2.茶畑の呪術師(2) シスターの言う通り
事件があった場所の駅はほぼ、無人で。電車から降りた途端、閑静に支配されていることがよく分かった。
周りは畑だらけ。前は野菜で後ろがお茶と言った形。山の中と言えよう、この美味しい空気。
「緑がより取り見取りって感じだね」
リヴィアは洒落を口にして、だいぶ浮かれている様子ではある。先程のシリアスな空気は何処に行ったのかとも思えるが。この和やかな雰囲気を味わってしまったら、気が抜けてしまうのも仕方がないのかもしれない。
殺人とは無縁なのどかさもあるような。
しかし、茶畑の呪術師なる殺人犯が何処かに潜んでいることもあり得る。
なんたって遺体が勝手にお茶塗れになるなんて、あり得ないのだから。
まずは現場の茶畑を見ておこうと歩き始める。
「しっかし、何でお茶塗れにする必要があるのか」
疑問をぼやいていると、リヴィアが反応した。
「被害者を除菌しようとしたとか? お茶ってカテキンとかの作用があるでしょ? 何か病原菌とかそういうのを魔法とか、研究で作り出してたけど……失敗。唯一の目撃者をお茶で殺菌して、殺害したってどう?」
完全に空想の域を出ない迷推理が飛んできた。
ここは大人に、論理的に反論してやるべきか。
「それは何故お茶にする必要があるのか」
「えっ?」
「だってお茶って作るのにひと手間掛かるんだ。それだったら、アルコールやそもそも熱湯でどうにかならないか? アルコールも業務用だったら水で薄めても多少効果はあるし。ペットボトルのお茶をいくつも用意するよりは手間暇が掛からないと思うんだけどな」
「ううん、でもこの辺にお酒とかアルコールが出回ってないんじゃ……」
インターネットの設備が整っているか、いないか。まだこの日本にネットの商品が届かない場所が存在しているのか。
一応否定ができなくなって困惑したところ。
誰かが脇道から声を出した。
「残念ながら、ここには大量にお酒もありますし。殺菌のための農薬やら、アルコールやらも大量にありますよ」
「やっぱ、そうか……ん?」
現れたのは茶畑の状況とはあまり似つかわしくない、黒い修道服を身に纏った女性だった。少しはみ出している銀髪と丸く柔らかそうな頬。
これが大人の女性の魅力。ついついそう思っていたら、彼女は修道服のフード的な部分を外し、長い銀髪を揺らめかせていた。
「ごきげんよう」
「ご、ご、ご、ご機嫌よう……ですわ」
リヴィアには「何で口調が御嬢様に?」と突っ込まれてしまった。それ位大人の強さに慄いてしまったのである。
そんな彼女はリヴィアにも挨拶をした。
「で、リヴィアさんもつくづく、呆れるような推理を致しますわね」
「……くっ!」
まるで知っているかのような形で。というか、シスターがリヴィアの名前を呼んでいるから、間違いなく知り合いだったのだ。
「リヴィアの知り合いか?」
その問いには唸っているリヴィアではなく、シスターが返答した。
「ええ。まぁ、リヴィアさんの先輩といったところでしょうか。リヴィアさんよりも早くこの世界に派遣され、地道に捜査をさせていただいております、シスター・アレンと申します」
ついでにと付け加えるように、腕を組んで彼女の紹介をするリヴィア。
「シスター・アレン。修道女という立場でありながら、何故かこの世界のことを調べたいって名乗りを上げたのよ。捜査官でもない立場なのに……」
その謎を提示されると気になってしまう。シスターが何故、捜査官と共に事件のことを調べ上げたのか、と。
「神を慕う立場の修道女としましては、異世界の神だとかを勝手に名乗って、人を困らせる悪行を見逃す訳にはいかないのです」
リヴィアは「それだけ?」と妙に窺っている。何か因縁があるみたいな話し方だ。
「……それに、ですよ。やはりこの異世界と我等が住む世界は和平をしたいと思っているのです。お互い素敵な場所がありますからね」
「本当に?」
疑いまくる彼女に「まぁまぁ」と俺からも宥めていく。
「リヴィア。そこまで人を疑うのは良くないぞ……?」
「いや、だって……この女がそんな理由でここに来るとは思えない」
「えっ……?」
「それだったら、別の捜査官にそういうのを頼んでおけばいい話でもあるのに」
まだ疑問に思っているのか、と。そう思っていた。次の言葉が出るまでは。
「……にゃんて、疑っちゃぁやぁよ……」
今までの大人っぽさとは違った、甘えるような声。
ハッとして彼女を見た時には顔が真っ赤に染まっていた。そして、もわんと広がってくるは酒に帯びた香り。
「……この女、回復魔法で一時的に酔いを誤魔化してたわね」
「シスター……酒? そっちの異世界では……問題ないのか?」
いや、そもそも真昼間から飲むのが普通のようには見えない。リヴィアの態度からしても。
「聖職者は酒飲んだらダメに決まってるでしょ!?」
じゃあ、俺達の目の前にいるのは一体誰なんだ、と。
考えている間にシスターは酒臭い息と共に言葉を発していく。
「かみしゃまだって、お酒しゅきしゅきだいしゅきって、この国では言ってるじゃーん!」
確かにお神酒だとか、神に供えるための酒文化はあるが、だからといって仕えるものが飲みまくるのは良いかとの話だ。
「そ、それにおしゃけはお茶で割って飲んでるからアルコール濃度はじぇろなんだよー!」
「それ、ドーナツには穴が空いてるからカロリーゼロって理論より暴論よね!? お茶が入れば何でも許されるって訳ではないしっ!」
リヴィアが完全にツッコミ役になってしまっている状態。彼女が捜査員として情報を掴めているのだろうか。ただの不審者として、警戒されているだけではないのだろうか。
なんてつくづく思っていると、意外な反応が飛んできたのだ。
「まぁまぁ……事件解決前の祝杯にもなるかもしれないってことで」
「それを理由に毎日酒飲んでるだけじゃないの!?」
「いや、ほんとに。ここ数ヶ月ずっと当主さんところのメイド? やってたんですけど……もうすぐ当主のご子息しゃまから、良い情報をきけしょーなんでしゅ!」
との新事実にこちらも驚きを隠せず、言葉を失った。彼女が事件が起きた家に潜入捜査していたのであれば、かなりのアドバンテージが期待できる。
当主が殺されるのにどんな理由があったか。出入りしていた怪しい人間がいないか、全て分かってしまうのである。
この事件……もらったも同然か……!?




