9.抹茶のカフェの悪夢(6) 真相が怖くても
俺が示した真実に、ぶどうさんの顔が大きく歪んでいた。
「そ、そのメッセージがどういうものになるっていうの!? そのメッセージが何だっていうの!? あたし達はそんな名前をしていないっ!」
彼女も気付いてしまったのだろう。犯人の正体に。ただ、今は抗っている。どうしても犯人だと思えなくて、叫んでいる。
ただ俺は俺で戦わなければならない。
今の彼女の言葉をぶった斬って、前に進まないと。例え、真相を知るのが、暴かれるのが幾ら怖くても。
「……名前なんて関係ないよ。そもそも今回の事件は通り魔なんだ。どうやって顔も知らなかった人の名前を知ってるの? 事件現場にたまたま学生証を落とすなんてことはしないだろうし……ね」
「じゃあ、被害者はメッセージなんて残せっこないって!」
「いや、メッセージは別に名前以外の手掛かりを示していたんだよ。そっ。きっと犯人は黒いジャンパーを被って、音楽を聴いていたんじゃないかな。イヤホンを付けて。自分の好きな曲を聞いて……人を斬るっていう怖さを我慢して……被害者がたまたまイヤホンが落ちた瞬間か、聞こえたんだね。その曲が……! それを唯一の手掛かりだと俺達に伝えたかったんだ!」
ぶどうさんには先程確かめてもらった。
だからこそ、もう確実に分かっているのだろう。
Vtuberのコメントをしていた茶々さんには犯行は不可能。
チェスの配信以外見ていないというぶどうさんも。
ナイトコア。音楽のジャンルを見ていたのは一人。
「……レモンさん。貴方がこの事件の犯人だ」
「……違う違う違う違う違うっ! そんなそんなっ!」
ぶどうさんが首を横に振って、否定する。レモンさんは顔を俯けたまま、動かない。
茶々さんが全力で否定する。
「何で通り魔をする必要があるのっ!? 何の動機もないじゃないっ!」
これに関しては想像だ。
「香水の匂いが強い……今からお見舞いに行くのに、変だと思ったんだ」
「えっ?」
茶々さんすらも言葉を失っていた。
「血の臭いすら分からない程に強い香水。病院に行くには不向きだと思うんだけど、一つの思惑があれば、違うと思ったんだ」
そして彼女すらも俯いた。たぶん茶々さん自体も動機の片鱗を持ち合わせていたのかもしれない。
ぶどうさんは二人を見て、「ただ……あたしの真似をしてるんじゃ……なかったの? お兄ちゃんの好きな香水だし」と。
僕は横目で彼女達を見て。
「お兄さんが好きな香水をわざわざ真似てしている……つまり、そのお兄さんに振り向いてほしい……つまり、恋をしてるってことなんじゃないのかな」
ぶどうさんは「それがどう動機に……」と言ったところで唾を飲み込んだ。
辛いかもしれない。
真実を認めることがどれだけ怖いことか。辛いことか。
俺が好きな人に振られることなんかよりも何十倍、何百倍も嫌な事実かもしれないけれども。
それでも、だ。
「……そうだよ。お兄ちゃんの事故は事故じゃなかった……たまたま会社帰りにぶつかった……転んで縁石に頭をぶつけたって話になったけど……誰かに肩をぶつけられたって話になって……なって……レモン……? そういうことだったの? 犯人のこと、知ってたの?」
彼女は真実を見つめようと、レモンさんに言葉を掛けていた。
しかし、茶々さんがまだこちらに指を突き付けてくる。焦りようは更に激しくなっている。
「何か言う前に証拠でもあんのっ!? 幾らこっちが恋してたって! 何してたって! 結局、証拠がないと! あんなおっさんの言うことだけで犯人なんて言えないわよっ!」
証拠か。
少しだけ河辺の方を見て。
風鈴の音が一つ。俺が信じていた、女性の声が聞こえてきた。
「見つけたよっ! やっぱあった! ジャンパーとか身を隠すものはあるのに指紋を隠すものはないかって思ってたけど。予想通り、河に手袋が浮かんでたよ! 逃げてる最中に放り投げたのかな? 濡れてるけど、血は検出される……はずっ! 犯人の指紋も付いてるんじゃないかな?」
リヴィアが証拠を持って現着。輝かしい本人の笑顔の手元にはかなりズタボロな茶色い革製の手袋が。
茶々さんは河とレモンさんを何度も見返している。
「ははははは! そんな古臭いのからレモンの証拠が出てくるはずないでしょっ!?」
そう言われて、リヴィアはポカンと俺を見る。
「そうなの?」
「俺に聞くなよっ!?」
しかし、だ。彼女の圧倒的な力を見せつけられたようだ。
異世界の水の力。そのおかげできっと、河に浮かんできっと海に消えようとしていた証拠を見つけてくれた。
それこそが生物としての圧倒的な差すら感じさせられたような気がして。
俺の心臓が高鳴った瞬間に。
「……そうだよ。わたしがやったんだよ」
「レモン!?」
茶々さんとぶどうさんの声が重なった。レモンさんの目を下に向けたままの自白は続いていく。
「わたしがやったんだよ。実は事故の瞬間を見てたんだよ。あの人の頭から血が出る瞬間を……わたし助けられなくって。それで、何も気付かずその場に立ち去っていく男に気付いて……あの男がよくここに来るってことも分かってた。だからずっと付け狙ってた」
茶々さんは口に手を当てて。今にも泣きそうな顔で。
「どうして教えてくれなかったの?」
「ごめんね。罪被せようともしちゃって……好きって言ったら、この関係まで壊れちゃう気もして、何も言えなくて……だから一人で復讐するしかないんだって思って……気付けば……ナイフを握って……」
彼女は「殺そうとはしてなかった。ただ、相手も痛い思いをすれば良かった」と語る。
「軽く痛めつけるつもりだった……まさか、あんなに血が止まんなくなるとは思わなくって。取返しが付かなくなって……どうすればいいのか分からなくなって……人を傷付けちゃったことに後悔して……逃げて。それでも捕まるのが怖くって……」
そんな彼女が後ろの方にふらついて歩いて行くと思いきや、窓を開けた。何をするのかと思いきや、そのまま外へ飛び出た。
河の方へ、だ。
何をするのか。
俺は分かっている。
やめろ……やめろ……やめてくれ。
今から起きることは、彼女が哀しくなる程に大きな声で叫んでいた。
「だから、もう戻れなくなっちゃった。終わりなんだよっ! 死んで償うしかない……今まで友達でいてくれて、ありがとう……そして、ごめんね!」




