10.抹茶のカフェの悪夢(7) 河の流れを
この事件を起こした罪から逃げようとしている。
汚れた手を洗おうとせず、天国に行くか。地獄に行くか。
あの人が待っている場所に、そんな気持ちで絶対に逝かせるものか。
「待てぇえええええええええええええええ!」
俺も気付けば、窓から飛んでいた。感情に任せて誰よりも早く動いてしまう。悪いことだと分かりつつも、そうせずにはいられなかった。
彼女は川沿いの坂を下っている。俺よりも警察が来ていれば良かったのだが。彼等がこの事態に気付くのが遅かったようで。ここからではあまりにも遠すぎて豆粒のよう。
その合間にも彼女は河の中に足を沈めていた。このままでは警官が来るまでに彼女は流されてしまう。そうはいかないと俺も水の中へ。ズボンが濡れたって何とでもなる。
強気で迫る俺の元に彼女は疑問を投げかけた。
「何でついてくるの……!?」
「絶対に死なせたくないからに決まってるだろ!」
「何でよ!? 悪い奴なのに!? どうして!? 死なせてよっ! 友達のことも裏切ったんだよ!? 嫌われて当然だし、みんな死んでほしいって思ってるよ!?」
「んな訳あるかよっ!?」
怒りをどれだけ言葉に込めても、彼女は前に進むだけ。できる限りこちらも進もうとするも、泥に足を取られて動けない。前になかなか進めない。
距離はどんどん開くばかり。自身の無力さに嫌気がさしてくる位。
「……貴方に分からないよ。貴方は正しい人だもん」
そう言われて、更に心に矢が刺さる。
まるでフラれたみたいな心の痛さだ。いや、そう言われてフラれた時もあったような気もする。俺が全て正しい訳でもないのに勝手に決め付けられて。自分は貴方の求めてる人になれないと勝手に敬遠されて。
俺が正しいのだとしたら、どうしてこんな結末になるのか。どうして彼女をすぐに助けられないのか、と。
なんて言えば良いのか、正解も引けず。
もう諦めるしかないのか、なんて。
「……正しくないし、間違えるよ。これで何回間違えてきたか、なんて分からないよ。何回ぽんこつやって、何回冤罪生みそうになって……何回謝罪して、何回土下座したかなんて……もう分かんないけどさ……でもさ、こうやっているんだよ……間違えたんなら、死ぬ程謝ればいいじゃん。裏切ったのなら、全力でごめんなさいって言えばいいじゃん。それなのにどうして最初から死ぬなんて考えるの!?」
なんて考えを抱く俺の頭にリヴィアの声がこだました。
「完璧だって決め付けるのもおかしいんじゃない!? 信濃だって色々困ることはあるよ!? 貴方の気持ちだってきっと痛い程、分かってるのよ!? 完璧だから分からないなんて絶対言うな!」
その強い心が俺の心を救ってくれるような。
目の前にいたレモンさんも言葉の圧に押されて、きょとんとしていた。しかし、そのうち河の流れが強くなり、彼女が転んでしまう。
しまったと思った。彼女が流されていく。
そして深そうな場所へと流れ込み、上半身が一気に飲み込まれていく。このままでは溺死直行。
彼女はやはり苦しいのが嫌なのか、顔を上げている。そして手を動かして、助けを求めているよう。
俺は泳ぐつもりで行くも、かなり着衣の状態が辛い。もう少し動ければ、と思うも足が段々と痛くなる。プールの授業みたいに動けない。服が水を吸って何ともならない。
不味いと思ったが。
「シュトレールストリーム! 二人を助けてっ!」
水の動きが変わった。あからさまにこちらの体に加勢する水の流れになって、動きやすい。
彼女の元へと。
するとリヴィアの方から声が聞こえてきた。
「信濃! ちゃんと彼女を掴んでて!」
俺は言われた通り、溺れているレモンさんの手を掴んだ。しかし、状態が悪かった。二人の重さが加味して、水の中へと沈み始める。
苦しいの感情と水が肺の中に溜まり始めていく。
この状態でどうなるかと思いきや、体が浮き上がる感覚が。
水と共に上へ上へと。それどころか、空中に放り出されていた。
「えっ!?」
その下にはリヴィアがいる。彼女は水の上に立っていたのだ。
「さっ、受け止めてあげるから飛んできてっ!」
「えっ!?」
何だか恥ずかしいが。気付けば、俺とレモンさんは彼女の腕の中にいた。レモンさんの方は溺れてぐったりしているが、息はある。
良かったと安心したところにリヴィアの笑顔が横に見えていた。
「二人が助かって良かったぁ……」
「リヴィア……」
「何?」
「どうして助けてくれたんだ?」
純粋な疑問だった。なんたって、彼女は俺を助ける義理なんてない。更にレモンさんも同じだ。
「……困ってた人がいたら探偵だろうが、犯人だろうが、一般人だろうが助ける。それがまぁ、捜査官の務め……って言ったら、それはちょっと違うかも」
「ん?」
「捜査官の立場なんて関係ない。真っすぐな君の気持ちに突き動かされたからかな。少しでも君の力になれれば、なんて思ったの! 最初は適当な告白だったけど……やっぱ、私、君のことが好きなのかも!?」
「えっ!? えっ!? えっ!?」
「ちょっと! 揺れないで! まぁ、レモンちゃんに同情するところもあったけどね」
俺はすぐさま逃げ出したくなった。なんていうか、とても照れ臭い。その上、刑事に「おーい……」と見られている状態だ。
不味いと察知したのはリヴィアだった。
「そうだ……私、警察に知られちゃいけないんだった。色々面倒臭くなるし」
「って、えっ!?」
「じゃあ! 刑事さん! レモンちゃん、ここに置いておきますよー! 私達は急いでいるのでこれでは!」
刑事も「えっ!? えっ!? えっ!?」ともう泣きそうになっている。
俺も困惑だらけのまま、リヴィアに連れ去られていく始末だ。それも彼女の腕の中に抱かれたまま。男が女性を抱きかかえたまま、走るというのは聞くが。逆はあんまり経験がない。彼女から香る素敵なものも柔らかくしなやかに揺れる、その髪も。何だか気持ちがおかしくなりそうな感じが。
「ってか、リヴィア! 何処まで連れてけばいいんだよ! 落としてくれ!」
「あっ、うん!」
と言われて、地面に落とされ強打。
「落とすなっ!」
「ええ? どっちなの!?」
あまりにもお転婆な彼女に振り回される状況。これが全ての始まりである。
ちなみにだが。後日、テレビで被害者が一命を取り留めたことを知った。
そして何故かSNSで繋がることとなったぶどう探偵によって、兄の意識も何とか戻ったとのこと。レモンさんは逮捕されることとなり、全てが解決だなんて気持ちの良いことにはならなかったのだけれども。
『足並みをそろえることはできなくなっちゃったけどさ……何があっても、ずっと友達っていうのは伝えておけたかな』
友達、か。
その話を聞いて、俺とリヴィアはそんな良い関係になれるのかなとふと思ったのだった。




