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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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19話 勇者と噂話と、聞いたけど忘れた日

噂は、人の数だけ存在する。

酒場には、人が集まる。


人が集まると、

噂は増える。


増えた噂が整理されることは、

ほとんどない。


正しさは、話題にされにくい。

面白さの方が、先に回る。


酒場は今日も開いている。

それだけで、話は進む。

理由は特にないが、そういう流れらしい。

郊外の道は、思ったより長かった。

長いというより、同じ景色が続く。


草。

風。

足音。

鎧の音。


歩くたびに、勇者の装備が鳴って、音だけが元気だった。

お色気お姉さんは、一定の速度で歩き続ける。

距離も一定のまま。なのに、なぜか近い。

スライムは、何度か位置をずらした。ずらしても、近いままだった。


「……今日は、町に戻るの?」


スライムが言う。


「おう。情報収集だ!」


勇者は胸を張る。


「酒場で聞けば全部わかるからな!」


「酒場は万能じゃないよ」


「いやいや、万能だよ!」


「万能なのは、話が増えることだけだよ」


お色気お姉さんが楽しそうに言った。


「私、酒場好き~」


「好きな理由が怖いんだけど」


「みんな優しいから〜」


スライムは、返す言葉を探してやめた。

優しい、という言葉がこの状況で使われると、だいたい碌なことにならない。


町の入り口が見える。

人が増える。

声が増える。

なのに、緊張は増えない。


勇者はその時点で満足そうだった。


「これこそ、冒険してるってことだな!」


「帰ってるだけ!」


「帰るのも冒険だよ。帰るのも!」


「便利だな!」


酒場は、昼間から開いていた。

昼か夜かは、ここではあまり関係がない。飲む人は飲むし、座る人は座る。


扉を開けると、匂いが先に来る。

酒と油と木の匂い。

床に染みた過去の匂い。


店主はカウンターの奥で、暇そうでも忙しそうでもない顔をしていた。


「いらっしゃい」


声も、元気すぎない。


勇者は大きく手を上げた。


「とりあえず全部持って来てくれ!」


「とりあえずの量じゃないよね?」


スライムが即座に言う。


店主は眉も動かさず、適当にグラスを並べ始めた。

適当なのに、手は慣れている。


三人は席についた。


勇者が中央。

お色気お姉さんが隣。

スライムは、少し離れた位置を取ろうとして、結局同じ机に落ち着いた。


(離れたつもりが、離れてない。今日も)


お色気お姉さんは椅子を引くときも距離が近い。

本人は普通に座っているだけなのに、周りの目線が一瞬だけ動いた。


酒場の空気が、少しだけ傾く。


スライムは、周囲を見回した。

常連っぽい人。

よく分からない旅人。

声の大きい人。

声の小さい人。


そして、視線だけが早い人。


「……あれ?」


近くの席で、小さな声。


「おい、見ろ」


「どれ」


「ほら……」


視線が、お色気お姉さんに集まる。

集まって、すぐ逸れる。

逸れたふりをして、また戻る。


勇者は気づいて、にやっとした。


「なあ、あいかわらず人気があるな!」


「その人気、嬉しくないやつだから!」


スライムが返した。


酒が来た。

勇者は勢いよく飲む。


「うまいな!これ!」


「味の説明が雑!」


お色気お姉さんは少しだけ口をつけて、軽く笑った。


「おいしいね~」


その一言で、周りの客がまた反応する。

反応するが、誰も話しかけてこない。

噂は直接言わず、横で回す方がこの店の流儀らしい。


「聞いたか?」


別の席。


「また組んだらしいぞ」


「懲りないな」


「いや、相手の方が懲りろよ」


笑い声が小さく漏れる。


勇者はそれを聞いて、なぜか誇らしげに頷いた。


「ほらほら、注目されてるな!」


「注目の理由を見ろ!」


スライムは、目の前のグラスを見た。

泡が消えるのを眺める時間が、やけに長い。


「……この店、情報が集まるっていうより」


「噂が増える店だね」


勇者が言った。


「それが情報ってもんだろ!」


「違う!」


「この前さ」


少し離れた席で、別の声が始まった。


「また全滅したんだろ?」


「そうそう」


「しかも、また一人だけ残って」


「毎回それ」


「逆にすごい」


今度は、話の内容がはっきりしている。


スライムは、わざと聞こえないふりをしなかった。

聞こえるように言われている。

それがこの店の礼儀だ。


勇者は目を輝かせた。


「なあ、すごいな!」


「何がすごいと思ったの!?」


スライムの声が、店の中で一番鋭かった。


勇者は自信満々に言う。


「何度も何度も話題になるってことは、人気があるってことだな!」


「評価の方向!!」


スライムは机を軽く叩いた。


「人気って、そういう時に使わない!」


お色気お姉さんは、申し訳なさそうに笑うでもなく、ただ笑った。


「たまたまだよ〜」


「たまたまの回数じゃないよ!」


噂は、止まらない。


別の席の声。


「俺の知り合いも組んだ」


別の席の声。


「うちの村でも聞いた」


別の席の声。


「いや、あれは呪いだろ」


別の席の声。


「運が良いだけだって」


言い回しが変わる。

場所が変わる。

でも内容は同じだ。


同じ話が、別の口から出るたびに、重さだけが増える。


勇者は、その重さを全部、別の方向に変換していた。


「ほらな、ほらな!」


「何がほらなの!?」


「これだけ話題になってるってことは、有名ってことだろ!」


「有名の方向が危険!」


「いやいや、でも俺たち覚えられてるぞ!」


「覚えられてるのは“全滅”の方だよ!」


お色気お姉さんはグラスを置いて、首をかしげた。


「そんなに言われてるんだ~」


「今気づくの!?」


「気づかなかった〜」


「気づけ!」


酒場の音だけが残った。


グラスが置かれる音。

椅子がきしむ音。

遠くの笑い声。


勇者は、次に何を言うか考えている顔ではない。

ただ、気分が良さそうな顔だ。


お色気お姉さんは、視線をふわっと漂わせている。

責任も不安も、どこか遠い。


スライムは、言葉を飲み込んだ。

言えば言うほど、空気が軽くなる。

軽くなるほど、止まらなくなる。


沈黙は、誰も困らないまま続いた。



噂は、正確さより回数で強化される。

同じ話が繰り返されると、事実のように扱われる。


酒場では特に、

その傾向が強い。


訂正は、歓迎されない。

忠告は、消費される。


聞かれたことが重要で、

効いたかどうかは確認されない。



沈黙のあと、今度は誰かが勇者に向けて言った。


「おい」


声が大きい。

店の空気を割る声。


「やめとけ」


別の声も乗る。


「忠告しとく」


さらに別の声。


「無理するな」


言葉が重なる。

同時に言われると、正論っぽく聞こえる。


勇者は、その全部を受けて、全部頷いた。


「おお、そうか。なるほどな!」


スライムは、急に嫌な予感がした。


「……聞いてた?」


「ああ、聞いてた!」


「理解した?」


「もちろん。全部理解したからな。全部!」


「覚えた?」


勇者は、少し考える。

考えているように見える。

その間が、妙に長い。


「細かいところは忘れたな!」


「一番ダメなやつ!!」


スライムが叫ぶと、酒場がどっと笑った。

笑いは、空気を肯定する。


肯定されると、勇者はさらに元気になる。


「でもな、大事なところは覚えたからな!」


「どこ!?」


「そりゃ、俺たち人気があるところ!」


「評価の方向!!」


スライムの声が、また一番鋭くなる。


お色気お姉さんは、くすっと笑った。


「でも、心配してくれてありがとう」


「心配っていうか……」


スライムは言葉を止めた。

ここで言い直しても、空気は変わらない。

変わらない空気のまま、酒だけが減っていく。


勇者は立ち上がった。


「よし!」


「何がよしなの」


「明日、行こう!」


「どこに?」


「ダンジョンだよ。ダンジョン!」


「話、聞いたよね!?」


「ああ。もちろん聞いた!」


「覚えてないよね!?」


「覚えてるぞ。大丈夫だよ!」


「その大丈夫が一番危ない!」



噂は、聞かれた。

忠告も、行われた。


理解と記憶は、確認されていない。

それでも、次の予定は成立した。


酒場は、いつも通りだった。

世界も、いつも通りだった。


特に何も変わらないまま、

出発だけが近づいていく。

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