22話 勇者とダンジョン入口と、入っただけで冒険した気になる日
冒険は、中身より雰囲気で判断されがちである。
立派な入口は、それだけで達成感を与える。
入った事実よりも、
入った気分が先に進むことがある。
気分が進むと、
進捗も進んだ扱いになる。
数字で見れば厳しいが、
気分で見れば十分だった。
今日の進捗は、そういうものだった。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
仮休憩の水場から、少し歩くと景色が変わった。
草が減り、石が増える。
風は乾いて、音が少なくなる。
勇者は先頭を歩きながら、何度も同じことを言った。
「ん、近いな!」
「まだ見えてないよ」
スライムが返す。
「見えてから近いって言うんじゃない!」
「いやいや、あれだよ、あれ。直感ってやつが俺の中で言ってるんだよ!」
お色気お姉さんは、のんびり言った。
「もうすぐだよ〜。たぶん」
「たぶんをやめて!」
スライムが反射で言う。
「ここで“たぶん”が一番怖い!」
勇者は気にしない。
気にしないまま、丘の陰を越えた。
そして。
「……うわ」
スライムの声が漏れた。
そこに、入口があった。
立派すぎる。
立派というか、やりすぎている。
岩をくり抜いただけの穴ではない。
石造りの門が、ちゃんと“門”として立っている。
柱が二本。
その上に、厚い石の梁。
梁の中央に、意味の分からない模様。
左右の壁にも、彫られた線。
線は続いて、続いて、途中で途切れている。
「……これ、入口?」
スライムが言う。
「入口だな!」
勇者は、目を輝かせた。
「これは、もうすでに勝ったな」
「何に!?」
「ここまで来たからな!」
「来ただけだよ!」
勇者は満面の笑みで言った。
「このクエストは、すでに半分終わったようなもんだな!」
スライムは一拍置いてから叫んだ。
「今ゼロだよ!」
「いやいや、入口までは来たからな!」
「入口まで来たのは“入口まで来た”でしかない!」
お色気お姉さんは、門を見上げて言った。
「すごいね〜。立派」
「立派すぎて逆に怖いんだけど!」
スライムが言う。
勇者は門の前に立ち、腕を組んだ。
「ほらほら、見てみろよ」
「何を」
「入口が立派ってことは、
中もきっと立派ってことだろ!」
「その論理、どこから来た!?」
「世界がそういう感じだからだよ!」
「世界に頼るな!」
三人は、門の前で立ち尽くした。
風が吹く。
門の影が深い。
その影の中だけ、空気が少し冷たい。
入口の向こうは暗い。
暗いのに、奥行きがある。
ただの穴じゃない。
“続いている”暗さだ。
スライムは、門の縁を見た。
擦れた跡がある。
誰かが触れた跡。
誰かが通った跡。
通った人がいる。
戻った人がいるかどうかは、分からない。
勇者は、何も考えずに言った。
「さあ、入るぞ!」
「待って待って!」
スライムが前に出る。
「ちょっと確認させて。
ここまでで、何した?」
「歩いて来たな!」
「それだけ!」
勇者が自信満々に続ける。
「あと入口を見た!」
「見るのも冒険に含めるな!」
お色気お姉さんが、軽い声で言った。
「でも、入口見たら冒険っぽいよね~」
「っぽいだけ!」
スライムが言う。
勇者はさらに誇らしげだ。
「だから半分なんだよ!」
「今ゼロだよ!」
三人は、しばらく黙って門を見ていた。
風の音が、少しずつ遠くなる。
代わりに、門の中の静けさが近づく。
入口の影は、ただ暗いだけなのに、
「入ってしまったら戻れない」感じがある。
まだ入ってない。
なのに、もう入った気がする。
勇者は、余裕の顔をしている。
お色気お姉さんは、いつも通りの顔をしている。
スライムだけが、入口に近づいたり離れたりしている。
気持ちが落ち着かないときの動きだ。
「……ねえ」
スライムが言う。
「こんな立派な入口、今まで見た?」
お色気お姉さんは首をかしげた。
「えっと……似たのはあったかも~」
「また“かも”!」
「だって、入口ってだいたい立派だよ?」
「だいたい立派じゃない!」
勇者が、勝手に進捗を数え始めた。
「よし、ここで一旦話を整理しよう」
「嫌な予感」
スライムが言う。
勇者は指を折る。
「入口に到達した。これは25%くらい……」
「どこから25%!?」
「次に、入口を観察した。これで50%だろ」
「観察は進捗じゃない!」
勇者はさらに言う。
「そして、今から入るから。これで75%」
「入ってから言え!」
お色気お姉さんが、妙に楽しそうに言った。
「すごいね〜。もうほとんど終わりじゃん」
「煽らないで!」
スライムが叫ぶ。
勇者はうんうん頷く。
「これなら、あとは帰るだけだな!」
「帰る話を先にするな!」
入口の前に立つと、空気が違う。
湿った匂いがする。
石の冷たい匂い。
まだ入っていないのに、
中の匂いが漏れてくる。
「……これ、入ったら音変わるよね」
スライムが言う。
「変わるな!」
勇者が断言する。
「変わるって何」
「そりゃ、冒険の音になる!」
「そんな音ない!」
「あるよ。あるある!」
「ない!」
お色気お姉さんが、軽く言った。
「入れば分かるよ〜」
「その軽さで言うのやめて!」
スライムが言う。
でも、三人は結局、門の影に足を踏み入れた。
勇者が最初。
次にお色気お姉さん。
最後にスライム。
影の中に入った瞬間、外の音が薄くなった。
風の音が遠ざかり、
自分たちの足音が近くなる。
「入った!」
勇者が、勝ち誇った声で言った。
「ほら!」
スライムは即座に返す。
「入っただけだよ!」
「入ったんだから冒険したってことだろ!」
「今ゼロだよ!」
勇者は笑う。
「ゼロから始まるんだよ。いろいろと!」
「そのセリフ、ここで使うのズルい!」
人は区切りを進捗にしたがる。
入口は、分かりやすい区切りである。
分かりやすい区切りは、
中身より先に満足を生む。
満足が先に来ると、
危険は後回しになる。
実際の危険は、
その先にある。
入口の中は、すぐ通路ではなかった。
少し広い空間がある。
天井は低い。
壁は滑らかで、削った跡が残っている。
それだけだ。
敵もいない。罠もない。
音もしない。
勇者は、それを見て頷いた。
「ほら、始まっただろ」
「何も起きてない!」
「この静けさが、始まりってことだろ!」
「便利な解釈!」
お色気お姉さんが、ちょっとだけ声を落とす。
「ここ、こんな感じだったかも」
「“かも”で進むな!」
スライムは言うが、もう足は中にある。
入口の外へ戻るのは簡単だ。
簡単なはずだ。
なのに、戻るのが難しい感じがする。
入口は、そういうものだ。
勇者が急に言った。
「よし、ここまで来たことだし、そろそろ帰ろう!」
「早い!」
スライムが叫ぶ。
「まだ何もしてない!」
「いや、ほら半分終わったからな!」
「今ゼロだよ!」
そのやり取りだけが、入口の中に響いた。
入口は突破された。
記録上は「開始」である。
実際の冒険は、
まだ始まっていない。
しかし、
始まった気分は十分だった。
気分が十分なら、
それで進んだ扱いになる。
世界は今日も、
そういう雑さで回っている。




