17話 勇者とギルドと、やめた方がいいと言われた日
町には、依頼がある。
依頼があると、人が集まる。
人が集まると、声が増える。
声が増えても、
急ぐ理由が生まれるとは限らない。
ギルドは今日も開いている。
それだけで、物事は進んでいく。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
ギルドの扉は、少し重かった。
開くたびに、
木がきしむ音がする。
でも誰も直そうとしない。
勇者は、その音を気にせず中へ入った。
「さあ、どの依頼を受けようか!俺は何でもこなせるからな!」
声が大きい。
ギルドの中では、
そのくらいの声量は珍しくない。
誰も振り向かない。
掲示板の前には人が集まっているが、
貼り紙を真剣に読んでいる者は少ない。
見て、
頷いて、
離れる。
それを繰り返している。
スライムは、
勇者の少し後ろで浮かんでいた。
(……これ、全部読む人いるのかな)
紙は多い。
内容は似ている。
文字の密度だけが違う。
討伐。
調査。
護衛。
「なあ、どれにしようか?」
勇者が振り返る。
「選ぶっていうかさ、
もう決まってる顔してるよね」
「ああ、当然だろ!」
勇者は胸を張った。
「俺は勇者だぞ!」
「はいはい」
スライムは掲示板を見上げる。
(危険度:高)
(推奨人数:複数)
(注意事項:多数)
「……これ、
やめた方がいいやつじゃない?」
「何いってんだ。高い方がいいに決まってるだろ!」
「理由が雑!」
勇者は、
勢いよく一枚の紙を剥がした。
紙が少し破れた。
「これだ!」
「破いてから言われてもなあ……」
スライムが覗き込む。
(ダンジョン案件。
踏破率低。
生還率……)
数字が書いてあるが、
あまり信用できない書き方だった。
「ほらほら、
ちゃんと書いてあるぞ!」
勇者は満足そうだ。
「“注意”って書いてあるよ?」
「ちゃんとしてる証拠じゃないか!」
(逆だと思うけどな)
そのとき、
背後から声がした。
「あの〜」
振り返ると、
女性が立っていた。
距離が近い。
一歩、
いや、半歩近い。
スライムは反射的に少し下がった。
(……近い)
「それ、
まだ受けてないんですか~?」
勇者は即座に反応した。
「ああ、これから受けるところだ!」
「即答すぎる!」
スライムが叫ぶ。
女性は、
少し安心したように笑った。
「よかった。
一人だと、
ちょっと大変そうで」
「……一人?」
勇者は首をかしげる。
「一緒にどうかなって思って~」
勇者は一秒も考えなかった。
「いい、いいな。大歓迎だ!」
「考えろ!」
スライムは声を張った。
「まず話聞こうよ!」
「いやいや、困ってるみたいだし!」
「困ってる人、
世界に常にいるからね!?」
女性は、
そのやり取りを気にした様子もなく、
勇者に近づいた。
「ありがとう。
助かるよ~」
距離が、
さらに近い。
スライムは、
なんとなく察した。
(あ、この人……
自覚ないタイプだ)
露出が多い。
というより、
着ている服が軽い。
本人は普通にしている。
周囲だけがざわつく。
「あ、そうだ~」
女性が言う。
「この依頼、
ちょっと危ないから~」
「ほら!」
スライムがすぐ反応する。
「本人も言ってる!」
「まあまあ、
今までも何とかなってるから」
(それが一番怖いんだけど)
「すみません〜」
カウンターから声が飛んできた。
ギルドの受付嬢だ。
いつも通りの声。
少しだけ疲れている声。
「その依頼、
一応説明しておきますね」
「お願いします!」
スライムが即答した。
受付嬢は、
書類を一枚引き寄せる。
紙を揃える音が、
やけに整って聞こえた。
「危険度は高めです」
「うん」
「ダンジョン案件です」
「うん」
「踏破率は低めです」
「うん……えっ?」
スライムは、
頷きながら嫌な予感を強めていく。
「それと……」
受付嬢は、
ほんの一瞬だけ間を置いた。
その間が、
妙に長く感じられた。
「この依頼、
これまでに何組か受けています」
「人気の依頼なんだな!」
勇者が言う。
「全滅しています」
一瞬、
音が消えた。
「……え?」
勇者の声が、
少しだけ遅れて出た。
スライムは、
深く息を吸った。
(来た)
「正確には、
パーティが全滅しています」
「正確には?」
「一人だけ、
毎回生還しています」
スライムの視線が、
ゆっくり隣へ動いた。
女性は、
にこっと笑っていた。
「運がいいんです、私~」
(それ、
運で片付けていい話じゃない)
スライムは、
言葉を探したが、
見つからなかった。
全滅という言葉は、
結果をまとめるために使われる。
原因を掘り下げるためではない。
一人が生き残っている場合、
話は少し複雑になるが、
依頼が消える理由にはならない。
注意はされた。
判断は委ねられた。
それで、手続きは進む。
受付嬢は、
淡々と続けた。
「なので、
おすすめはしません」
「一応ですが、止めます」
「一応!?」
スライムが声を上げる。
「全滅してるんだよ!?」
「最終判断は、
ご本人たちにお任せしますので」
世界は、
止める気がなかった。
勇者は、
女性を見て、
スライムを見て、
受付嬢を見た。
少し考える。
……ように見えた。
「……大丈夫なんじゃないか!」
「どこが!?」
スライムが即座に返す。
「全滅って言葉、
軽く扱っていいやつじゃない!」
「まあまあ、今回は大丈夫な気がするしな!」
「論理が弱い!」
女性は、
勇者の方を向いた。
「無理そうだったら、
途中で引き返せばいいし~」
「ほらほらほら!」
勇者が言う。
「ちゃんとしてるじゃないか!」
(ちゃんとしてる人ほど、
危ないこと言うんだよなあ)
受付嬢は、
もう書類にペンを走らせている。
「では、
仮登録だけしておきますね」
「仮!?」
「仮です」
「でも進むんだよね!?」
「ああ」
勇者は、
満面の笑みだった。
「よし!
パーティ結成だ!」
「まだ結成って言ってない!」
スライムの声は、
紙をめくる音にかき消された。
書類は揃い、
印は押され、
依頼は受理された。
「あ、じゃあ」
女性が言う。
「明日出発だね~」
「よし行こう!」
勇者は即答した。
スライムは、
掲示板を見上げる。
さっきまで貼られていた紙は、
もう剥がされている。
代わりに、
新しい紙が貼られ始めていた。
(……始まったな)
何が、
どう始まったのかは、
まだ分からない。
でも、
進むことだけは確定している。
決定は、勢いで行われた。
勢いは、止められなかった。
結果は、まだ出ていない。
しかし、進行は確定した。
世界としては、
特に問題はない。




