1.朝ラーメンミステリー(1) 朝からラーメン!?
失恋。昨日の夜も振られたせいで思い立って旅行に出た。
海で「運命のばかやろー! 海のばかやろー(海は関係ない)」と大声を出すか。山で「ばかやろー(罵倒された山はたまったものではない)」と叫ぶか。どちらにでも悩むことのできる場所へ行きたいと思っている。
まさかラブレターを作ったのにビリビリに破られ、「はっ? お前誰?」とか言われてしまうとは。今まで一緒に授業を受けてきた仲だったろうに。隣の席にいたことすら覚えてもらってなかっただなんて酷すぎる。おまけにボーイッシュで短髪でさっぱりしたところが好きだったのに、と。
悔やんだところで、俺も相手も恋心が再度芽生えることはない。
土日の二日間で綺麗サッパリ忘れることにしよう。そうしよう。
その前に、だ。やっぱりやりたいこととして、一つ。朝早く出てきたから、お腹もすいているし。失恋した後と言ったら、やっぱりやけ食いだ。失恋した後なら、思い切りラーメンだろうがカレーだろうが、パフェだろうがたらふく食うのが許されている。しかもその上、旅行と来た。現地のものをたっぷり食べてゆっくり観光するべきと誰もが言っている。
赦された行為を精一杯やりきる、それが俺の生き方だ。
色々考えたところでスマートフォンを確認する。現在始発から乗り継いで、午前六時半を回ったところ。
もうそろそろ降りてご飯を食べたいと腹の中の虫が騒いでいる。他の乗客にも迷惑だ。何なら携帯電話でぺちゃくちゃ喋っている人よりも音が大きくて、恥ずかしさも限界を超えている。
すぐに扉から空いた電車から飛び出て、スマートフォンで美味しい店の検索だ。
やっているがっつり系の場所など何処にもない。都会のラーメン屋だとかならば、24時間やっているところもあるけれども。なかなかない。あったとしても、今の気分ではがっつりこってり食べてしまうことによって、午前中からの観光に大いに支障をきたしてしまう可能性が高い。
ならばと考えたのが朝ラーメン。駅から少し歩きはするけれども、開店時間には十分間に合うと歩いて行く。
確か七時十五分から開店する店があると少し駅前の大きな商店街を通り抜け、田んぼの道をせっせと歩いていく。
今やこういう一人旅の仕方もできているのだよな、と。新緑と朝露の気持ち良い香り。雨が降った後のこういう匂いもさっぱりしていて、俺は好きだ。
水が豊かにしてくれる、この街で。
七時ニ十分に到着。混んでいるかとも思われたが。広い駐車場には車は二台しか止まっていない。空いているようだからラッキーと木の扉を開けさせてもらう。
ガラガラ、と音がする最中。
僕はまた一目惚れをしそうになってしまった。
青い髪の女の子が一人でカウンターに座っている。かなり珍しい髪色だが今の時代そこまで気にする程でもないだろう。コスプレでなくとも、色を変えている女子学生など探せば幾らでもいる。
それにしても、だ。青の髪がしっかり似合う顔立ちをしている。海よりも深い蒼。その髪に惹かれてしまう。
かといって簡単にお近づきになるのも怪しい話だ。「やぁ」なんて言った日には彼女の一人旅を邪魔する不埒な男認定されてしまうかもしれない。最悪、通報されて旅が台無しになる恐れもある。
昔とは違うのだ。いや、旅は出逢いの連続とは言うけれども。昔よりも人と人の繋がりは確実に減っている。かといって出逢い多き時代に生きていた訳でもない。僕も白髭を生やした店員に比べれば、最近生まれたばかりのベイビィなのだから。
大将のような店員が端にいるもう一人の男性客は汗を掻いて。ズルズルと熱そうなとんこつラーメンを啜っている。黒いスーツを椅子に付けて、それはもうせっせと。
そして、店員が少女に注文を取っていた。
「で、注文は何にする?」
「この店で一番こってりしたものをお願いします」
どうやら彼女も来たばかりかと僕は勝手に真ん中の席に座らせてもらいながら、チラリ観察していた。
「ああ、残念ながら今日はどぶみたいなのはないね」
「……えっと、じゃあ、普通にええと」
「おすすめは醤油だよ」
「は、はい!」
「じゃ、あっつあつでいいかい?」
「……? 冷めきったラーメンを食べさせるって訳じゃないでしょ?」
何だか少女はジロジロ店員を見ているが、どうしたのだろうか。何かを怪しむ雰囲気。
ただ彼もそこまで気にすることなく、僕の方へ「いらっしゃいませ」と。
お品書きはとみるも、どうやらないらしい。
「ごめんよ。今、醤油かとんこつしか無くって。全部六百円だよ」
「はい。じゃあ、醤油で……熱いのでお願いします」
後はラーメン屋ときたら、調味料鑑賞も重要。辣油や塩が置かれていて。その横で胡椒が倒れているのに気が付いた。
その横で真っ白なワイシャツの男性が見ていた調味料のところから酢を取っていった。
逆に反対の方向にいた少女は呟く。
「……だって言いたいの? ラーメンが溝?」
煮干しの匂いも少々香ってくる。スーツの男の前にあったスープから香ってくる。あそこの出汁を使って美味しいラーメンの汁を作るのだ。
後はサッパリした細麺をちゅるると啜る。お腹の音がまたもや大合唱を起こしている。ただ、その前にお手洗いへと思った。
お手洗いへ行ってから、ご飯に集中しよう。
左にあるお手洗いへと歩を進めていく。樹の扉を開けた瞬間だった。
トイレの白い便器にしっかり血が付いていたのだ。
「う、うわぁああああああああああああああああああああああああああああ!?」
たまらず声を上げてしまった。
普通に怪我をした場合の血ではない。あまりにも多量過ぎる血。
「何!? 事件でも起きたのっ!?」
と勢いよく扉をどんどん叩いてきたのは女の子だ。あの女の子が、か。彼女にとっては刺激が強いのではないかと一瞬で判断したのだが。
この場合は見てもらうしかないのかもしれない。僕だけの幻想かどうか、確かめてもらうためにも。
「……えっ!?」
入ってきた彼女が手を口に当て、惨状を確かめる。
「な、何が起きてるの!?」
すぐによたよたと歩いてくるのは白髭の店員だ。
「こ、これは……!? これは!?」
僕よりも早く店員に声を掛けるのは、蒼い髪の少女。何か慣れているような。
驚いて僕は声を失っていた。
「店員さん、警察を呼んでください。そして教えてください。トイレいつからこんなんだったんですか!?」
「いや、さっき来たばかりだから分からないんだよ。七時位に来たばっかで」
彼女は黙り込んだと思いきや、すぐに声を上げる。
「この女性捜査官の目を欺けると思わない事ね」
「はっ!?」
店員と僕の声がハモって、一回顔を見合わせる。
捜査官とは? 先程から僕達はこの少女への不信感が露わになって、どうしようもない。
「やっぱ現実でトリックを仕掛けたっていうのは、おかしいわね。この真犯人は簡単。ドッペルゲンガー! 貴方の仕業ね! 店主に成り代わった、貴方が起こした犯行だったんでしょ?」




