18.負ける気がしない
「遅えよ、クレオム」
闘技場に着くと、ゼナックが既にいた。
闘技場は砂が敷かれた、直結15メートルほどの舞台と、それを囲む観客席からなっている。
既に半分くらい席は埋まっている。──幅広い年代、性別、職業で、だいたい500人くらいはいそう。嫌だな。
「やめましょうよ、こういうの」
「お前は俺に恥をかかせた。立場の違いってのを分からせてやらないとな。」
「はぁ……」
我ながら、よくこんな奴について行ってたな、と思う。
適当に何発か殴られて終わりにするのも手だが、「なぜこちらが無抵抗で殴られなければならないのか」という感情が拭えない。
上位10%に属するBランク冒険者の剣士と、下位20%のGランク荷物持ちの俺。勝ち目などないはずだが──なぜか不思議と、負ける気がしない。
「決闘の内容はこうだ。決着がつくまで戦って、どっちかが気絶するか、負けを認めたら終わり。」
「どっちかが死んだら?」
「蘇生魔法は殺した方持ちだが、死んだ方の負けだ。負けたほうはすべての財産を失い、冒険者資格も剥奪。俺を留置所にぶちこんで、恥をかかせた罪はそれくらいの罰で許してやるよ」
「さすがにやりすぎじゃないか?」
なんでギルドはこれを受理したのだろうか。
「俺も根回しで結構金が飛んだんでな。お前がいくら稼いでるか知らねえが、この際いくらでもいい、むしり取ってやるよ」
賄賂か。ろくでもないやつもいるもんだ。
「さっさと始めようか、俺も忙しいんでな」
と、ゼナックは木剣を手に取る。
さすがに真剣でやり合うと死ぬので木剣を使うルールではあるが、殴られれば痛いし、当たりどころが悪ければ死ぬかもしれない。
本当にやりたくないが、こういう世界なのだ、仕方あるまい。
木剣を取り、開始位置に立つ。
初老の身なりのよい男が中央に立つ。審判だ。
こんなことのために、申し訳ないな。
「はじめ!」
掛け声と同時に、ゼナックが跳び込み、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
「喰らえっ!」
速い。さすがはBランク。だがくぐってきた修羅場の質ならギリギリ負けていない。
剣の鍔で受け止めると、手がビリビリと痺れる。やはり強い。
「ちっ、まぐれで止めたか!なら!」
嵐のような猛烈な打ち込みが連続する。
捌き切るので手一杯、というかちょっと追いついていない。
肩に、腕に、一撃一撃ダメージが蓄積していく。
というかシンプルに痛い。
致命傷になりそうな頭への攻撃はなんとか避けているが、明らかにそれを逆手に取られ、致命傷にならない部位への攻撃を多く受けてしまっている。
負ける気がしないのは、めちゃくちゃ気のせいだった。
強い奴は、やはり強いのだ。
「思った以上に手応えが無いじゃねえか、どうした?」
ゼナックが俺をせせら笑う。
「むしろそれなりに食いついていけてることを褒めて欲しいもんですがね」
「この程度でか?なら、ついていけないくらいの高みってのを見せてやろう!」
ゼナックの剣先が揺れる。
──次の瞬間、胴に衝撃。
「がぁっ!」
息ができない。内臓が捻れる。
見えなかった、攻撃が。
軌跡すら見せない、あまりに速い剣?
使い慣れたものとは重心も重さも異なる木剣で、ここまでの剣技。
なんとか飛び退り、息を整え──「させるかよ!」
「がっ……あ……」
寸分違わず、同じところに衝撃。
声にならない悲鳴が漏れる。
痛い。辛い。もうやめたい。
いっそ負けを認めて、頭を垂れ、許しを乞えば──いや。
俺の諦めるべき場所は、負けるべき場所はここじゃない。
やるべきことも定まっていないけれど。
それでも、今の生活は、楽しい。
「クレオムくーん!負けないでー!」
「クレオムさん、あなたに二万メルク(日本円にすると四万円くらい)かけてるんですから、勝ってくださいよー!」
嬉しい声援と、嬉しくない声援も聞こえる。
だからまだ、負けない。
破れかぶれに剣を横薙ぎに振ると、ゼナックは後ろに跳び、それを避ける。
少し距離が空いた。
ゼナックは強い。俺より圧倒的に。
だが、俺をナメている。
俺が逆転の一手もなく、諦めると思っている。
勝機が少しでもあるのなら、きっとそこだ。
俺は剣を持った手をだらりと下ろし、棒立ちになる。
「おいおい、もうギブアップか?──もらったぁ!」
大上段に構えたゼナックが、俺に飛びかかる──今だ、今しかない。
ゼナックの方に跳び込み前転、そのついでに掴んだ砂をその目に投げつける。
「ぐわぁ!こいつ、卑怯な!」
きっちりヒットしたみたいだ。
目潰しを食らったゼナックは目を押さえ、視界の大半を失っている。
その脳天に容赦なく、渾身の一撃を振り下ろす。
「オラァ!」
ゼナックは声もなく膝をつき、倒れた。
「しょ、勝者、クレオム!!」
審判がそう宣言すると、観客席から歓声が沸き起こった。




