表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自我非同一-Non-identical-  作者: キャンティー
4/5

家族-familia-

我が家に待望の命が生まれた。

絢子は体質的に子供が出来にくい体だった。

流産も経験した。

ただ、私も絢子も諦めなかった。

不妊治療を行い、ようやく生まれた尊い命だ。


その命に付けられた『渉』という名は、

川を歩いてわたる。や、ひろくかかわる。と言った意味があるらしい。


困難を乗り越えて進んで欲しい。

努力を積み重ね、さらに広い世界で活躍することへの願いを込めて、名前を付けた。


二人の愛の結実。宝物。最も愛を注ぐ存在。

二人の、特に絢子の努力の末にようやく生まれてきてくれた、命。

至上の愛をもって、絢子は誓った。


「この子が幸せになるために、私達が出来ることはなんでもしましょう」


それから、私たち夫婦は渉に愛を注いだ。

渉も一人っ子ながら、たまに衝突はしたものの、健やかに育っていき、立派に成人になった。


「お父さん、お母さん。ありがとう。

二人のためにも、立派な大人になって、早く楽をさせてあげるね。」


成人式の夜に渉は私達にこんなことを言った。


絢子は号泣し、

「渉。私達はね、あなたが生まれてきてくれただけで嬉しいのよ。

あなたが健康で毎日楽しく生きてくれることだけが、私達の望み。

自分のために生きなさい。そして、必ず幸せになりなさい。大好きよ、渉。」





取引先から帰る車の中で、鞄に入れていたスマホが鳴っていたことに気がつく。近くのコンビニに車を停め、スマホを見ると、着信履歴が73件に及んでいた。ただことではない。


発信主は渉だった。急いで折り返す。


「渉!!?どうした!!」

「ぉお母さんが、し、し死んじゃった…!!」


取り乱した声を隠すことも無く、渉が絢子の死を告げる。あまりに突然の事で理解が追いつかない。


渉は明らかにパニックになっていた


絢子が階段から転げ落ちた。

頭を強く打って、息をしていない。

病院にはまだ連絡が出来ておらず、先に私に電話をした。


そして、絢子の死の理由が渉が驚かせた事。


「今すぐ!!!…


病院に直ぐにかけるよう催促をしようと、そこまで言いかけて、心を落ち着かせて考える。

絢子はまだ助かるだろうか。


扱いが危険な重機もあるため、私は非常事態の緊急措置についても学んでいた。

そして、頭部を強打して呼吸停止をした場合、即死である可能性が非常に高いことも。

また、呼吸停止をした後の放置時間が長くなるほど死亡率が高くなる。

渉が私に最初に電話をかけてきた履歴を見る。


18時12分ーー


現時刻18時36分ーーーー


呼吸停止で10分間経つと死亡率は半数、既に24分が経った。20分を越えるともうほぼ100%だ。


私は渉の話の状況を整理し、絢子がもうこの世に居ないことを悟った。

故意ではなく、本当に不慮の事故なのだろう。

実感がまだ湧いていない。


短い時間であったが色々考えた結果


そこで私は渉にこう告げた。


"俺が病院に連絡する。渉はかけるんじゃないぞ"


と。


急いで家に帰った。

階段の踊り場で渉は絢子を抱きしめたまま、力なく座り込んでいた。

絢子に駆け寄る。やはりもう生気はなく、2月とは言えども、はっきりと分かるくらい体が冷たくなっていた。


「あぁ…絢子…」


絢子がなくなってしまった実感が沸々と湧いてくる。。もう熱を持っていないが、ただ延々と惜しむように絢子を抱きしめていた。



俺なんかと一緒になってくれてありがとうな。

冷たい絢子を抱きしめながら、絢子に心で語り掛ける。


絢子…。

俺達は渉が幸せになってくれるのが望みだったよな…。

お前が許してくれるかは分からないが、俺なりに考えたんだ。聞いてくれるか。


故意だとしても、ここで渉が自首したら、

母親を殺してしまった罪の意識を持ちながら、一生周囲の目に晒されながら人生を送ることになってしまう。


俺が代わりにお前を殺してしまったことにしようとも思ったんだが、死亡推定時刻とかで多分アリバイが作れない…。


殺した事実は変わらないとしても、

渉にとってその中でも幸せな人生を送ってもらうには、絢子、お前を俺達の中だけの存在にしてしまうことだと思ったんだ…。

…いや、ちょっとは俺のエゴもある。

お前がいなくなって、渉もいなくなってしまったら…。



だから絢子…。お前はそれでもいいか…?


何も答えない絢子に問いかける。


普通ではない。倫理観も欠けている。分かっている。人のやることではないことくらい。


どの道をとっても、これからの人生は想像を絶するだろう。

ただ、この方法なら、渉はいつか幸せになれるかもしれない。


なぁ、そうだろう絢子。

お前が逆の立場でもそうしてくれるよな…?

俺達の望みは、ただ渉に幸せになって欲しい。

それだけだよな…。

俺がそっちに行った時、どれだけ蔑んでもらっても構わない。本当に…すまない…


それから、私は絢子を埋め、行方不明の妻を必死で探す悲劇の父親として振る舞った。


辻褄が合うように、渉と口裏を合わせた。


その日渉は出かけていて、夜遅くに帰ってきた。

私が夜に帰っても誰もおらず、失踪届を出した。


ボロが出ないように、私が渉に話す時には本当に失踪したかのように「お母さんはいつか帰ってくる、大丈夫だ。」と言い続けた。


そうして、社会は私達を可哀想な親子と扱った。


当初、渉は自首をしたがっていた。

ただ、半ば強引に説得…とは呼べない、脅したが正当だろう。

「渉が自首をしたら、私も同罪として出頭する」、と。


たまに罪の意識に苛まれ、私に連絡をしてくる渉を必死になだめなた。

そうして、11年を過ごし、渉からも「お父さんに近々合わせたい人がいる」との連絡が来た。


ようやくだ。

長い間私が渉を苦しめてしまった。


ようやく、渉が幸せな人生を送れる。



そう思った矢先の来訪者だった。


「佐倉秀次さんですよね?私、フリーで記者をやっている新里と言います。」


金髪の若いその記者は、私の帰りを待っていたかのように家の前に佇んでいた。


「ちょっとお願いがありまして…」

そういうと、手に持っていたスコップを見せ、


「お庭の土を少し頂きたく…」


そう言った。


身体中を寒気が走る。新里が持っていたスコップに私は見覚えがあったからだ。


「土…ですか?なぜ私の家の土を?土ならその辺にもあるじゃないですか。」


すると、新里は今までの丁寧な物腰から一変、今どきの若者のような態度になった。


「えぇ〜、そういうこと言っちゃいます?

僕、めんどくさいこと嫌いなんで、単刀直入に言っちゃうと、佐倉さんの家の土掘らせて貰って、奥さんの死体があるかどうかを見たいんですよ〜」


やっぱりだ。コイツはもう知っているのだ。


「一応、行方不明ってことになってますけど、僕この件、結構長いこと追ってたんですよ?

行方不明でハイ終わりってなんかなってますけど、勘って言うんですかね?絶対なにかあるゾっ!って思って。

そしたらそしたら、昔聞き込みした方の妹さんが、その日の夜、絢子さんの働く建築会社に入っていく秀次さんらしき人を見たという事を新たに聞けましてね〜。」


早口でまくし立ててくる新里。


「その妹さん、たまの里帰りの時にしかこちらにいらっしゃらないそうなんで、他の記者が聞き込みをしてた時には、ずっといない方だったんですよね。

ようやくその事を知って、コンタクトを取らせてもらったんですよ。

で、秀次さんはその時、建築会社に行って何をしてたんです?」


「…。」

何も答えない。

この新里という男は確信を持っているのだろう。

そして、その推測は当たっていた。

家にスコップが無かったため、絢子の建築会社から少しの間人知れず拝借したものだ。


「このスコップ、見覚えありますよね?

あんまり一般ご家庭ではお目にかかれない建築会社などが使っている、土を掘るのに最適化したスコップだそうですよ?その日の夜、これ、取りに行ってたんじゃないですか?」


考えた。

否定し続けるのは簡単だ。田舎の暗い夜の事だ。

私ではない。夜に出歩いていない、そんなスコップは知らないと言えばいいだけだ。


ただ、ここをしのいだ所で、私が留守の間に庭に侵入して、掘り起こしていったら?

そして、それをしなかった。

と、いうことは、


「…私に何をしろと。」

もう詰んでいるのだ。


「さすが!いやー、秀次さんが話が早い人で良かった!知ってますか?スクープってね、出版社に渡してもせいぜい20〜30万しか貰えないんですよ。こんだけ長いこと調べてて割に合わないんですよねぇ。」


ニヤニヤした顔でそんな事を言う。金が欲しいのだろう。


「そうですね。話が早かった、ということもあるので特別に100万円で手を打ちます!100万円で幸せな生活が続けられるんですよ〜。安いもんですよね!」


やはり、ゆすってきた。

「100万を渡したら、もうこの件にはかかわらないって事でいいか。」


「ええ!私は約束を守ります!」


「あと、渉に、メモを渡したのもお前が…?」


「あぁ、今朝のですね。そうです。私としてはあなたでも渉さんでもどちらでも良かったので。」


「…分かった。100万円を用意する。その代わり、渉に付きまとわないことも条件に入れてくれ。」


「はい〜。お約束しますよ。」


そう言って、私は口座から100万円を下ろし、新里に渡す。


新里は喜んで帰っていった。

そう言っていたのに…!!!!



「……分かった。明日までと書いてあるんだな。お父さん、ちょっと交渉してみるから、電話番号を教えなさい。」


父は昨夜の出来事を否定することなく、力なくそう言った。


新里という記者は、父を脅し、口止め料として100万円を受け取り、更に私をゆすっているのだろう。明日までの猶予とは、恐らく金を要求しているのだ。


「…これ、永遠に脅されるだけじゃないの。」


「……。」

きっと、父もそう感じているのだろう。


「……お父さん。俺、もう大丈夫だから。もう充分。やっぱり普通じゃないんだよ、こんなの。

記者の人、もう知ってるんでしょ。

今考えたら、昨日のメモに書いてあった"住所分かったよ"ってアレ、お母さんの事なんだと思う。」


「…。」


「…俺さ、自首するよ。迷惑かけてごめん。長い間、本当にごめん。でも、もうこれ以上お父さんに迷惑かけられないよ。」


長い沈黙。


そして、父がこう告げた。


「……分かった。ただ、1日だけ時間をくれ。

そして、送ってきた手紙を写メで送ってくれ。」


「1日経ったらどうするの?」


そう聞くと、ただ父は、


「大丈夫。渉は心配するな。とりあえず、少し家で待ってなさい。また、連絡するから…」


そう言って、電話が切れた。



今日で普通の生活ともお別れか。何をしよう…。


そう思って、今までの生活を普通だと錯覚していた自分に気が付く。

分かっていたはずなのに11年前のあの日から、とっくに普通ではないことを。


ただ、そう錯覚させてくれるほどに、父は私の普通のために尽力をしていた。


私の足は、あのスーパーへと向いていた。




私はあの日から、人の目が怖くなった。


"本当は私を母親を殺したと思って見ているのでは"


"実はあの人は警察で私を見張っているのでは"


"行方不明の母を持つ可哀想な人と思って見ているのでは"


懐疑の目。監視の目。憐憫の目。


そのどれもが私には耐え難かった。


人に見られないように、もっと大衆に溶け込もう。普通でいよう。


普通の私を作ろうと必死だった。

そして、ある程度それがうまくなった時に、私はここでその目を再び感じたのだ。


あの時、スーパーの帰りの古い家で感じたあの目。


私はその家の前に来た。

昼ではあるが、誰もいる気配がない。

人が今も住んでいるか不思議な位だった。


「あぁ、その家今誰も住んでないよ」


隣の家の人が、外に出ていたので聞くとそう答えた。


確かに感じたあの目は、やはり私が作り出したものだったのか…。


結局私は、普通になれなかったのだ。


家に帰り、ベッドで横になる。

智美と朝方まで寝ていたベッドだ。


僅かに香る智美を感じながら、ぼーっとしていると、少し疲れていたのか、そのまま眠ってしまっていた。



スマホの着信で目が覚めた。

電気を付けてなかったため、もう辺りは真っ暗だった。

やべぇ、寝すぎた…

そう思い、スマホを手に取ると父からの電話だった。


「もしもし?」

「…渉か。元気してるか。」

父の声がする。ザーザーと雨の音が聞こえる。


何か普通じゃない感じがした。


「渉…。ごめんな。お前は辛かっただろう…」


「…急にどうしたの。」


「俺と絢子はお前が生まれてきてくれた時、本当に嬉しくてな。本当に…本当に…嬉し…く、てな…」


「…え…?」


言葉が震えていた。


「本当に…ほんとうに…ごめんな…。辛かったよなぁ…俺が辛い道を…歩ませた…ごめんなごめんなあごめ…ん。…本当に…申し訳ない…ぃ…。」


泣いたことを見た事がない父が、隠すことなく泣いている。


「お父さん!?何かあったの!!!?」


「…渉。お前が…俺と絢子の息子でよかった…。ありがとう…。いつまでも…俺達の誇りだ…。」


「待って!!今から行くから!!待って!!!」

父が…いなくなる。そう感じ、急いで家を出ようとする。


「お父さんのワガママ…聞いてくれるか…渉…」


「何言ってんだよ!!何があったんだよ!!!」


「幸せに…暮らして…幸せに生きて欲しい。

お前がお前らしく…罪の意識を抱えることなんてないから…。ただ、笑って、幸せになって欲しい…」


「お父さん!!待って!!何があったか教えて!!」


「幸せになれよ。渉。愛してる…」


「お父さん!!!!」


そう言って、電話は切れた。


訳の分からぬ、ただ悪い予感がして、電話をかけ直す。出ない。

かける。

出ない。

かける。

出ない…


家を出て、実家に行くために駅に向かう。

その道中も、電車に乗ってからも、電話をかけ続けた。

結局父が電話に出ることは無かった。



悪い予感は想定しうる最悪の形で的中してしまった。



智美からの電話だった。


「渉!!!?ニュース見た!?

速報で渉のお父さん、殺人で捕まったって!!!」


「!!!!」


「その場で自殺したって!!!!!」


頭の中が急激に白く染る。


「…う、うああああぁああああああああああああぁぁぁ!!!!!!!」


電車の中で、狂い叫ぶ。


乗り合わせていた乗客達の目が、うずくまり失意の私を貫いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ