10話 勇者と魔物使いと、役に立つかどうかで決められる日
研究は、継続中である。
報告書は、作成された。
檻は、使用されなかった。
対象は、管理下に置かれていない(現時点では)。
世界は、安定している。
つまり、分からないものは、
理解される前に、
管理され始めている。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
研究所を出てから、二人はしばらく歩いた。
王都の白い建物が背中の方へ遠ざかり、
角ばった道が少しずつゆるくなっていく。
人の目も、少しずつ戻ってくる。
ただし、それは歓迎の目ではない。
「……さっきより、見られてない?」
スライムが言った。
「そうだな、見られてるな」
勇者はあっさり認める。
「王都の外れは、そういうもんだろ」
「そういうものって何?」
「いろいろいるからな」
「雑っ!!」
道端には屋台が出ていて、
肉を焼く匂いがする。
人が立ち話をして、笑い声もある。
さっきまでの無音とは違う。
音が増えたぶん、スライムは少しだけ安心した。
でも、その安心は長く続かなかった。
通りを歩くたびに、
視線がスライムに引っかかる。
「ねえ勇者」
「ん?」
「僕、変?」
「変だな」
「即答やめて!」
「だってほら、しゃべるし」
「それは、前からじゃん!」
「ああ、そうだな。前からだな」
「言い方!」
スライムは、足元を見ながら進んだ。
土の道に、小石が転がっている。
それを踏む音が、やけに大きく聞こえる。
(……ここ、研究所より怖いかも)
研究所は冷たいけど、
冷たいだけだった。
ここは、違う。
あからさまに「値踏み」される。
二人が角を曲がると、
小さな広場のような場所に出た。
そこに、何人か人が集まっていた。
輪の中心には、ロープ。
ロープの先には、小さな魔物が繋がれている。
犬みたいな魔物が、地面を引っかいている。
そして、そのロープを握っているのが――魔物使いだった。
フードをかぶり、
笑っているのか、笑っていないのか分からない顔。
「お」
魔物使いが二人を見た。
いや、正確にはスライムを見た。
視線が、まっすぐスライムに刺さった。
「……ねえ」
スライムが小さく言う。
「今、僕見られてるよね」
「ああ、見られてるな」
勇者はまた即答する。
「なんでそんな落ち着いてるの」
「見られるのは普通だろ」
「普通じゃないよ!!」
魔物使いが、ゆっくり近づいてきた。
足音が、静かで、
無駄がない。
スライムは、思わず一歩下がった。
「へえ」
魔物使いが言った。
「しゃべるのか」
「しゃべるけど何」
スライムは、できるだけフランクに返した。
(……ここで固くなったら、負ける気がする)
魔物使いは、スライムの周りを半歩だけ回る。
まるで品物を見るみたいに。
「いいねえ」
「何が」
「反応がいい」
「反応って何」
「目が動く。言葉が返る。判断が速い」
「人みたいに言うな」
魔物使いは、ロープの先の魔物を軽く引いた。
魔物が「キッ」と鳴く。
「こいつは指示が通るまで時間かかるんだ」
「知らないよ」
「でもお前は通る」
スライムは、背中が少し冷たくなった。
(……これ、褒められてるようで、嫌なやつだ)
「ねえ」
スライムが言った。
「僕、仲間なんだけど」
「仲間?」
魔物使いは、勇者を見る。
「お前の?」
「ああ、そうだ!」
勇者が元気よく答える。
「最初からいたんだ。最初から!」
「最初から?」
「うん!」
「へえ……」
魔物使いは、少しだけ笑ったような気がした。
「それ、便利だな」
「便利って何!?」
スライムが即座に突っ込む。
「旅に連れて歩ける。話が通る。荷物も運べそうだ」
「運ばないよ!?」
「いや、運べるだろ」
「運べるけど運ばないよ!!」
勇者が横から言う。
「おいおい、荷物運びのクエストはあったぞ」
「お前、そこ繋げるのやめろ!!」
魔物使いは、スライムの頭の上を見た。
「首輪は?」
「ないよ」
「つければいい」
「つけないよ!」
「つけると、管理しやすい」
「管理って言うな!!」
スライムは、言い返した瞬間に気づいた。
(……今の言い方、ちょっと危なかった)
でも、もう遅い。
魔物使いの目が少しだけ光った。
「へえ。嫌がるんだ」
「嫌がるよ。普通」
「普通じゃないだろ。魔物だぞ」
「魔物でも嫌なもんは嫌だよ!」
魔物使いは、顎に手を当てる。
「意思がある。自我がある。反抗もする」
「するけど!」
「面白いな」
スライムは、笑えなかった。
ここで、沈黙が落ちた。
広場の音が消えたわけじゃない。
屋台の焼ける音も、人の足音もある。
でも、二人と魔物使いの間だけ、
空気が一段冷たくなる。
魔物使いは、何も言わずにスライムを見ている。
スライムも、何も言えない。
勇者は、横で立ったまま、
状況が分かっていない顔をしている。
誰かが咳をした。
それだけで、周囲の人が少しだけ動いた。
魔物使いが、ロープの先の魔物を撫でる。
魔物が静かになる。
その動作が、やけに丁寧で、
それだけで「従わせている」感じがした。
スライムは、その時間が長く感じた。
(……これさ)
(この人、僕のことを“話す相手”として見てない)
(でも研究者とも違う)
研究者は、冷たくて、遠かった。
魔物使いは、近い。
近いのに、もっと怖い。
研究者は「調べる」。
魔物使いは「使う」。
どっちも嫌だけど、
「使う」のほうがずっと生活に食い込んでくる。
スライムは、喉の奥が乾くのを感じた。
(……僕、今、値段つけられてる)
(役に立つかどうかで、残されるかどうか決められる)
(これ、怒るべきなのに、怒ると危ない気がする)
怒ったら、
「扱いづらい」判定を食らう。
そう思ってしまう時点で、もう嫌だ。
「ねえ」
スライムが、やっと声を出した。
「僕さ、別に、誰かの道具じゃないんだけど」
魔物使いは、首をかしげた。
「道具にしようとしてないよ」
「じゃあ何」
「役に立つ相棒にしようとしてる」
「言い方変えただけ!!」
魔物使いは笑った。
「言葉に弱いな」
「弱くないよ!」
勇者が横から口を挟む。
「こいつは、ほらツッコミ役だから」
「ツッコミ?」
魔物使いが興味深そうに言う。
「いいね。それ、面白い」
「面白がらないで!」
魔物使いは、スライムの周りをまた半歩回った。
「ねえ、これ、いくらで売れる?」
「売れない!!」
「売れないのか。もったいない」
「もったいなくない!!」
勇者は、なぜか感心している。
「そうか売れないのか……」
「感心すんな!」
魔物使いが、急に真面目な顔になる。
「じゃあさ」
スライムの目を見て言った。
「お前、役に立つ?」
スライムは、一瞬固まった。
質問が、あまりに直球だった。
「……は?」
「役に立つかどうか聞いてる」
「役に立つって何!?」
「荷物運べる?敵見つけられる?罠察知できる?」
「できないよ!!」
「じゃあ、何ができる?」
スライムは、言葉に詰まった。
ツッコむことはできる。
でも、それは役に立つのか?
(……これ、答えたら負けるやつだ)
でも黙っても負ける。
勇者が助け舟を出す。
「こいつは、俺の旅を盛り上げてくれるんだ!」
「盛り上げ?」
魔物使いは少し考える。
「それは役に立つな」
「え?」
スライムが思わず聞き返す。
「旅は退屈だからな。
盛り上げられるなら価値がある」
スライムは、背中がぞわっとした。
(……やだな)
(僕が存在していい理由が、そういう形で決まるの)
(役に立つって、便利って、価値って、全部同じ顔してる)
「じゃあさ」
魔物使いが続ける。
「俺の魔物、見てくれない?」
「なんで」
「お前なら反応がいい。
そしたら俺も参考になる」
「参考って何」
「どう扱えばいいか」
「扱うって言うな!!」
勇者が言う。
「まあまあ、扱うのは大事だろ。
魔物使いだし」
「お前、魔物使い側に寄るな!!」
魔物使いは肩をすくめた。
「別に奪わないよ」
「奪うとかいう問題じゃない」
「じゃあ何の問題?」
スライムは、口を開きかけて止まった。
言葉にできない。
(……これ、
“嫌だ”って言っても通らないタイプの場だ)
二人は、王都の外れに到着した。
魔物使いと遭遇した。
スライムは観察され、値踏みされた。
勇者は状況を理解していない。
拘束は行われていない。
しかし評価は開始された。
世界は、役に立つかどうかで整理されようとしている。
広場を離れて歩き出すと、
背中が少し軽くなった。
でも、それは安心じゃない。
ただ距離ができただけだ。
「……ねえ勇者」
スライムが言った。
「さっきの人、怖くない?」
「怖いというより、何というかすごかったな」
「すごい!?」
「魔物を従わせてたしな」
「僕のことも従わせようとしてたよ!?」
「でも、奪わないって言ってたぞ」
「言ってたけど!」
勇者は歩きながら言う。
「役に立つか聞かれたのって、
なんか冒険っぽかったじゃん」
「冒険っぽいで済ませるな!」
スライムは、さっきの質問を思い出した。
“役に立つ?”
あの一言が、
やけに残っている。
(……僕、何ができるんだろ)
(いや、そうじゃない)
(僕が何ができるかじゃなくて、
できないとダメって空気が嫌なんだ)
でも、その嫌さを説明する言葉が出てこない。
出てきたとしても、伝わらない気がする。
(……これ、
世界が僕に要求してくる形が変わっただけだ)
研究所では「調べる」。
魔物使いは「使う」。
方向は違うのに、
どっちも「分からないものをそのままにしない」点は同じ。
スライムは、歩く速度を少しだけ落とした。
二人の間に沈黙が落ちた。
勇者は、鎧をガチャガチャ鳴らしながら歩いている。
剣も持っている。
装備だけは一人前だ。
スライムは、何も持っていない。
なのに、見られる。
見られ方が、変わった。
それが、やたらと疲れる。
風が吹いた。
土ぼこりが少し舞う。
勇者はそれを気にせず前へ進む。
スライムは、目を細めてやり過ごす。
(……これ、
僕が黙ったら、
誰かが勝手に意味を決めるんだろうな)
学校では「正しいこと」が決まっていた。
王城では「使命」が決まっていた。
研究所では「症例」が決まっていた。
広場では「価値」が決まりかけた。
スライムは、ため息をついた。
「……なあ」
勇者が言う。
「俺たち、進んでるよな」
「進んでるって何」
「いろいろ経験してる」
「経験してるの、僕だけじゃない?」
「そうか?」
「僕ばっかり見られてる」
勇者は少し考えた。
「……それだけ特別ってことだろ」
「特別って、
便利って意味じゃないよね?」
勇者は答えなかった。
魔物使いは、広場に残った。
魔物は、ロープの先で従っている。
勇者は、歩き続けている。
スライムは、隣にいる。
拘束は、行われていない。
しかし評価は、続いている。
世界は、役に立つものを好む。
つまり、役に立つかどうかが問われただけで、
状況は特に変わっていない。




