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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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15話 勇者と元冒険者と、言わなくなった日

世界には、やめた人がいる。

やめた理由は、だいたい語られない。

語られない理由は、だいたい正しい。

正しいと、人は納得する。

納得すると、何も起きない。


二人は、王都の外へ向かうことにした。

理由は特にないが、そういう流れらしい。

王都を出てしばらく歩くと、

道の音が変わった。


石畳の硬い音が減って、

土を踏む柔らかい音になる。

人の話し声も、少しずつ戻ってくる。


でも、賑やかというほどではない。

生活の音だけが、淡々と続いている。


「……ねえ」


スライムが言った。


「ここ、特に何もないね」


「そうだな、

特に何もないなら、それに越したことはないしな」


勇者は、妙に機嫌がいい。


「何がいいの」


「そりゃまあ、落ち着くからな」


「落ち着くって、

何も起きないってことだよね」


「そうだな。何も起きないのが一番だろ」


「それ、誰のため?」


勇者は少し考えた。


「……みんなだろ。みんな?」


「また“みんな”!」


スライムは、歩きながら周りを見た。


畑がある。

洗濯物が干されている。

犬が寝ている。

子どもが走っている。


昨日までの祝祭も、

説明も、

何も関係ない顔をしている。


(……世界って、

この顔が基本なんだよな)


スライムは、そう思った。


思ったのに、

そのことに少し安心している自分がいて、

また嫌になった。


道の途中に、小さな店があった。


酒場なのか、食堂なのか、

はっきりしないけど、

人が出入りしている。


勇者は当然のように入っていった。


「ああ疲れた。休憩だ休憩!」


「休憩って、

今ずっと休憩みたいな旅じゃん」


「違う違う。

これは“中休憩”ってやつだな」


「区別すんな!」


中は、昼間なのに薄暗い。


でも王都の研究所みたいな無音ではなく、

人の息づかいがある。


グラスの音。

椅子の軋む音。

誰かが笑う音。


二人が席に座ると、

隣の席にいる男がちらっと見た。


年は勇者より少し上に見える。

服は地味。

でも体つきが、妙に“残っている”。


肩が落ちていない。

手が、無駄に動かない。


勇者が話しかけた。


「なあ、あんた」


男は、少しだけ目を上げる。


「……なんだ」


「昔、旅してなかったか?」


男は一瞬だけ黙ってから、短く答えた。


「……まあな」


「あ、やっぱり!」


勇者は目を輝かせる。


「すげーな!

冒険者じゃん!」


男は、興味なさそうにグラスを置いた。


「昔な」


「昔っていつ?」


「昔は昔だ」


「雑っ!」


スライムが即座に突っ込む。


男は、スライムを見た。


その視線は、研究者みたいに冷たくない。

魔物使いみたいに値踏みでもない。


ただ、静か。


静かすぎて、

逆に落ち着かない。


「……しゃべるんだな」


男が言った。


「しゃべるよ」


スライムは、つい即答した。


「珍しい」


「珍しいって言うな」


「事実だろ」


「事実でも言わなくていいことだってあるよ」


男は、少しだけ口元を動かした。


笑ったのか、

笑ってないのか分からない。


勇者は、勢いよく話し始めた。


「俺、魔王倒す旅してるんだぜ!」


男は、短くうなずく。


「そうか」


「今、王城行って、説明されて、

祝祭もあって、夜もあってだな!」


「……忙しいな」


「忙しいって何!

ほぼ歩いてるだけだよ!」


スライムが言う。


勇者は気にせず続ける。


「でもまあ、俺は進んでる気がするんだけどな!」


男は、少し間を置いて言った。


「気がする、か」


その言葉が、妙に引っかかった。


スライムは、男の顔を見た。


この人、

たぶん昔はこういう話を聞いて、

突っ込んでた顔だ。


そんな気がする。


根拠はない。

でも、分かる。


(……雰囲気が、似てる)


スライムは、勇者が話している横で、

男の手を見た。


指に、小さな傷がある。

古い傷だ。


(……本当に旅してたんだ)


「ねえ」


スライムが、勇者の話を遮って言った。


男が視線を寄こす。


「なんで、今は旅してないの?」


勇者も少し黙る。


男は、しばらく考える素振りをして、

でも結局、短く言った。


「……やめたからだ」


「やめた理由は?」


男は、グラスを軽く揺らした。


「理由がいるのか」


「いるよ」


スライムは、思ったより強く言った。


「やめるって、

いろいろあるじゃん」


男は、静かに言った。


「言わなくても回るって分かった」


スライムは、一瞬固まった。


「……え?」


男は、同じ調子で続ける。


「旅しても、

言っても、

突っ込んでも、

世界は回る」


「回るって何」


「回るってのは、回るってことだ」


「またそれ!!」


スライムは、笑いながら突っ込んだ。

でも、笑いはすぐ消えた。


(……今の言葉、

軽いのに重い)


言わなくても回る。


それは、正しい。

この作品の世界では、特に。


正しいからこそ、否定しづらい。


「じゃあさ」


スライムが言う。


「言わなくなったのって、楽?」


男は、少しだけ間を置いた。


「楽だ」


即答だった。


スライムは、胸の奥がざわついた。


(……やっぱり)


(楽なんだ)


昨日の夜の“楽”と同じ種類の言葉だ。


「でもさ」


スライムが続ける。


「それ、悔しくない?」


男は首をかしげた。


「悔しいって何だ」


「……負けた感じとか」


男は、少しだけ目を細めた。


「負けたわけじゃない」


スライムは、間髪入れずに返す。


「勝ったわけでもないでしょ」


男は、短く息を吐いた。


「折り合いをつけただけだ」


その一言が、

スライムの中に落ちた。


折り合い。


言葉としては穏やかで、

大人っぽくて、

正しそうで。


でも、正しそうなぶん、

怖い。


(……この人、

世界に飲まれたんじゃなくて、

自分で飲みに行ったんだ)


スライムは、そんな感じがした。


ここで沈黙が落ちた。


店の音は続いている。


グラスを置く音。

椅子の音。

誰かの小さな笑い声。


でも三人の間だけ、

言葉が途切れる。


勇者は、なんとなく困っている。

スライムは、言いたいことがある。

男は、言わない。


沈黙が長い。


説明もない。

補足もない。

空気だけが進む。


スライムは、その沈黙の中で考えた。


(……もし僕が、この先ずっと旅して)


(ずっと突っ込んで)


(ずっと違和感言って)


(でも何も変わらなくて)


その時、

自分はどうなる?


怒り続ける?

疲れて壊れる?

それとも――折り合いをつける?


折り合いをつけるって、

聞こえはいい。


でも、そこには「諦め」が含まれている気がする。


諦めという言葉を使うと、

男が悪いみたいになる。


でも、悪いわけじゃない。


正しいだけだ。


(……正しいことって、

ときどき一番いやだ)


スライムは、喉の奥が少し苦くなるのを感じた。



町は、安定している。

人は、生活している。

元冒険者は、そこにいる。

旅は、やめられている。

問題は、発生していない。

世界は、回っている。



勇者が、場を明るくしようとして言った。


「いやーー、大人だな!」


男は、少しだけ眉を動かした。


「大人って言うな」


「なんでだよ?」


「大人だから、やめたわけじゃない」


「じゃあ何でやめたの?」


勇者が聞くと、

男はまた短く言った。


「言わなくても回るって分かった」


勇者は、納得した顔をした。


「なるほどな!」


スライムは思わず言う。


「なるほどって何に納得したの」


「やめるのも一つの選択だろ」


「選択って、

世界がそうさせてるだけかもしれないじゃん」


男は、スライムを見た。


「そう言えるうちは、言えばいい」


スライムは、その言葉に詰まった。


そう言えるうちは。


いつか言えなくなる前提。


男は続ける。


「言うのは疲れる」


「疲れるよ」


スライムは即答した。


「でも、言わないと、

もっと嫌になる気がする」


男は、少しだけ首をかしげた。


「嫌にならないように、言わなくなる」


スライムは、言い返せなかった。


言い返したい。

でも、言い返す言葉が見つからない。


(……これ、正しいんだよな)


正しいから、刺さる。


勇者は、いつも通り軽い。


「わかったわかった。

じゃあ、俺は言うぞ!俺は魔王を倒す!」


「お前は関係ないみたいに言うな!!」


スライムが突っ込むと、

勇者は笑った。


男も、また少しだけ口元を動かした。


でも、その笑いはどこか遠い。


別れ際、男は最後に言った。


「お前」


スライムを見る。


「まだ言える顔してる」


「顔で分かるの?」


「分かる」


「……じゃあ、僕、まだ言うよ」


男は、うなずいた。


それで終わった。


追加の言葉はない。


励ましもない。

希望もない。


ただ、確認だけ。



元冒険者は、町に残った。

勇者は、旅を続ける。

スライムは、隣にいる。

言わなくなった理由は、正しいままだ。

世界は、安定している。


つまり、やめる理由が正しいと、

世界は誰も責めない。

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