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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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28話 勇者と帰還と、攻略したことにされた日

冒険には結果が必要である。


途中で何が起きたかより、

最後にどう処理されたかの方が重要である。


判断に迷う場合は、

成功として処理するのが最も早い。


今日の出来事は、

そのように整理される予定である。

理由は特にないが、そういう流れらしい。

町の門が見えた瞬間、勇者の歩幅が一つ大きくなった。

さっきまでの通路の湿った空気が、後ろに残っていく。


石畳は乾いていて、靴の音が軽い。

人の声が近い。

焼きたてのパンの匂いが、遠慮なく鼻に入ってくる。


「帰ってきたな!」


「……帰ってきちゃったね」


スライムは、声を小さくして言った。

小さくしないと、町の音に飲まれるからではない。

自分の中の引っかかりが、まだほどけていないからだ。


お色気お姉さんは、門をくぐったところで一回だけ振り返った。

でもすぐに笑って、いつもの調子に戻る。


「町ってさ、急に普通になるよね~」


勇者は頷いた。


「普通が一番強いからな!」


「なにそのまとめ」


スライムは思ったより素直に突っ込めなかった。

町が、普通すぎる。

普通すぎて、あっちで起きたことが夢みたいに薄まる。


三人はそのまま通りを歩く。

途中で、野菜を並べた店の前を通る。

魚を捌く音がする。

子どもが走って、転んで、泣いて、すぐ笑う。


勇者はその全部を「いい感じ」だと思っている顔をしていた。


「見ろよ、ここは平和だな!」


「いや、平和っていうか、みんな普通に暮らしてるだけだよ」


「それが平和だろ!」


「そういうことにしとく」


スライムは、言い切る元気がなかった。


ギルドへ行く道の途中、酒場の前を通る。

昼なのに、扉が半分開いている。

中から笑い声が漏れてきた。


「おっ、もう報告の前祝いしようぜ!」


「やめろ!」


スライムが反射で叫ぶ。


「まだ何も終わってない!」


勇者は首を傾げる。


「もう帰ってきたじゃないか」


「帰ってきただけ!」


「帰ってきたら勝ちだろ」


「勝ちって言うな!」


お色気お姉さんが肩をすくめる。


「でも、帰ってきたのはえらいよ~」


「そこは、まあ……」


スライムは口を閉じた。

えらい、と言われると弱い。

えらいのは、事実だからだ。


ギルドの建物が見える。

入口の前には、思ったより人がいる。

報告待ちなのか、依頼待ちなのか、ただの立ち話なのか、区別がつかない。


勇者が堂々と列に割り込もうとして、スライムに止められる。


「並べ!」


「冒険者は並ばないだろ。普通」


「並ぶんだよ!」


「じゃあ俺、冒険者じゃないのか?」


「そこからズレるな!」


結局、並ぶ。

列はゆっくり進む。

進むというより、前の人が一歩動いたら一歩動く、くらい。


待っている間、後ろの方で別の会話が聞こえる。


「昨日さ、ダンジョン行ったやつ、帰ってきたらしいぞ」


「また全滅じゃなかったのか」


「今回は違うって」


スライムは耳が勝手に拾ってしまう。

拾いたくないのに。


勇者は聞こえていないか、聞こえても気にしない。


「列って長いと冒険感あるよな」


「ないよ」


「あるって」


「ないって」


お色気お姉さんは、列の前の人の背中を見ながら言う。


「この時間、好きかも。何も起きないし~」


スライムは、心の中でだけうなずいた。

何も起きない。

その何も起きないが、逆に怖い。


やっと受付の前に立つ。

受付のお姉さんが顔を上げる。

紙とペンと、いつもの落ち着いた顔。


「あ、おかえりなさい」


その一言で、ダンジョンが「案件」に変わる。


勇者が前に出る。


「ダンジョンに行ってきたぞ!」


「はい」


「奥まで……まあまあ行ったな!」


「はい」


「途中で、強そうなのとも会った!」


「はい」


スライムが横から口を挟む。


「ちょっと待って。奥まで行ってないし、会っただけだし、戦ってないし――」


受付のお姉さんは紙をめくる音を立てて、淡々と言った。


「生還、確認」


「確認って何!?」


スライムが机に体を寄せる。


「何を見て確認したの!?」


「戻ってきていますよね?」


「戻ってきてるけど!」


「怪我は?」


「ないけど!」


「全滅は?」


「してないけど!」


受付のお姉さんは、さらさらと書く。

書く音が、妙に落ち着いている。

スライムの焦りと反対の速度で進む。


「では、成功です」


「どこが!?」


スライムの声だけが、少し大きい。

周りの視線がちらっと寄る。

でもすぐ逸れる。

誰も困っていない。


勇者は目を丸くする。


「え、成功したのか?」


「はい。条件を満たしています」


「やったな!」


勇者が拳を握る。


「ついに攻略したぞ!」


「してない!!」


受付のお姉さんは、成功の欄に印をつけた。

その動作が、終わりを決めるみたいで腹が立つ。


「撤退しただけなのに!」


スライムが言う。


「戻ってきただけだし、途中で引き返しただけだし!」


受付のお姉さんは首を傾げる。


「撤退は失敗条件ではありません」


「じゃあ失敗って何!?」


「全滅です」


「極端すぎるだろ!」


勇者が納得した顔で言う。


「ほら。全滅してないだろ」


「うるさい!」


受付のお姉さんはペン先で紙をトントンと叩いた。


「危険区域での接触はありましたか?」


勇者が元気に言う。


「ああ、会ったな!」


スライムが言う。


「会っただけ!」


「剣を振りましたか?」


勇者が元気に言う。


「もちろん、振った!」


スライムが言う。


「当たってない!」


受付のお姉さんは少しだけ微笑む。


「交戦です」


「なんでだよ!!」


「危険区域での接触と武器行使は、交戦扱いです」


「じゃあ、手が滑っても交戦なの!?」


「交戦です」


「こわ!」


スライムは思わず言ってしまった。

怖いのはダンジョンじゃない。

この基準だ。


報酬袋が机の上に置かれる。

ずし、と音がする。


袋は地味だ。

紐が固い。

でも中身は、たしかに重い。


「規定額です」


「撤退したのに?」


「生還したので」


「それだけ!?」


「それだけです」


勇者が袋を持ち上げた。


「これこそ冒険の報酬だろ!」


スライムは目の前がくらっとする。


(冒険って、そんな雑に金が出るの?)


受付のお姉さんは、次の紙を出した。

その流れ作業が、ダンジョンの重さをどんどん軽くしていく。


「署名をお願いします」


「え、署名?」


勇者がペンを持つ。


「……名前ないけど」


受付のお姉さんは即答した。


「勇者、で大丈夫です」


「そうか、助かるな!」


スライムが叫ぶ。


「そこで助かるな!」


お色気お姉さんは、のんびり言った。


「じゃあ私は、お色気で~」


「やめろ!」


スライムが反射で止める。


受付のお姉さんは淡々と頷いた。


「大丈夫です」


「大丈夫なの!?」


ギルドの中で、声が広がり始める。

広がり方が、火じゃなくて、湯気みたいだ。

どこからともなく立って、勝手に包む。


「聞いたか? ダンジョン行ったらしいぞ」


「帰ってきたって」


「奥で魔王側のやつとやり合ったらしい」


勇者が、少し照れた笑いをする。


「ああ、まあな」


「まあなじゃない!」


スライムが言う。


「やり合ってない! 会話しただけ!」


でも噂は形を変える。


「剣を振ったって」


「相手を引かせたって」


「撤退させたらしいぞ」


「それ勝ちじゃん」


勇者が胸を張る。


「勝った気はするな!」


「気だけだよ!!」


スライムの声は、笑い声と靴音に吸われる。


別のテーブルからも聞こえる。


「今回はパーティ全滅しなかったんだろ?」


「あのお姉さんと組んで?」


「奇跡じゃね?」


お色気お姉さんが、軽く笑った。


「奇跡って言われちゃった~」


スライムは言葉が出ない。

奇跡扱いなのが、もうおかしい。



冒険は成功と判断された。


危険は存在したが、

生還が優先された。


詳細は要約され、

要約されたものが事実となる。


事実になったものは、

後から覆されない。



ギルドを出ると、外の通りでも噂が別の顔をしていた。

同じ話なのに、もう別物。


「魔王の側にいた人に勝ったって?」


「いや引き分けだろ」


「引き分けは実質勝ちだろ」


「つまり勝ち」


勇者が素直に頷く。


「うんうん、そうだな。勝ちだな」


「勝ちじゃない!」


スライムが追いかける。


「勝負してない! ただ向かい合ってただけ!」


通りすがりの人が笑う。


「まあまあ、無事ならいいじゃん」


その一言が、全部を片づける。

無事ならいい。

無事なら成功。

無事なら武勇伝。


スライムだけが、その流れに引っかかる。


(無事なら、何でもいいのかよ)


でも口に出すと、面倒なやつになる。

すでに面倒なやつになっている。

だから余計に言えない。


勇者は道端の屋台を指さした。


「腹減ったな! さあ、祝いだ。祝い!」


「祝いじゃない!」


「成功祝いだ!」


「成功してない!」


「報酬が出たからな!」


「それは出たけど!」


お色気お姉さんが笑う。


「じゃあ半分だけお祝いね~」


「半分って何!?」


食べて、歩いて、また歩く。

何も起きない時間が、妙に長い。

その長さが、ダンジョンの出来事を薄める。


勇者は薄まるほど元気になる。

スライムは薄まるほど焦る。


ギルドの前に戻ってきたところで、お色気お姉さんが立ち止まった。

立ち止まるまでの沈黙が、少し長い。


言い出すまで、二回、息を吸って吐いた。


「……じゃあ、私はここまでかな~」


勇者が即座に振り返る。


「何言ってんだ」


「え?」


「俺たち、これからも仲間だろ?」


その言い方は、いつも通りで、無責任で、

でも否定しない。


お色気お姉さんは、笑うか迷う顔をした。


「私がいたら、変な噂立てられちゃうよ~」


「そんなもん、気にならない」


「私がいると、トラブルばっか起きる~」


「俺もだよ」


「……このまま、いていいの~?」


「当たり前だろ」


その一言が、少しだけちゃんとした言葉に聞こえてしまう。

スライムはそこが怖い。


スライムがぽつりと言う。


「なんかまともなこと言っているように聞こえるけど勇者も大概だね」


勇者は首を傾げる。


「そうかな?」


「そうだよ」


スライムは続けた。


「なにはともあれこれからもよろしくね」


お色気お姉さんが小さく頷く。


「うん……ありがと」


一瞬だけ、空気が柔らぐ。

柔らいだ空気が、すぐに変な方向に滑る。


お色気お姉さんが、スライムを見て言った。


「わたしがいるから、あなたはここまででいいんじゃない?」


スライムは、一回、口を開けて閉じた。

聞き間違いだと思った。

でも同じ顔で見ている。


「……は?」


「あなた、ずっと大変そうだし~」


「大変そうって何」


「私がいれば、あなた、いなくても……」


「ふざけんな!!」


声が大きく出た。

自分でも驚くくらい、町に響いた。


通りの人が振り返る。

でもすぐに、視線は離れる。

誰も止めない。

止める理由がないからだ。


勇者が慌てて言う。


「え、どうした!?」


「どうしたじゃない!!」


スライムは叫ぶ。


「なんでそうなるんだよ!!」


叫んだ後、言葉が続かない。

説明しようとすると長くなる。

長くなると、また「面倒なやつ」になる。

だから叫びだけが残る。


お色気お姉さんは、悪気がある顔をしていなかった。

それが一番腹立つ。



冒険は成功と記録された。


噂は広まり、

内容は誇張され、

武勇伝として整理された。


危険は語られたが、

誰も背負わなかった。


問題提起は、

大声として処理された。


世界は今日も、

扱いやすい形を選んで前に進む。


スライムだけが、

少しだけ置いていかれた。

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