20.ダイヤを砕く大泥棒(7) 異世界犯罪
結果的には損害どころか、魚屋としては大喜びな状況になったとも言える。誰かが呟いていた。「警察いたら……たくさん買ってくれないからな」と。以前あった犯行でも迷惑料だとか言って、周りのものを爆買いしてくれたとか。だから警察を呼ばなかったのか。
何にせよ、勝ったとまでは言えない状況。
すぐに俺がトイレの方へと動こうとしたところ、全速力で何者かが駆けてきた。そして、その影は俺の胸倉を掴むや否や。
「ちょっとちょっとちょっと! 何で助けてくれなかったのよ!」
「い、いや、今行こうとしてたし」
「いやいや偽物だって分かった瞬間、バッと助けて、バッと私を怪盗と戦わせるのがセオリーってものでしょ!」
「いや……もし分かったとしても女子トイレに眠らされてるのがセオリーだろ……」
「そう言う時は入っても」
嫌だよ。間違っていたら、僕が怪盗の前に逮捕されることになるだろう。と言い返そうとしたが、面倒なので黙っておく。
それよりもとアレンが口にする。
「そもそもだけど、大丈夫? 本物? あの人の偽物じゃなくって」
「一応、本物だよっ!? アレンのことしっかり覚えてるし!」
「そっかぁ! そっかそっかそっか! 良かったぁ」
「あれ……何かアレン、本物でも偽物でもどっちでもいいみたいな反応しなかった!? うそぉ!?」
冗談に惑わされるリヴィアに笑うアレン。普段の雰囲気が戻ってきている。ぶどうさんも一緒に混じって笑っているような。
と時間を見ると、意外と経っていて。
「あちゃあ、時間が無い」
「どうしたの?」
「あっ……」
リヴィアがそばに近づいてくる。そしてその手が肩に伸びてくると思い、一瞬ヒヤッとしてしまった。
「ちょっとぉおおおお?」
「いや、さっきの怪盗クーアイが化けたリヴィアが滅茶苦茶距離近かったから……」
「だからって私まで避けるのはないでしょ?」
「だ、だよなぁ……」
何か驚くようになってしまった。女性が好きな癖にいきなり近寄られると驚いてしまうこの性質。悲しくて哀しくてたまらない。
と二人であれこれやっている場合ではない。
「明日補講があって早いし、まだ宿題残ってたんだよ……急いで帰らないとヤバい……」
「ああ……それは早く帰らないとね」
異世界にも宿題の文化はあるらしい。夢はなさそうだと思いながら三人と別れて帰路につく。
電車の時間も確認している。普通に走っていれば、間に合うだろう。
そう思っていたのだが。
「あら、お早いお帰りで」
その声は聞き覚えのないもの。ただリヴィアやアレンと比べてもだいぶ可愛らしいもので。
今の発言をできる者は、僕の帰りを知っている者だ。
「クーアイか?」
「ああ、分かっちゃった!?」
彼女は隣に立って、長い黒髪をひらひらとさせている。結構和風な顔立ちの彼女はニヤリと笑う。
「何のつもりだ? 復讐か……? いや、それは違うか」
「推理されてる!? まぁ、いいや! それよりも色々教えないといけないってことが分かって」
「どういうことだ?」
「あの女の子が来てから、あそこに強い悪意を感じたってこと……あの子から色々異世界犯罪者のこと教えてもらってない?」
彼女がしたい話はこちらで暴れている異世界人の犯罪者か。聞いてはいる。
「そいつのことを知ってるのか?」
「リヴィアから何処まで教えてもらってるの?」
「昔から魔法みたいな事件を起こしてってこと位だ。その正体も何も掴めてないし!」
「まぁ、構成員もたくさんいるから……そう簡単に掴ませてくれはいないみたいだね」
その犯罪者が組織的というのは初めて聞いた事実。隣にいる存在を信用できる訳ではないと思ってはいるのだが。心が飛び跳ねる。
リヴィア一人で対応できる相手なのかとも。危険すぎると彼女のことを心配してもしまう。
「何でアンタがそんなことを知ってんだよ」
「ええと……えっと……! そうだ! まぁ、同じ犯罪者ということで美学に頼る人間としては……? そんな美学も何もない犯行なんて許せないしって?」
「今思い付いたみたいな言い方したな……本当は何を考えてるんだ?」
彼女は「そこはどうでもいいでしょ」と。本当に不気味な奴ではある。いきなり腕を巻き付けようとしてきた。すぐ震える腕を下げることに拒否させてもらう。
リヴィアとアレンのどちらかに惚れるか考えている以上、裏切るような真似はしたくない、と思いたい。
「まっ、何で協力するんだとかは思ってるでしょ?」
「当たり前だろ。何の利点もないだろ」
「だってさっき知らない恋について教えてくれたじゃない。距離感とか」
「はぁ?」
「探偵さんに恋のイロハを教えてもらいたいなぁ、と思ってるから、一応ヒントとかを上げようと思ってさ。だから異世界犯罪者のことも教えてあげよって……」
一応、奴の考えを聞くのも悪くはないと思ってしまった。犯罪者に対する悪意らしきものは見えた。自分の商売敵と思っているのか、それとも……。
「そいつらが何か目的かとかは分かるのか? 何でわざわざこの世界に?」
「それはね……恐怖の力を手に入れるため」
「恐怖……!?」
「死に際に訪れる恐怖……それも単に力だけじゃダメ。物が何かを恐れる恐怖だよ。噴火だとか台風だとか。そういう崇拝的なものを……ね」
「魔法で台風を出して暴れるってことか?」
「いや、それだと自然をあがめちゃうでしょ? そうじゃなくて、人が可能な脅威が餌になるんだよ。つまるところ、不可能犯罪に関する人工の恐怖を魔力にしたいんだって……」
「それは自分達が魔法で行うんじゃダメなのか?」
「ううん、ダメみたいよ。完全に魔法だと、魔法をあがめることになっちゃうから。あくまで自分達の知恵だけで圧倒させたいみたいね……殺意を持っている人間を催眠術か何かで操って、不可能犯罪による殺戮を起こさせる。それこそが奴等の目的かもね」
詳しくは分かった。それをリヴィアに伝えて良いものかと少し迷いだす。リヴィアやアレンのことが本当に心配でたまらない。
彼女達をあまり危険な目に遭わせたくない。
例えその犯人が捕まったとしても。犯人は人工の恐怖を魔力にして、強い力を溜めているはずなのだ。無理に連行しようとしたら、魔法で虐殺される。
俺の顔が蒼くなっていくのが腕の色を見るだけで分かった。
「……何で知ってるのかって顔してるね。まっ、犯罪をやっているとそういう情報も流れてくるのよ。まっ、結果的にあの子が怪しいんだけどね」
「リヴィアが、かよ……そんなことできる奴じゃないだろ……」
「信じてるんだね。なーんか羨ましいなぁ。まっ、いっか。おやすみ……!」
何を言っているのか。
リヴィアが犯人である訳なかろう。そうだったらアレンも異変に気が付くはずだ。彼女は人の負を集めて強くなるような奴でもない。
俺がよく分かっているはず。
信じて迷って。気付いたら、盗まれていた。俺の時間を。
「ちょっ、クーアイ!? 時間まで盗みやがってぇええええええ! 電車行っちまったじゃねぇか! 宿題間に合わねぇんだけどっ!?」
俺の時間を返せと叫んだところで。
何処からか「アンタが……立ち止まっていただけでしょ」と聞こえてきた気がした。




