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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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2話 勇者と宿屋と、特に起きなかった日

二人は、始まりの村を出た。

しばらく歩いたが、特に何も起きなかった。

道は続いているが、目的地は決まっていない。

それでも、時間だけは経過している。


夕方になり、二人は宿屋に入ることにした。

理由は特にないが、そういう流れらしい。

村を出てから、しばらくは本当に何もなかった。


道はゆるやかな草原へと続いていて、左右には同じような景色が広がっている。

どこまで歩いても、だいたい同じ色の草と、だいたい同じ高さの木が並んでいた。


風が吹くたび、草がざわざわと音を立てる。

それ以外に、聞こえるものはない。


「……ねえ」


スライムが小さく言った。


「今のところ、敵ゼロだよね」


「ああ、そうだな……」


勇者は前を向いたまま答えた。


「イベントもゼロだよね」


「ゼロ……だな」


「このまま一生、草原歩くだけの旅になったらどうする?」


「……それはそれで旅っぽいな」                                     


「どの部分が!?」


スライムは、ぷるんと揺れながら勇者の背中を見ていた。

マントが風で揺れているだけで、その向こうに“目的地”の気配はまったくない。


(……なんで僕、ついてきてるんだっけ)


スライムは、ふとそんなことを考えた。

気づいたら横にいて、気づいたら一緒に歩いていて、

そのまま「仲間」扱いされている。


(出会いイベント、なかったよな……)


思い出そうとしても、何も浮かばない。

最初からここにいた、という感覚しか残っていない。


「……怖くない?」


「んーー、なにが?」


「いや、この“最初からいた”感じ」


勇者は少しだけ振り返った。


「細かいこと気にしていると、旅はできないぞ」


「旅って、そんな雑な感じなの!?」


しばらく、また沈黙が続いた。


風の音だけが聞こえて、

二人の足音が、同じリズムで草を踏んでいく。


スライムは何度か口を開きかけたが、

結局、何も言わずに閉じた。


(……ツッコミ、追いつかなくなってきた)


この世界は、ツッコむ前に次の場面へ進んでしまう。

違和感を言語化しようとした瞬間には、

もう「次のそれっぽい展開」が用意されている。


それが一番、気持ち悪かった。


やがて、道の先に建物が見えてきた。

木造で、看板には大きく「宿」と書いてある。


「とりあえず今日はここに泊まろう」


勇者が言った。


「いや、“とりあえず”多くない?」


「はは、旅は流れだからな」


「流れ万能すぎない?」


宿屋の中は静かで、客は数人しかいなかった。

カウンターの奥には、宿の主人が立っている。


「いらっしゃい」


「一泊お願いします!」


「はいはい、二名様ですね」


「いや二名じゃないです」


スライムが即座に言った。


「一人と……一匹……いや一個……」


「仲間だから二名だろ」


「そのカウント基準どこ!?」


宿の主人は特に気にせず、鍵を差し出した。


「二階の奥の部屋です。夕食はどうします?」


「お願いします!」


「ちょっと待って」


スライムがまた割り込む。


「夕食って、そんな普通でいいの?」


「普通でいいだろ。飯なんだし」


「今、魔王倒す旅の途中だよね?」


「ああ、途中だな」


「途中で宿泊して晩ごはん食べるのおかしくない?」


「何言ってんだ。お腹は空くんだぞ」


「世界の危機より空腹優先なの!?」


部屋に入ると、ベッドが二つ並んでいた。


「……ねえ」


「なんだよ?」


「僕どこで寝るの?」


「そこだよ。そこ」


勇者は床を指差した。


「雑じゃない!?」


「スライムだから、まあ大丈夫だろ」


「大丈夫だけどさ!!

扱いが“荷物寄り”なんだよ!!」


夕食は、普通のスープとパンだった。


「……普通だね」


スライムがスープを見て言う。


「普通だな」


「魔王討伐の途中感ゼロなんだけど」


「魔王討伐の途中だからこそ、

こういう日常が大事なんだよ」


「どの理屈で!?」


勇者はパンをかじりながら言った。


「ほら、これ伏線だと思うぞ」


「パンが!?」


「そうそう。こういう静かな回があるから、

後で大きな展開が来るんだよ」


「何話構成だと思ってんのこの世界!!」


スライムは、スープを見つめながらため息をついた。


(……この世界、“それっぽいこと”だけは完璧なんだよな)


宿屋、夕食、ベッド、会話。

全部が物語っぽいのに、

中身だけが、なぜか存在していなかった。


「……ねえ」


「なんだよ?」


「今日って、何か進んだ?」


勇者は少し考えた。


「そうだな……宿に泊まったぞ」


「それ移動じゃなくて停滞だよ!!」


「いやいや、経験値は溜まった気がするぞ」


「気がするだけでしょ!!」



二人は、宿屋に泊まった。

部屋は普通で、食事も普通だった。

特別なイベントは発生していない。

宿泊による世界への影響は、確認されていない。

夜は、問題なく更けていった。

進展と呼べるものは、特に存在しなかった。



「……ねえ勇者」


「んーー?」


「このままさ、

毎日こんな感じだったらどうする?」


「どうするって、なんだよ?」


「魔王に会わないまま、

宿と宿を渡り歩くだけの旅になったら」


勇者は少し考えてから言った。


「はは、それはそれで、旅っぽいだろうな」


「どの部分が!?」


「旅って、目的より過程が大事だからな」


「急に名言っぽいこと言うな!!」


スライムはしばらく黙った。


「……僕さ」


「ああ」


「この世界、

“進んでるフリ”だけ上手すぎない?」


「フリ?」


「実際には何も変わってないのに、

みんな“今いい感じ”って顔してる」


「いい感じなのはいいことだろ」


「それが一番怖いんだよ……」


勇者はもうベッドに横になっていた。


「明日は、何か起きる気がするな」


「それ昨日も言ってたよね」


「今日は“前振り回”だから」


「前振り多すぎない!?」


しばらく、部屋の中に沈黙が落ちた。


ランプの光が揺れて、

外からは風の音だけが聞こえる。


スライムは、天井を見上げた。


(……この沈黙、

たぶん一生続くやつだ)


そう思ったが、

勇者はもう寝息を立てていた。



二人は、そのまま眠った。

宿屋は、翌朝も普通に営業していた。

魔王からの襲撃は、特に確認されていない。

勇者の旅は、続いているように見える。

世界は、依然として落ち着いている。

昨日と今日の差異は、ほぼ存在しない。


つまり、この日も特に何も起きていない。

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