芽生えはじめた小さな蕾の名は
「疲れたぁ〜」
礼儀作法を無事に終え、馬車の中で声を出す。緊張しすぎてお菓子を味わえなかったのは残念。しっかり味わいたかったなぁ……。ナパージュでつやつやになったいちごのタルト、細かく刻んだレモンの皮を混ぜたクリームを挟んだマカロン、サクサクした食感が美味しいメレンゲ……次は味わえるように余裕を持って挑むぞ……!
でもエドモンド様とたくさんお話できたのは嬉しかったな。またお話できるといいのだけど……お互い忙しいよね。お話できた今日が奇跡なんだと思うことにする。ただひとつ不穏なのは夢の内容にそっくりだったこと。場所や服装、時間帯は違うけど行動などは夢にそっくりだったんだよね。数学を教えてもらうことや、古典文学の議論を交わすこと。礼儀作法で一度頭から離れていたけど、帰る瞬間に思い出してすごい冷や汗かいてしまったわ。でもその度に現実を思い出させてありがとうって思う私がいる。だって……
この幸せはなくなるから。
頑張っても未来は変わらない。だから夢を見すぎるのはやめよう。決まっている未来に抗うことは出来ないのだから。そう、これはひとときの夢。夏のように短い、あっという間に過ぎ去っていく儚いもの。そう、思いたいのに……。
──どうして胸が苦しいの?
「っ……」
胸の苦しみを振り払うように、頭を横に振りうつむく。視線を落とすとエドモンド様がおすすめしてくれた本の表紙が目に入った。なんてことはない数学の本だけど、少し歩み寄れた気がして嬉しい。胸の苦しみが少しだけ消えていく。
未来は変わらないけど、どこまでやれるかは分からない。でも私自身がちゃんと納得のいく未来にはしたいと思ってる。そのためにはまず、エドモンド様のことを知ることからかな……なんて、矛盾してるかな?
そう考えるとエドモンド様の好みって知らないな。以前お会いした時に話していた「次はお互いの好きなものを話そう」という言葉の意味が分かる。好きなお菓子、好きな教科、色、音楽、花、そして宝石……考えれば考えるほど、何も知らないし分からない。
何が好きなんだろう……考えても数学しか出てこないなぁ。次のお茶会は1ヶ月後って話していたし、復習のあとに質問事項をまとめておこうかな。今日の感じだとエドモンド様がリードしてくれそうだし、いざって時に机からスッて出すのはありかもしれない。実際に出したら目を丸くして驚いてそうだけど。
……今冷静になれてるから思ったのだけど、夢を自覚してから私、エドモンド様のことを考えることが多くなってる気がする。というよりエドモンド様の顔がフッと浮かんでそこから考えてるような……。彼の笑顔や振る舞い、声が頭から離れないの。例えるなら恋物語に出てくる登場人物たちがよく言う「彼/彼女のことで頭がいっぱい」って言う状態。
「……」
そう考えて思考が一気に停止する。本を見つめて、小さく呟いた。
「まさか、ね?」
いやいや、さっき夢を見すぎるのはよくないって考えてたよね!? 止まっていた思考が一気に動き出す。だめよアリシア、ここは冷静になるのよ。その思いは報われないのだから諦めなさい。過ぎた欲は己を滅ぼすって言うじゃない、物語の悪役たちもそうして滅んでいったでしょ。今までのように、趣味に生きて、貴族の令嬢としての責務を果たす……。
……あれ?
「……そういえば私」
──夢を自覚する前は何を考えてたんだっけ?
ガラガラと馬車の走る音が耳に届いた。
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