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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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27話 勇者と撤退と、向こうも帰った日

撤退とは、敗北ではない。

撤退とは、判断である。


勝てなかったから帰るのではない。

負けていないから帰るのでもない。


今日はここまでにしておく。

そう決めることが、最も合理的な場合もある。


今日の出来事は、

そういう一日として処理される予定である。

理由は特にないが、そういう流れらしい。

通路の空気は、少しだけ変わっていた。

戦闘が始まる直前の張りつめた感じでもなく、

完全に終わった後の弛緩とも違う。


中途半端な空気。

どちらにも転べるまま、宙に浮いた感じ。


勇者は剣を下ろしていた。

構え直す気配はない。

肩の力も抜けている。


魔王の側にいた人も、同じだった。

立ち位置は変わらないが、

視線は少しだけ逸れている。


攻めるでもなく、守るでもなく。

ただ、そこに立っている。


スライムは、その状態が一番落ち着かなかった。


「……これ、どういう状況?」


誰に言うでもなく呟く。

声に出した途端、自分で分からなくなる。


お色気お姉さんは、背伸びをして言った。


「静かだね〜」


「静かってレベルじゃないよ」


スライムは即座に返す。


「話も終わってないし、戦いも終わってないし!」


勇者は不思議そうな顔で振り返った。


「え? 終わっただろ」


「どこが!?」


「だって、一区切りついた感じするだろ」


その言葉が、妙に自然だった。

まるで本当に、何かが終わったかのように。


魔王の側にいた人が、静かに口を開く。


「……本日は、ここまでにしましょう」


声は落ち着いている。

余裕がある。

最初からこの判断を用意していたかのようだ。


「これ以上の進行は、合理的ではありません」


スライムは反射で言いかけて、止まった。


(また“合理的”って言ったけど……

 今ツッコんでも意味ないな)


勇者は、ぱっと表情を明るくする。


「お、話が分かるな!」


「何を、ですか」


「今日はここまで、ってやつだろ!」


魔王の側にいた人は、少し考えてから頷いた。


「結果的には、そうなります」


「結果的に!?」


スライムは思わず声を荒げる。


「なんで勝手に結果出してるの!?」


「結果とは、後から付随するものです」


丁寧な言い方が、逆に腹立たしい。


勇者は、もう完全に満足していた。

剣を肩に担ぎ、軽く首を回す。


「いや〜、いい対峙だったな!」


「“対峙”って言葉でまとめるな!」


スライムが叫ぶ。


「何も決着してない!」


「決着?」


勇者は首を傾げる。


「決着は、また今度でいいだろ」


その言い方が、あまりにも自然で、

スライムは言葉を失った。


魔王の側にいた人は、否定もしない。

肯定もしない。

ただ、区切る。


「我々は、引きます」


「おう!」


勇者は即答した。


「じゃあな!」


スライムは思わず一歩前に出た。


「え、待って」


「何でしょう」


魔王の側にいた人は足を止める。


「本当に……帰るの?」


「本日は、これ以上の対応は不要です」


「不要って……」


スライムは言葉を探す。


「だって、何も解決してないし」


魔王の側にいた人は、静かに言った。


「未解決であることは、問題ではありません」


「問題だよ!」


スライムは叫ぶ。


「めちゃくちゃ問題だよ!」


勇者は、もう後ろを向いていた。


「さ、戻ろうぜ」


「戻るの!?」


「ああ、今日は頑張ったからな」


「頑張ったって何を!?」



双方が引いた。

よって、戦闘は終了した。


勝敗は未確定である。

未確定事項は、後日処理される。


今日の判断は妥当とされ、

進行は一旦区切られる。



魔王の側にいた人は、背を向けた。

足取りは落ち着いている。

迷いがない。


その背中を見ながら、

スライムの中に第一段階の違和感が生まれる。


(……え、ほんとに終わり?)


足音が、石の通路に響く。

規則正しく、遠ざかっていく。


勇者も歩き出した。

来た道を、ためらいなく引き返す。


「次は、もっと奥だな!」


「状況次第です」


魔王の側にいた人は、立ち止まらずに答える。


そのやり取りを聞いて、

スライムの違和感は第二段階に進む。


(“次”がある前提で、今日は終わるの?)


お色気お姉さんは、軽く手を振った。


「じゃあね〜」


魔王の側にいた人は、振り返らなかった。


完全に距離が開く。

追う者もいなければ、追われる者もいない。


スライムは、その場に一瞬立ち尽くす。


「……向こうも帰った」


言葉に出して、ようやく実感する。


「本当に、帰ったね〜」


お色気お姉さんが言う。


「仕事終わりって感じ」


「仕事って何!?」


スライムは声を荒げる。


「仕事として来て、仕事として帰ったの!?」


勇者は大きく伸びをした。


「よし。じゃあ今日はここまでだな!」


第三段階の違和感が、はっきり形になる。


(終わってないのに、

 終わったことになってる)


三人は、来た道を戻る。

通路は変わらない。

壁も、床も、何一つ壊れていない。


なのに、勇者の足取りだけは軽い。

達成感だけが、しっかり残っている。


スライムは、歩きながら考える。


(戦ってない)

(倒してない)

(何も解決してない)


それでも、身体は前に進む。

戻ってしまう。


立ち止まる理由が、

もうどこにも見当たらない。



両陣営は撤退した。

判断は妥当とされた。


戦闘は未成立だったが、

終了感は十分と判断された。


問題は先送りされた。

先送りされた問題は、今すぐ困らない。


世界は今日も、

困らない方を選んで前に進む。


特に何も変わらなかった。

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