数年越しの優しさはほのかに胸をあたためる
「お嬢様……!お体は大丈夫ですか?」
「……エマ」
「お医者様を呼んできますのでお待ちくださいませ」
エマがこちらを覗き込んで私の様子を見たあと、慌てたように部屋を出ていった。パタンと扉が閉まる音に背を向け、窓の外に映る景色を見る。夕暮れ時の赤い空から一転し、黒の絵の具を辺りに撒いたような夜空が広がっていた。どうやら私は長い時間意識を落としていたらしい。
くぅ、とお腹がなる。気分が落ち込んでいるためあまり食べる気はないけれど、生命維持のために体は食事を求めているようだ。どうしようかと悩んでいると部屋の外が騒がしい。ガチャと扉が開く音がするとたくさんの人が部屋に入ってきた。え、多くない?
「アリシア!」
「大丈夫かアリシア?」
両親が私の元にやってきて顔を覗き込む。あまりにも真剣な顔でこちらを見るものだから、思わず笑ってしまった。笑ったことで元気とわかったのか、両親はホッとした顔で私を見つめる。
「お嬢様、気分はいかがですかな?」
お医者様は道具を出しながらこちらに問いかける。一通り落ち着いたので大丈夫と答えると念の為と私の腕を取り脈を測った。
「……大丈夫そうですね、疲労やストレスが溜まっていたのでしょう。今はゆっくり休ませてあげてください。それでは私はこれで」
「ありがとう先生、またなにかあったらよろしく頼むよ。エマ、先生を玄関までお見送りしてくれ」
「かしこまりました」
エマに案内され部屋を出ていくお医者様をぼうっと見つめていると、お母様が私の頭を撫でる。
「よかった……あなたが倒れたと聞いて気が気ではなくて……無事でよかった」
「ありがとうございますお母様。私はもう大丈夫ですよ」
そうだよね、こんなことになったら心配しちゃうよね。申し訳なさを抱きつつ、頭を撫でる手の温もりにうとうとし始めているとお父様が声をかけた。
「どうして倒れたんだ?……もしかして妃教育が辛かったのかい?」
「あ、えっと……」
「知らないうちにストレスが溜まっていたのかしら……」
「有り得るかもしれないな。なんせ妃教育が始まる前から予習としてある程度の範囲を勉強していたようだし、体が追いつかなかったかもしれない」
「予習の時間を少し減らすように家庭教師に話しましょうか」
「……あの」
私が声を掛けるとものすごい勢いで顔を向ける。あまりの速さに肩が跳ねる。でも今言わないとこの2人は──特にお父様は暴走すると思うので、深呼吸をし自身を落ち着かせる。そして2人の顔を交互に見ながら話し始めた。
「その、小さい頃の失敗を思い出して苦しくなってしまって倒れたの。妃教育は全く関係ないので大丈夫です」
「それって……」
「あの時のことかい?」
両親はそう呟いたあと、互いの顔を見合せこちらを見た。こういう所で仲の良さを発揮しないで欲しい。
お父様もお母様も仲睦まじいのはいいんだけど、娘かわいさに暴走だけはしないで欲しい、切実に。とにかく大丈夫って伝えないと侯爵という立場を使って何かやらかしそう。無力な子供にとって、大人を怒らせるのは怖いのである。うんうんと一人で頷いていると、お父様が声をかけた。
「それは辛かったね、あの時のことはいまでも覚えているよ。アリシアは緊張していたけどきちんとカーテシーができていた。とても誇らしかったよ」
「とてもきれいだったわ。あなたと同じくらいの子たちもカーテシーを披露していたけど、あなたがいちばんきれいだった。もちろん贔屓じゃないわよ」
両親の言葉に思わず目が丸くなる。小さい頃は笑われたことに頭がいっぱいいっぱいで両親の慰めは届かなかったけど、2人の気持ちが私に伝わって、心が温かくなった気がした。そんな私をよそに2人は話を続けている。
「懐かしいわね、私みたいにきれいにしたいの!って言って毎日鏡の前で練習していたわ」
「アリシアはあの時から頑張り屋さんだからなぁ、頑張りすぎて倒れるんじゃないかってヒヤヒヤしていたさ」
「まああなた、現に今倒れているじゃありませんか」
ごもっともですお母様。私は何も言えません。
2人の話を聞いているとお父様が私の頭を撫でる。お父様の顔を見ると、とても柔らかな瞳でこちらを見つめていた。
「……だからこそ無理はしてほしくないんだよ、アリシア」
「お父様……」
「頑張ることは美徳だと思うけれど、自分を大事にする方がもっと美徳だと思うわ」
「お母様……」
「イザベル、そろそろ私たちはお暇しよう。食事も運ばれてくるだろうしね」
「そうね……アリシア、今日はゆっくり休むのよ」
「はい……ありがとう、お父様、お母様」
部屋の扉が閉まる。1人っきりになった部屋で私はからかってきたあの子のことを思い出す。名前、なんて言うんだっけ。リッケル公爵の息子、ということしかわからない。
そういえば私をからかったあと、公爵の息子ならあの日以降どこかで会っていてもおかしくないのに一切会っていない気がする。無意識に私が避けているなら話は別だけど、立場的に避けることはできないからどこかで会うはずよね。それでも会っていない。
あの子、あの後どうなったの?
ふと思い浮かんだ疑問に頭が支配されかけるけど、睡魔に抗えず私はそのまま眠りについた。
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