9.茶畑の呪術師(9) 二か月前の追憶
結局未だに謎は解けていない。
警察も山道まで来るのに時間が掛かっているのか。
「そういや、警察が凄い遅いな」
俺の言葉にアレンが解説をしてくれた。
「前の事件でも結構時間が掛かっていたみたいですからね。ここから一番近い駐在でも数十分は掛かるかも。って言っても、もう来ててもいいと思うけど。来ないってことは何かトラブルがあったのね……あのおんぼろ車……」
彼女が最後に付け加えた言葉で何となく察しはした。ただ警察が来ないことには何もできやしない。指紋の採取に関してもプロの解析の方がよいだろう。
この見張られている状態もかなりプレッシャーだ。
それでも犯人を見つける方法として、だ。
「一度お風呂場を見てもいいですか?」
蕪木さんは家の中を歩き回られることに納得の行ってない様子。
「何でだよ」
「警察が来る前に水の動きを見ておきたいんですよ。犯人があそこから、この部屋に使った水を持って行ったと思うんです。お風呂に溜まっているお湯なら、ある程度温度が上がっていますからね」
「だから、何だよ」
「手形の濡れた痕があったとしたら、もしかしたら……犯人を絞れるかもしれないじゃないですか」
「んなの、どうせ、この子がお風呂に入った後で消えてるかもしれねぇじゃねえか」
そう言われてリヴィアが見られて。ハッとした彼女が青い髪を揺らして反論した。
「ひどーい! 静かにお風呂に入ってたわよ!」
先程は遊んでいたような話をしていなかっただろうか。それはともかく、今の彼女の嘘に乗らせてもらう。
「だから念のため、渇く前に取って警察に写真を提出したいんです。それとも何か見られてはいけないものでも?」
蕪木さんは言われて「ふんっ」となって、風呂場に早く行けと顎をそちら側へ動かした。
廊下にはたくさん部屋の扉、物置の扉がある。
そのことについて刈谷さんに聞いてみなければ。
「刈谷さん」
「あっ?」
水やりを断られていることもあり、だいぶ不機嫌だ。しかし、聴取はしておくべき。
「あの……物置とかに手入れや伐採に使う道具などは入ってますか?」
最初は答えようとしなかったが。シスター・アレンが上目遣いでじっと見つめている。
「答えてあげてください」
そしてリヴィアも乙女の瞳を存分なく扱って。俺だったら、何でも許してしまいそうな輝きが。
「わ、分かったよ……そこには何も入ってない。庭の倉庫に入っているんだ」
「ということは開けることはないんですね。この廊下のもの」
「ああ……勝手に開けたりはしないな」
「蕪木さんもですか?」
「ああ。ひとんちでモノ探しはするかよ。そこの女はともかくな」
普通は中を確認することはない。指摘されたアレンは「モノ探しを頼まれた時だけですけどね」と。
お湯の入ったバケツなどを端に置いておくことができれば。誰も異常とは思わないだろうなと暗くてゴチャゴチャしている物置部屋を覗いて考えたのだった。
ついでに声を出した刈谷さん。
「そう言えば、だ……お茶と言えば、以前あの事件の前……。直前って訳ではないがアイツに大量に茶葉がないかって話があったな。で、古くてもいいってものだから売り物にならない奴を……だな」
「えっ?」
まず僕に話していたことに衝撃を受けた。先程までムスッとしていたものだから、余計に。
「何だ? 情報はいらねぇってのか」
「いやいや、そういうことじゃなくって。そもそも刈谷さんって庭師じゃ」
「庭師の片手間、茶葉を作ったりもしてるんでよ……」
蕪木さんは少し自慢そうに彼のことを口にする。
「まっ、庭師って言うけど。実際は庭師かつ、この辺の製茶工場の社長もやってたからね。茶葉の斡旋位ならたぶん……色々伝手はあると思うよ」
リヴィアも俺もいきなりの紹介に驚きを隠せなかった。不覚にも「えええええええ?!」と間抜けな声を。アレンも知らなかったようで、「あらまぁ」と口に手を当てて。
それよりも、だ。
「警察にはそのことを伝えたんですか?」
「警察なんかには伝えとらん」
「いや、で、でも」
ご主人が殺害された事件で茶塗れになった遺体。何故に茶塗れにしたのかは分からないが。どう考えても多くの茶葉を使用しているはずだ。
「いや、使ってなかったからな」
「えっ?」
「事件後も使ってなかったからな。まぁ、気付いたら無くなってはおったが。少しも減っとらんで部屋にあったから……」
部屋に置いていた、か。
アレンは首をかしげて色々と思考し始めた。
「と、なると……掃除用具にでも使ったのかしら……まぁ、減ってなかったってことは部屋の臭い取りってことも考えられるわね」
刈谷さんはそこに更なる思い当たりがあるとコメントする。
「そういや、部屋の中に吊るすのか網みたいなのがあったが……ボロボロになってゴミに出されていたな……本来はあれで部屋の中で吊るすつもりだったのか」
となると犯人は別の場所から茶葉を手に入れた、か。人一人を沈める位の茶葉となるとやはり大量に必要となってくるが。
辺り一面茶畑で。
「後、そうだ。その頃、盗まれたとかは……」
「盗まれてもたぶん分からんな。茶畑と言えど、若者がそのまま放置してる茶畑があるからな……それに工場も在庫を抱えたまま夜逃げしちまったところなんてのも幾らでもあるからな……そこから盗まれてたとしたら、な」
リヴィアも腕を組んで、行き詰っているような声を出す。
「ううん……入手経路からじゃ無理か……。もうそろそろ犯人、名乗り上げなさいよー! 私がやりましたって言いなさい!」
「そんな無茶な……」
強引すぎる手で彼女はぴょんぴょんと跳ねて、風呂場の近くまで飛んでいく。その際、アヒルが飛んできた。
俺の顔にアヒルが顔面にまで。
「あっ、さっき遊んでたの」
濡れたアヒル。しかも今アヒルとキスをしてしまった気がする。唇からなかなか離れなかったってことは結構濃厚なやつだ。
「……何だよ、これ……」
豪邸には似つかわしくないのでは、と。
そのコメントについては蕪木さんが笑って答えていた。
「いやぁ、お祭りとか結構あるからな。意外とアイツそういう露店のものが好きなんだよ」
単純にこれは僕の興味の問題で口を出したことだった。
彼がスマートフォンで見せたのは、被害者の富貴さんが顔を完全に隠す狐の仮面をつけ、りんご飴を口にするところだ。
「なっ、アイツ、そういうの好きだったんだよな。夜店も結構出てて、結構楽しいんだぜ」
祭り。
きっかけでハッとして謎が解けていく。
被害者にどうして嫌いなものに入れられた毒を飲んでしまったのか。
「ってんな、こと言ってる暇はねぇな。さっさと写真撮っておけ」
「あっ……はい」
もうそんな必要はないのだけれどもね。




