21話 勇者と理由と、全滅した話を聞いた日
理由は、あとから語られる。
語られる理由は、いつも少し遅い。
遅い理由は、だいたい簡単だ。
その場では、忙しいからだ。
忙しさが落ち着くと、
人は急に説明したくなる。
説明が軽いと、出来事も軽く扱われる。
出来事が重くても、同じである。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
郊外の道は、朝よりも乾いていた。
踏むたびに、土が軽く鳴る。
町の声はもう届かない。
その代わり、風が近い。草が近い。
遠くで鳥が鳴いて、すぐ黙る。
「見えたぞ!」
勇者が指を差した。
丘の向こうに、黒い口みたいな穴がある。
岩と木が避けるように割れて、そこだけ影が濃い。
「うわ、ほんとに穴だ」
スライムが言う。
「入口だな!」
勇者はなぜか嬉しそうだ。
「まだ入ってないけどね」
「入る前からなんとなく勝ってる気がするな!」
「勝ってる気がするだけで進むのやめて!」
お色気お姉さんは、歩きながらふわっと言った。
「懐かしいな〜。ここだよ、ここ~」
その言い方が軽い。
昨日の酒場で聞いた「全滅」という言葉と、噛み合っていない。
スライムは、何度か足元を見た。
石が増えてきている。
草は短くなって、風が乾く。
勇者は胸を張った。
「ここが“例の場所”ってやつだな!」
「“例の場所”って言うと急に頼りなさが増す」
「まああれだ、大丈夫だ!」
「その大丈夫、町で散々聞いた!」
お色気お姉さんは、首をかしげた。
「町は、そんなに危なかったの~?」
「危なかったよ!」
スライムが即答した。
「ダンジョンより危なかったよ!」
「え〜、そうなの~?」
「そうなの!」
入口の手前まで来ると、道が少し広がっていた。
踏み固められている。
通った人がいる証拠だ。
戻ってきた人がいる証拠かどうかは、分からない。
勇者は影の前で立ち止まって、腕を組んだ。
「よし。説明してくれ!」
「急に賢いこと言い出した」
「あれだな、あれ。作戦会議だな!」
「会議って言うと余計不安!」
お色気お姉さんが、入口を見上げながら言った。
「んー……たしかね、最初は普通だったんだよ~」
「普通って何が普通なの」
スライムが言う。
「普通に入って、普通に進んで、普通に……」
お色気お姉さんは、少し考えた顔をして、指で入口の縁をなぞる。
「あれ? ここで倒れたんだっけ?」
スライムが固まった。
「そこ、今“あれ?”って言うところ!?」
勇者は感心したように頷く。
「現場で思い出すタイプのやつだな!」
「タイプの話じゃない!」
お色気お姉さんは悪びれずに言った。
「だって、似てるんだもん。入口ってだいたい同じでしょ~?」
「同じじゃないよ!」
スライムが声を張る。
「ここ、違うと思うよ! だって――」
スライムは言いかけて止まった。
何を根拠に「違う」と言うのか、説明できない。
説明できないのに、嫌な感じだけはある。
勇者が言った。
「つまり、入口は問題じゃないってことだな!」
「結論が早い!」
三人は少し離れた岩の陰へ移動した。
風を避けるだけの場所。
椅子もない。机もない。
でも、ここが今日の仮休憩らしい。
水袋はない。
気合も、飲める形ではない。
スライムは、口の中で乾きを転がす。
「じゃあさ」
スライムはなるべく落ち着いた声で言った。
「どうして全滅したのか、ちゃんと教えて」
「うん、いいよ〜」
お色気お姉さんの返事が、また軽い。
「えっとね、たしか……途中で誰かが転んで~」
「転んで?」
「うん。転んで、起きなくて~」
「そこ、もう少しちゃんと!」
勇者が口を挟む。
「おいおい、誰だって転ぶこともあるからな!」
「あるけどさ!」
スライムが叫ぶ。
「その“転ぶ”が、ここでは命取りなんでしょ!?」
お色気お姉さんは笑った。
「そうそう。だから、気をつければ大丈夫~」
「軽い!」
「気をつければ大丈夫って言う人ほど危ない!」
お色気お姉さんは指を折りながら言った。
「最初に倒れたのが、戦士でしょ~」
「戦士いたんだ」
「うん。たぶん」
「たぶん!?」
「次が僧侶でしょ~」
「次って何!? 順番大事だよ!」
「その次が……魔法使い?」
「“?”付けるな!」
勇者は目を輝かせた。
「おいおい、ずいぶんと仲間が豪華だな!」
「そこじゃない!」
しばらく、風だけが鳴った。
入口の影は動かない。
動かないのに、見ている感じがする。
鳥の声もない。
遠くの町の音もない。
三人の呼吸だけが、少し遅くなる。
勇者は、なぜか落ち着いた顔で入口を見ている。
スライムは、落ち着かない。
お色気お姉さんは、落ち着いているというより通常運転だ。
お色気お姉さんが、思い出したみたいに言った。
「そうだ。ここ、階段があってね~」
「階段?」
「うん。下りるんだよ~」
「それは知ってる」
スライムが言う。
「何が起きたの、階段の先で」
「んー……暗くて~」
「暗いのも知ってる!」
「湿ってて~」
「それも!」
「音がして~」
スライムが、息を止めた。
「音?」
「うん。なんか、カサカサって」
勇者が頷く。
「それはきっと虫だな!」
「決めつけるな!」
スライムが言う。
「で、そこからどうなったの」
お色気お姉さんは、ぽんと手を叩いた。
「あ、思い出した。たぶんそこで、僧侶が倒れた~」
「たぶんじゃなくて!」
スライムは頭を抱えた。
「そこ重要だから!」
「重要?」
お色気お姉さんは首をかしげる。
「だって、もう倒れた後だよ~?」
「後だから重要なんだよ!」
勇者が笑った。
「倒れる前に気合を入れるべきだったな!そうすれば倒れることもない!」
「お前は黙ってて!」
スライムが叫ぶ。
勇者は素直に口を閉じた。
閉じたが、表情は「理解したつもり」のままだ。
お色気お姉さんは続けた。
「でね、誰かが“戻ろう”って言って~」
「うん」
「でも、誰かが“もう少し”って言って~」
「うん……」
「それで、もう少し行ったら~」
「うん……!」
「全滅した」
言い方が軽い。
言葉が短い。
短いのに、重いはずなのに、重くない。
スライムは、反射で聞き返した。
「……え、そこ省略するの?」
「省略っていうか、すぐだったよ」
「“すぐ”が一番怖い!」
勇者が頷く。
「つまり、ダンジョンで迷ったのが悪かったってことだな!」
「雑!」
スライムが言う。
「迷ったとかじゃなくて、何が出たのかとか、何が起きたのかとか!」
お色気お姉さんは、また首をかしげる。
「何が出たんだっけ?」
「そこ!!!」
スライムの声が裏返った。
語られた理由は、聞かれた。
だが、正確さは保証されていない。
軽く語られることで、重さは削がれる。
削がれた重さは、戻らない。
聞いた者は、分かった気になる。
分からない者は、疲れる。
それでも、話は「聞いたこと」になった。
勇者は、胸を張った。
「よし。これで整理できたな」
「できてないよ」
スライムが即答する。
勇者は言った。
「つまり、話の内容から気合が足りなかったってことだろ!」
「どこをどう整理したらそうなるの!」
お色気お姉さんは、否定しない。
「気合、大事だよね〜」
「同意しないで!」
スライムが叫ぶ。
「気合の話じゃないでしょ!」
勇者はさらに自信を深める。
「なら、今回は気合を倍にすればいいんじゃないか!」
「倍にする仕組みがない!」
「気持ちだよ。気持ち。心は大事なんだよ。きっと!」
「気持ちの話に逃げるな!」
お色気お姉さんは、入口を見て言った。
「でも、今回は大丈夫だと思う。だって三人だもん」
「前も三人以上いたんでしょ!」
「うん。たぶん」
「また“たぶん”!」
入口の前で、もう一度止まる。
勇者は、足を一歩前に出した。
「さあ、行くぞ!」
スライムは反射で勇者の足を止めた。
「待って。まだ一個だけ聞きたい」
「何だよ?」
スライムは、お色気お姉さんに向き直る。
「最後に、生き残ったのは……」
お色気お姉さんは、にこっと笑う。
「私だよ~」
「そこは覚えてるんだ」
「覚えてるよ〜。だって帰ってきたもん」
スライムは、言葉を失った。
帰ってきた。
その一言が、全滅より重く聞こえる。
勇者は前向きに言った。
「なら安心だな!」
「安心の材料にするな!」
スライムが言う。
「生き残るってことは、他が――」
お色気お姉さんは、肩をすくめた。
「うん。だから、今回は上手くやろうね~」
上手くやろうね、の温度が軽い。
軽いまま、入口が近い。
理由は語られた。
だが、対策にはなっていない。
全滅の話は、軽い声で処理された。
重さは現場に残されたままだ。
それでも、進むことは決まった。
決まったことは、もう変わらない。
世界としては、
特に問題はないとされた。




