14話 勇者と説明と、ちゃんと分かったことにされる日
世界には、説明する人がいる。
説明されると、人は分かった気になる。
分かった気になると、疑問は消える。
疑問が消えると、世界は安定する。
安定しても、正しいとは限らない。
二人は、静かな場所へ向かうことにした。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
祝祭の翌日の王都は、少し静かだった。
昨日の飾りはまだ残っているのに、
太鼓の音も、歓声も、ない。
屋台の匂いも薄い。
同じ街なのに、
昨日とは別の顔をしている。
「……ねえ」
スライムが言った。
「昨日のあれ、夢だったみたいじゃない?」
「ああ、あれか。夢じゃないだろ昨日のことだし」
勇者はあっさり言う。
「でも、みんな切り替え早すぎない?」
「祝祭ってそういうもんだろ」
「そういうもんって便利だなぁ」
二人は、人の流れに乗って歩いた。
王都の中心から少し外れたところに、
大きくて静かな建物がある。
神殿なのか、役所なのか、
よく分からないけど、
とにかく“ちゃんとしてそう”な場所だ。
入口の前には人が並んでいて、
誰も大声を出していない。
「……ここ、さっきの祭りと同じ街だよね?」
スライムが小声で言う。
「ああ、同じ街だな」
「街、人格変わりすぎだよ」
「何ていうか、今日は説明の日なんだろ」
「説明の日って何」
「そりゃ分からないことを分かる日にする日。とかかな」
「雑すぎる」
中に入ると、空気がさらに静かになった。
足音が控えめになる。
声が勝手に小さくなる。
壁には、よく分からない絵が飾られている。
文字もあるけど、読めない。
でも、読めなくても平気な感じがする。
(……ここ、
読めなくても“分かった気”になれそう)
スライムは、そんなことを思ってしまって、
自分で少し嫌になった。
部屋に通されると、
神官らしき人が一人立っていた。
昨日の祝祭の神官と同じ顔に見える。
でも今日は声が小さい。
「お越しいただき、ありがとうございます」
「はい!」
勇者が即答する。
スライムは、少し遅れて言った。
「……どうも」
神官は、にこやかに続けた。
「皆さまの中には、
時折、不安を感じる方もいらっしゃいます」
スライムは、少し反応した。
(不安?)
神官は、それを見逃さないみたいに話を進める。
「それは自然なことです。
不安があるからこそ、私たちは前へ進めます」
「前へ?」
スライムが小声で言う。
神官は、まるで聞こえたかのようにうなずく。
「そして、世界には秩序があります。
秩序があるから、生活は守られます」
「守られるって何」
スライムは言いかけて止めた。
ここで止めたことが、
もう自分の負けだと分かっているのに。
神官は穏やかに言う。
「もし、何か引っかかることがあっても、
心配はいりません。
世界は正しく回っております」
勇者が、気持ちよくうなずいた。
「なるほど!」
スライムの胸が、少しざわついた。
(なるほどって何)
神官はさらに続ける。
「祝祭は、皆が同じ方向を向くためのものです。
同じ方向を向くことで、安心が共有されます」
「……安心って、共有できるの?」
スライムは思わず言った。
神官は笑った。
「ええ。できます。
皆が同じものを見て、同じ声を出すと、
心は落ち着くのです」
「でもそれって、
落ち着いてるだけじゃない?」
「落ち着くことは大切です」
神官の声は、柔らかい。
強くない。
押し付けてこない。
だからこそ、反論しづらい。
「不安は、悪いものではありません」
神官が言う。
「ただ、不安を抱えたままでは疲れてしまいます。
ですから、整えます」
「整えるって何」
スライムはまた言いかけて止めた。
神官は、優しい言葉を並べ続ける。
自然なこと
心配はいらない
正しく回っている
整える
共有する
どれも、よく聞く言葉だ。
よく聞くから、分かった気になる。
分かった気になるから、
疑問が薄れる。
(……分かった気はする)
(でも、何が分かったんだろ)
スライムは、頭の中が少しぼんやりしていくのを感じた。
昨日の祝祭の圧とは違う。
今日は、言葉で包まれる感じだ。
包まれると、
何か言う気が失せる。
勇者は、すっかり納得していた。
「つまり、俺は正しいことをしてるってことだな!」
神官はうなずく。
「ええ。勇者さまは、旅を続ければよいのです」
「よし!」
勇者がすぐ立ち上がる。
「俺のやるべきことは分かった!」
スライムは、隣で座ったままだった。
(……勇者、分かったって言えるのすごいな)
分かったと言えるってことは、
分からない部分を置いてきたってことだ。
置いてきても、本人は平気。
自分は、置いてきたら気持ち悪い。
でも今日は、
置いてきたい気持ちもある。
(……昨日からずっと、
楽な方に引っ張られてる)
それが悔しいのに、
悔しさも柔らかい。
ここで、沈黙が落ちた。
神官がにこやかに言う。
「では、質問はありますか?」
部屋が静かになる。
誰も喋らない。
この沈黙は、
「質問がない」沈黙だ。
質問をしないことが、
正解になっている沈黙。
スライムは、喉まで言葉が出かかった。
正しいって何
どこが正しい
何が守られてる
誰のため
何が変わった
言えばいい。
言えば、何かが動くかもしれない。
でも、言うと、空気が変わる。
この部屋の穏やかさが壊れる。
神官の笑顔が、困った笑顔になる。
勇者の顔が、面倒そうになる。
(……僕が悪いみたいになる)
分からないと言うと、
自分が努力してないみたいになる。
質問すると、
空気が読めないみたいになる。
それを避けたくなる。
避けたくなる時点で、
この説明は完成している。
スライムは、手を挙げなかった。
勇者も挙げなかった。
誰も挙げなかった。
神官は満足そうにうなずいた。
「よろしい。
皆さまは理解されました」
理解されました。
自分が理解したと言っていないのに、
理解したことにされた。
その言葉が、
静かに重くのしかかった。
説明は、完了した。
不安は軽減されたとされた。
理解は成立したと判断された。
質問は提出されなかった。
秩序は再確認された。
世界は、安定している。
建物を出ると、外の空気が少し軽かった。
「なあ、分かったな!」
勇者が言う。
「……分かったって何」
「世界は正しく回ってるってことがだよ」
「それ、説明されただけだよね」
「説明されたなら分かったってことだろ」
「違うよ」
スライムは言いかけて止めた。
違うと言うのも、
今日は疲れる。
「ねえ勇者」
「ん?」
「僕、分かった気はするんだ」
「だろ」
「でも、何が分かったのかは分かんない」
勇者は、首をかしげた。
「それ、分かったってことじゃないのか?」
「違うってば」
スライムは、歩きながら小さく息を吐いた。
(……言い返す力が弱い)
(昨日からずっと)
説明されると、
納得した気になる。
納得した気になると、
言葉を失う。
言葉を失うと、
世界は安定する。
それが、今日も起きた。
説明は成功した。
質問は出なかった。
疑問は整理されたとされた。
不安は落ち着いたとされた。
世界は静かである。
つまり、説明できる世界は、
問題が解決したように見える。




