


ダンジョンから戻ってきた夕暮れ時。


町の灯りが少しずつ増える時間。


お色気お姉さんがギルドの扉を押すと、紙の匂いが戻ってくる。


受付の女性が顔を上げる。


そして、目を細める。


「……ねぇ、一人?」


「うん!」


「他の人は?」


お色気お姉さんは笑ったまま言う。


「奥のほうで、ちょっと、ねぇ~」


受付は視線を落とし、紙を引き寄せる。


「詳細を。どこで、何が」


「えっとね~」


お色気お姉さんは思い出す。

思い出すが、順番が曖昧だ。


「糸があってね~、床があって、それでカチって鳴って~、矢が飛んできて、みんながわーってなって、……それで、奥のほうで……」


受付のペンが止まる。


「……矢は、どこから」


「壁だよ、壁からたくさん飛んできたの~!」


「罠を踏んだのは誰」


「みんなだよ~!」


「……“みんな”は記録にならない」


記録は記録だ。

町は記録で回る。


お色気お姉さんは首を傾げる。


「じゃあ、私かな~?」


受付は一拍置いて、書く。


“全滅”


文字が紙に乗ると、重さが出る。


受付はそれを見せないまま言う。


「今日は大変だったわね。もう、帰って休みなさい」


「うん!」


軽い。


「……次、どうするつもり?」


お色気お姉さんは笑う。


「次は守るよ~!」


受付の女性の目が少し揺れる。


揺れても、返事は変わらない。


「……そう」


翌日。ギルドの前は人が行き来する。

依頼板の紙が風でめくれる。靴音が重なる。


お色気お姉さんが入ろうとしたとき、前に立つ影があった。


入口付近に少しやつれた女性。目が赤い。手が震えている。


「……あの子は?」


お色気お姉さんは止まる。止まって、いつもの調子で言う。


「……奥のほうで、ちょっとね~」


女性の顔が歪む。


「ちょっと? ちょっとって何? どこへ行ったの? なんで帰ってきてないのよ」


お色気お姉さんは首を傾げる。


「うーん……深いところ……だから? 帰ってこれなかったんだよ~」


「なんであんただけ。なんであんただけ帰って来たのよ! ねえ! 答えて! ねえ!!」


声が少し強くなる。


周りが立ち止まる。見ている。


お色気お姉さんは笑ったまま言う。


「守れなかっただけなんだよ~」


軽い。


軽いから、刺さる。


「ふざけないで! なんでそんなヘラヘラしていられるの!」


女性が泣きそうに言う。


お色気お姉さんは困った顔をする。困った顔も明るい。


「ふざけてないよ~」


「じゃあ、なんで笑ってるの」


お色気お姉さんは少し考える。


「……だって泣くと、余計つらくなるでしょ?」


答えは正しいかもしれない。

でも、受け取られ方は別だ。


女性が歯を食いしばる。


「……次はどうするつもり?」


お色気お姉さんは即答する。


「次は守るよ~!」


周りの誰かが口を挟む。


「運が悪かったんだよ」


「初めてなら仕方ないって」


まだ、町は優しい。


優しいから、疑念が育つ準備もできる。


それから二回目のダンジョン。


同じ門。同じ夕暮れ。


同じ受付。


「……また一人」


「うん!」


「他の人は」


「奥のほうで、ちょっと」


受付のペンが少しだけ速く動く。


酒場。


「またか?」


「うん!」


お色気お姉さんは笑う。


笑うが、笑いが返ってこない。


三回目。


酒場のテーブルでは「……大丈夫か、あいつ」「三回目だぞ」そんな困惑の声で溢れかえっていた。


お色気お姉さんはダンジョンへ行く。


でも、遺族が増える。


声が重なる。


「毎回だろ」


「なんで、あいつばかりなんだよ」


「絶対、おかしいって」


お色気お姉さんは言う。


「次は守るよ!」


四回目。


酒場の席が空く。


「この子と組むな」


「あいつは、死神だ。組んだやつは必ず死ぬぞ」


小声が形になる。


お色気お姉さんは串を持ち上げる。


「ねぇねぇ、食べる~?」


誰も受け取らない。


でも、誰も拒まない。


距離だけが残る。


そして、五回目。


町の若手人気冒険者と組む。


出発前、拍手が起きる。


「今回こそ頼むぞ!」


「うん、任せて~!」


「大丈夫! 俺がいればなんとかなる。戦利品期待しててくれよな」


お色気お姉さんは笑う。いつも通り。一行は再びダンジョンへ向かう。


夕暮れ時。


門の前。


また、いつものように一人。


空気が止まる。


母親が駆け寄る。


「あんた!! うちの子は!?」


お色気お姉さんは息を整える。


「ちょっと、奥のほうでね~」


「なんで、いつもいつも、あんただけなのよ!! 私の息子を返してよ。ねえ、返してよ……」


怒鳴り声が震える。言葉の最後が崩れる。


視線が刺さる。


ここで。


お色気お姉さんは、初めて笑わない。


ほんの一呼吸。


風の音が聞こえるくらいの間。


「……みんな、ちゃんと戦ったんだよ」


声は静か。


「でも……私が守れなかっただけ……」


沈黙が続く。


それでも言われる。


「それでも……いつもいつも、もう何回目! 毎回毎回同じこと言ってるでしょ! おかしいよ……絶対おかしいよ……」


疑念は止まらない。


お色気お姉さんは顔を上げる。


「それでも、次は守るよ~」


怒鳴らない。


責めない。


逃げない。


そして、笑う。


笑いは戻る。

戻るのは顔だけ。

町の疑念は戻らない。



最初の失敗は偶然と呼ばれる。

偶然は二度目で揺らぎ、三度目で疑問に変わる。

四度、五度目と続けば怒りへ変わる。

町はそれでも普段通り動いている。



いつものギルドの前。


そして、朝。


依頼板の前に立っても、誰も隣に来ない。


受付の女性が言う。


「……今日は、いないのね」


「そうだね~! いないね~」


軽い。


受付嬢が小さく言う。


「ねえ、もうやめないの?」


お色気お姉さんは少し考える。


笑わない一瞬、その表情から言葉が出てきた。


「んーー、やめないかな~」


「どうして? しんどくないの?」


「そんなことないよ。みんなで行くの楽しいし」


本気で言う。


受付は言葉を探す。


「……そう。ならもう言わない。でも、気をつけてね……」


「うん! ありがとう」


相変わらず軽い。


そして、いつもの酒場。


席が一つ空いたまま。


お色気お姉さんはそこに座らない。


わざわざ人の隣に行く。


でも隣は、離れて行く。そして、近かったものがどんどん遠くへ行ってしまう。


「おい、あんた、また行くのか」


「うん!」


「……」


会話が短い。


短い会話が、壁になる。


お色気お姉さんは串を持ち上げる。


「ねぇねぇ、食べる~?」


誰も受け取らない。


でも、誰も拒まない。


その“受け取らない”が固定される。


お色気お姉さんは笑う。


「まあ、一人でもいっか~」


明るい。


そして、ブレない。


町は誰も目を合わせることはなくなった。

向き合わない言葉は責任を捨て、勝手に歩き出す。


「今度は誰と死ぬんだ」


「やめとけって言っただろ」


受付の声が追いかける。


それでもお色気お姉さんは振り返らない。


そして、六回目のダンジョン前。


風が少し冷たい。


お色気お姉さんは一人で立つ。


立っているだけで、周りが勝手に意味を足してくる。


町では「……また犠牲が増えるぞ」「誰だ、あいつ」他人事で人々から散々言われていた、赤いマントの彼が来る。


勇者が言う。


「俺に任せろ!」


隣にスライム。


「任せるって言ってない」


お色気お姉さんは少しだけ二人を見る。


落ち着く間。


そして笑う。


「楽しそうだね~!」


勇者が言う。


「ああ、俺たちは大丈夫だ!」


スライムが言う。


「大丈夫じゃない」


お色気お姉さんが言う。


「まあまあ二人とも~!」


三人並ぶ。


自然に。


自然すぎて、町の誰かが言う。


「今度は三人か」


疑念は残る。


でも、少し薄まる。


違いは増えない。


増えたのは人数だけだった。


そして、二人は三人になった。ただ、それだけだった。


お色気お姉さんは、どんなことがあっても変わらなかった。


そして、彼女は笑って歩き出す。



並びは自然で、自然すぎて意味が足される。

町はそれを普段通りに受け取る。

彼女はなにも変わらない。


彼女は笑う。

赤いマントの彼も笑う。

横で小さなため息が落ちる。


それでも三人は並ぶ。


町はそれを、特別とは呼ばなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ