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勇者が魔王を倒す旅にでたので、スライムは困っています  作者: 叶詩


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12話 勇者と朝と、何もなかったことにしたい日

夜は、終わる。

朝は、来る。

人は切り替えたつもりになる。

つもりでも、何かは残る。

残っていても、なかったことにされる。


二人は、朝の通りを歩くことにした。

理由は特にないが、そういう流れらしい。

朝の空気は、思ったより冷たかった。


昨夜の通りと同じ道なのに、

灯りが消えているだけで別の場所みたいに見える。


店の看板は閉じていて、

窓の内側も暗い。

笑い声も、音楽も、ない。


代わりに聞こえるのは、

掃き掃除の音と、

遠くの犬の鳴き声くらいだ。


「……ここ、昨日と同じ場所だよね」


スライムが言った。


「ああ、同じ場所だな」


勇者は、平然と答える。


「同じに見えない」


「そりゃ、朝だからな」


「朝って便利だね」


勇者は、昨日よりも顔がすっきりしていた。


鎧は相変わらずガチャガチャ鳴っているのに、

本人だけは軽そうに歩いている。


「よし、行くぞ!」


「……もう?」


スライムは、思わず声が低くなった。


「もうって何だよ」


「昨日のこと、もう終わったの?」


「何言ってんだ。終わっただろ」


「何が?」


勇者は少し考えた。


「夜のやつだよ。夜の」


「夜のやつって言うな」


スライムは、通りの奥を見た。


昨夜入った店の前を通り過ぎる。

扉は閉まっている。

何事もなかった顔をしている。


(……なかったことになってる)


スライムは、胸の奥に小さな引っかかりを感じた。


昨日、確かにそこにあった空気。

確かに聞いた声。

確かに感じた距離。


でも、今は何もない。


(……これ、

僕が覚えてるだけの出来事みたいだ)


宿に戻ると、

宿の主人はいつも通りの顔をしていた。


「おはようございます」


「おはよう!」


勇者は元気よく返す。


スライムも、同じように返そうとして、

少し遅れた。


「……おはよ……」


宿の中も、朝の匂いになっている。


パンの匂い。

湯気。

木の床の冷たさ。


昨日の夜の匂いは、もうない。


(……世界、

切り替えが早すぎる)


スライムは、階段を上りながら、

自分の足音を聞いた。


一段ずつ、同じ音。


昨日も聞いたはずの音なのに、

今日は妙に現実っぽい。


部屋に入ると、

勇者はすぐに荷物をまとめ始めた。


剣を置く。

鎧を直す。

袋を縛る。


動きが早い。


「ねえ」


スライムが言う。


「そんなに急ぐ理由あるの?」


「そりゃ、旅だからな」


「旅って、朝になったら出るものなの?」


「そういうものだろ、普通」


「またそれ!!」


勇者は、気にせず作業を続ける。


スライムは、部屋の隅でじっと見ていた。


(……昨日の僕なら、

もっと突っ込んでた気がする)


(でも今、

突っ込むのがちょっと面倒くさい)


そのことに気づいた瞬間、

スライムは自分で少し嫌になった。


(……何それ)


(面倒って何)


(面倒なの、

昨日のことを思い出すの?

それとも、

昨日みたいに怒るの?)


怒るべきだ。

引っかかっているなら、言えばいい。


なのに、

身体が動かない。


(……おかしい)


(昨日の店で、

何かが緩んだまま戻ってない)


ここで、沈黙が落ちた。


勇者は荷造りを続ける。

スライムは見ている。


言葉がない。


布の擦れる音。

紐を引く音。

鎧の金属音。


その音だけで、時間が過ぎる。


スライムは、窓の外を見た。


朝日が差し込んで、

埃が舞っている。


それを見ているだけで、

何も言わなくてもいい気がしてくる。


(……これ、危ない)


(何も言わないで済むの、

楽なんだ)


楽であることが、

正しいわけじゃないのに。


勇者が袋を持ち上げ、

「よし」と言った。


それだけで、また少し空気が動く。


スライムは、遅れて動いた。


宿を出ると、

通りには朝の人がいた。


昨日、夜の通りにいた人と同じはずなのに、

みんな別の顔をしている。


誰も、昨夜の話をしない。

話題にすらしない。


「……ねえ勇者」


「ん?」


「昨日のこと、覚えてる?」


勇者はすぐ答えた。


「夜の店のことか?」


「うん」


「あれは楽しかったな」


それだけだった。


スライムは、

その“それだけ”が、少し怖かった。


「楽しかったで終わり?」


「ああ、終わりだろ」


「昨日さ、僕、いろいろ言われた」


「言われたのか?」


「うん」


勇者は歩きながら言う。


「でも、嫌なこと言われたわけじゃないだろ」


「嫌なことじゃないのが、厄介なんだよ」


「厄介ってなんだよ?」


スライムは、口を開いて、止まった。


言葉にできない。


(……何が厄介なんだろ)


(優しかった。

楽だった。

居心地がよかった)


(それなのに、

僕の中の引っかかりが消えてない)


昨日、魔物使いに言われたこと。

研究所で見られたこと。


本当は、

どれもまだ終わっていない。


でも、

昨日の夜で、

一回薄まった。


薄まったせいで、

今は怒りきれない。


(……怒りきれないって、何)


(怒りって、

なくなったわけじゃないのに)


スライムは、歩きながら、自分の手を見た。


自分は、ただのスライムだ。

小さい。

柔らかい。


昨日まで、

その柔らかさが武器みたいに思えていた。


でも今は、

柔らかさがそのまま「溶けやすさ」に見える。


(……昨夜がなければ、

もっとはっきり嫌だって言えた気がする)


(でも、昨夜があったから、

嫌だって言うのが少し重い)


それは成長じゃない。

慣れでもない。


ただ、鈍っている。


その鈍さが、

やけに現実っぽい。



夜は終わった。

朝は来た。

人々は切り替えた。

昨夜の話題は、表に出ていない。

問題は再提示されていない。

世界は通常運転に戻っている。

安定は維持されている。



道を歩くと、

昨夜の店の前をもう一度通った。


扉は固く閉じている。

看板も裏返っている。

窓の内側に人影はない。


「……ねえ」


スライムが小さく言う。


「昨日、あそこ、

確かに開いてたよね」


「ああ、開いてた」


「今は何もないみたい」


「そりゃ、朝だからな」


「また朝」


勇者は、少し笑った。


「朝ってすごいよな。

全部なかったことにできる」


スライムは、その言葉に反応した。


「なかったことにしていいの?」


「いいんじゃないか?」


「よくないよ」


「まあ、でもみんなそうしてるだろ」


「みんなって便利だなぁ……」


スライムは、言い返したが、声が弱かった。


自分でも分かる。


(……弱い)


(昨日ならもっと強く言えた)


(でも今は、

言葉が引っかかる)


言葉が出てこないというより、

出したくない。


出したら、

昨日の楽さが壊れる気がする。


(……僕、何守ってるんだろ)


(正しさ?

違和感?

それとも、

昨日の居心地?)


スライムは、少しだけ立ち止まった。


勇者が振り返る。


「どうしたんだよ?」


「……なんでもない」


言った瞬間、

スライムはまた自分に嫌気がさした。


「なんでもない」って、

一番便利な逃げ言葉だ。


でも、口から出た。


少し歩くと、

子どもたちの声が聞こえた。


学校へ向かう子どもたちだ。


笑いながら走っている。

昨日と同じ。

何もなかったように。


スライムはその声を聞いて、

少しだけ現実に戻った。


(……世界は、

なかったことにするのが上手すぎる)


疑問も、

違和感も、

疲れも。


全部、朝になったら薄れる。


薄れたまま、

次へ進める。


それが、

この世界の強さだ。


そして、

その強さに自分が少しだけ負けている。


それが悔しい。


悔しいのに、

悔しさすら薄い。


「……ねえ勇者」


「ん?」


「今日さ、

僕、たぶんちょっと静かだと思う」


「そうか?」


「うん」


「まあ、たまにはいいんじゃないか」


「よくない」


「でも、無理しなくていいだろ」


その言葉が、

昨日の夜の声と重なった。


スライムは、一瞬止まった。


(……やめて)


(それ、今言われると、

また楽になっちゃう)


スライムは、歯を食いしばるような気持ちになった。


「無理しないと、

僕、何も言わなくなる」


勇者は、少しだけ困った顔をした。


「じゃあ、言えばいいんじゃないか」


「……それが、

言いにくくなってるんだよ」


勇者は、理解できていない顔のまま歩き出した。


スライムも、遅れてついていった。



朝は、完全に来た。

夜の話題は消えた。

人々は通常に戻った。

問題は持ち越された。

だが、問題として扱われていない。

影響は残っている。

それは、表に出ない。


つまり、

なかったことにすることで、

世界は今日も先へ進める。

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