13話 勇者と祝祭と、みんなが同じ顔をしている日
世界には、祝う日がある。
祝うと、理由を考えなくなる。
みんなが笑うと、正しい気がする。
正しい気がすると、疑問は小さくなる。
小さくなっても、消えたわけではない。
二人は、王都の広場へ向かうことにした。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
朝の通りを歩いていると、
昨日までの静けさが嘘みたいに感じた。
遠くから音がする。
太鼓みたいな音。
笛みたいな音。
人の笑い声。
「……ねえ」
スライムが言った。
「昨日まで、ここ、こんなにうるさくなかったよね」
「ああ、今日は祝祭らしいぞ」
勇者は、妙に誇らしげに言う。
「祝祭って、何を祝うの?」
「そりゃ、平和だよ。平和」
「平和って、毎日言ってなかった?」
「んーー、言ってたな」
「じゃあ毎日祝えばいいじゃん」
「毎日が特別だと、特別が特別じゃなくなるだろ」
「特別って、誰が決めたの?」
勇者は少し考えた。
「……みんな、かな」
「“みんな”また出た」
王都に近づくほど、
道は派手になっていく。
飾りが増える。
布が垂れ下がっている。
花みたいなものが、やたらと多い。
いつもなら無駄に見えるものが、
今日は「正しい飾り」に見えてしまう。
(……飾りって、
誰かが正しいって決めたら、
もう正しくなるんだ)
スライムは、そう思った。
思ったのに、
嫌な気持ちは薄かった。
それがさらに嫌だった。
広場に着くと、
人がぎっしり集まっていた。
屋台。
甘い匂い。
肉の匂い。
笑い声。
子どもが走る音。
昨日までの“なかったこと”が、
ここでは全部“あること”になっている。
「おお!」
勇者は目を輝かせた。
「祭りだな!」
「……祭りって、
こんなに簡単に始まるんだ」
「そりゃ、始まるだろ」
「始まるって何」
「始まるは、始まるだ」
「説明になってない!」
スライムは、周りを見た。
みんな、楽しそうだ。
顔が明るい。
声が大きい。
昨日まで感じていた重たい違和感が、
この空気の中では、さらに小さく見える。
(……これ、
言いづらいな)
“なんか変だ”って、
この場で言うのは難しい。
なぜなら、
みんなが楽しそうだから。
楽しそうな人たちの前で、
「それおかしい」って言うのは、
急に自分が嫌なやつになる。
スライムは、
その感覚をはっきり自覚してしまった。
(……世界、
楽しい空気で、
口を塞いでくる)
やがて、広場の奥がざわつき始めた。
壇の上に、王族らしき人が現れる。
その隣に、神官らしき人も立つ。
人々が一斉に拍手を始める。
タイミングが、揃いすぎている。
「……揃いすぎじゃない?」
スライムが言う。
「あれだよ、みんな練習したんじゃないか」
「何を?」
「拍手だよ。拍手」
「そんな練習いらないだろ!」
神官が声を張り上げた。
「皆さま!
平和なる世界に感謝を!」
「おおー!」
群衆が一斉に声を上げる。
「正しき秩序に感謝を!」
「おおー!!」
「勇者の旅路に祝福を!」
「おおおー!!!」
勇者も手を叩いている。
「すごいな!」
「何が?」
「俺のために祝ってくれてるぞ」
「半分くらい、世界の自分たちのためだよ」
「でも嬉しいだろ、な?」
スライムは、言い返そうとして、止まった。
(……嬉しいって言われたら、
否定しづらい)
喜びは、
正しさっぽく見える。
しかも、それが集団になると、
もっと正しく見える。
(……これ、
間違ってるって言うと、
僕が間違ってるみたいになる)
スライムは、
その感覚が怖かった。
神官の言葉は続く。
「世界は、正しく回っております!」
「皆さまの協力が、安定を生むのです!」
「今日を祝うことで、明日も続くのです!」
スライムは、
その言葉がよく分からなかった。
でも、分からないままにしておくと、
置いていかれる気がした。
分からないことを分からないと言うのは、
この場では難しい。
(……学校と同じだ)
あそこでは、
質問は“後で”だった。
ここでは、
質問そのものが空気に負ける。
「ねえ」
スライムは勇者に小声で言った。
「何を祝ってるの?」
「平和さ」
「平和って、何」
「んーー、困ってない……状態だろ?」
「困ってないなら、
なんでこんな必死に祝ってるの?」
勇者は少し考えた。
「そりゃ、続いてほしいからじゃないか」
「続いてほしいって、
今止まりそうなの?」
勇者は答えなかった。
代わりに、また拍手する。
その拍手の音は、
周りの拍手と混ざって、
一つの大きな塊になる。
スライムは、
その塊の中で、
自分の音がどこにもない気がした。
ここで、沈黙が落ちた。
正確には、音はある。
太鼓も鳴っている。
人も騒いでいる。
でも、スライムの中だけで、
音が遠くなる。
周りは笑っているのに、
自分だけが、少し遅れている。
勇者は楽しそう。
屋台の人も楽しそう。
子どもも楽しそう。
その中で、
自分が「変だ」と思っていることが、
急に恥ずかしく見える。
(……僕がおかしいのかな)
(今まで、
ずっと突っ込んできたけど)
(この場では、
突っ込むほうが悪いみたいだ)
スライムは、口を開こうとして、閉じた。
開いたら、
自分の声が浮いてしまう。
浮いた瞬間、
周りの笑顔が一斉にこっちを見る気がした。
それを想像しただけで、
喉が固くなる。
(……これ、
口を閉じるしかないやつだ)
スライムは、
自分の中の違和感が、
小さく丸まっていくのを感じた。
消えたわけじゃない。
ただ、丸まって、奥へ押し込まれる。
それが、
なぜか少し楽だった。
楽なのに、
その楽さが怖かった。
祝祭は、盛大に行われている。
人々は、満足している。
不満は確認されていない。
拍手と歓声は、揃っている。
世界は、正しいと感じられている。
疑問は、共有されていない。
壇の上では、王族が手を上げた。
「皆の者!
この平和を守り続けよう!」
群衆がまた声を上げる。
「おおおー!!」
スライムは、その声に飲まれそうになった。
(……これ、
守るって何)
守る対象が見えない。
敵も見えない。
危機も見えない。
でも、守ると言うと、
みんなが安心する。
安心する顔が、
正しさみたいに見える。
「……ねえ勇者」
スライムが言った。
「楽しい?」
「楽しいな!」
即答だった。
「なんで?」
「祭りだからだよ」
「それだけ?」
「それだけで十分だろ!」
スライムは、少し黙った。
昨日、夜の店で、
“それだけで十分”と言われた気がした。
今日は、
祭りでも同じことが起きている。
“楽しい”が、
全部を上書きしていく。
「……ねえ」
スライムが、もう一度言う。
「僕さ、
ここ、ちょっと怖い」
勇者は首をかしげた。
「ん、なんで?」
スライムは答えようとして、止まった。
言葉にすると、
祭りの空気に刺されそうだった。
だから、口から出たのは、
弱い言葉だった。
「……なんとなく」
勇者は、安心したように笑った。
「なんとなくなら大丈夫だろ」
「大丈夫って何」
「祭りだからな」
スライムは、
もう反論しなかった。
反論する力が、
さっきより少しだけ薄かった。
「……うん」
スライムは、
自分でも驚くほど素直に返事をしてしまった。
返事をした瞬間、
自分の中で何かが沈んだ。
(……僕、今、合わせた)
(合わせたほうが、楽だった)
それが悔しいのに、
悔しさがはっきりしない。
祝祭は続く。
屋台の匂い。
子どもの笑い声。
太鼓の音。
拍手。
全部が混ざって、
世界が一つの塊になる。
その塊の中にいると、
疑問は小さくなる。
小さくなった疑問は、
“なかったこと”にされる。
スライムは、
その仕組みが、
昨日よりはっきり見えた。
見えたのに、
止められない。
祝祭は、成功した。
人々は、笑顔で帰った。
疑問は、共有されなかった。
違和感は、集団の熱で押し潰された。
世界は、正しいままである。
つまり、みんなが正しいと感じれば、
世界は正しくなる。




