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自我非同一-Non-identical-  作者: キャンティー
5/5

嘘じゃない-Believe-

私は就職活動で第1志望の旅行会社に入った。

私自身旅行が好きで、それを仕事にしたいと思ったからだ。

渉とはそこで出会った。2つ上の先輩だった。


最初の印象は、はっきり言って普通の人。

秀でることも無ければ劣ってもいない。

上に行こうとする意欲もあまり感じられない。


私は上昇志向が強く、ものをハッキリ言うタイプの人間だと自覚している。

自分の価値を上げるために努力は欠かさない。

だから、渉とは正直"合わない"と思っていた。


ある時、私は仕事で大きなミスをした。


1年目にして、旅行会社においての花形であるツアーの企画を任されることになった。

企画書を提出し、パンフレットを刷り、ネットにも情報を掲載した。

さぁ、これからお客様の集客を始めていく、そんな時に原価を誤って計算してしまっており、このままだと粗利が得られず、赤字でツアーを催行してしまうことになることに気がついたのだ。


やってしまった…。どうしよう…。

私なりに遅くまで残って、バスやツアーオプション会社など色々な関連企業にも問い合わせ、交渉をしてようやくこれから、って言う時に…。


初めてのツアー企画が、大失敗に終わる…。


そんな時、渉だけがまだ会社に残っていた。


あの人に聞いても分からないだろうな…。

この時、私は正直渉を下に見ていた。


ただ、何かヒントになる情報くらいなら得られるかもしれない…。

最悪、ミスを話したところであの人なら私にとってデメリットとなることは無いだろう…。


「…佐倉先輩、ちょっといいですか?実は…。」

そう言って、企画の話をした。


すると、渉はちょっと考え込みながら、私の企画したツアー情報を調べ始めた。


「…あぁ。最短の催行日は来月か…。…ネットにもパンフにもバス会社の情報書いてないのか。催行中止の注意書きもあるから…。それなら、中型からマイクロバスに変更すれば、催行最小人数このままでも行けそうだな…。バス会社のタリフ(料金表)一覧ある?一旦、空き状況も聞いてみる。」


「……!ぇ、あ、はい!」


渉は原価を合わせる形での運行形態の代替案を、即座に私に示した。

その案がダメだった場合の、次点の少し利益が減ってしまうが、それでも黒字が確保できる案も。

そして、その案は容易に実現可能で、私がそのためにやることもかなり少なかった。


渉はツアーを企画する部署ではなく、お客様に送付するツアー案内送付や、飛行機や鉄道のチケット発券などの『出発準備』と呼ばれる部署であった。

企画の知識が無いはずの渉から、的確な回答があるとは思ってもいなかった私は面食らっていた。


「……はい。じゃあ、こんな感じでやれば大丈夫だと思うよ。頑張ってね。」


そう言って、また仕事に戻ろうとする渉。


とても助かった。ありがたかった。

たた、ほとんど話したこともない私に、「この内容でやれば行けるよ」と空き状況、原価計算、企画書修正部分まで示してくれた渉に少し疑問を感じた。


「ホントにありがとうございました!

でも、なんでここまでやってくれたんですか?」


そう聞くと、


「?…先輩ってそういうもんじゃないの?」


かっこいいセリフとも取れるんだろうけど、

その時、私はハッキリ分かった。

渉は普通を演じてる人なんだな、と。


それから、私は渉に興味が湧いた。

なんでそんな能力があって、表に出さないんだろう…。

渉の事をもっと知りたいと思い、渉の事を見るようになった。


最初は多分ウザがられてたけど、少しずつ仲良くなって、知れば知るほど、普通を装っていることも分かった。本人は気づいていないであろう些細な所で。そしてそこをついて、からかうのが私の趣味になった。


彼女が出来たと聞いた時も、「この歳になったら、彼女いても、普通でしょ」だって。


私の中の関心は、いつの間にか好意に変わっていることに気付くのは割と早かった。


理由があるんだろうけど、苦しそうな渉に私は気づいてるよ。

だから、私からは聞かないけど、辛くなったらいつでも話してね。

私は渉のことが大好きだから。





「速報です。先程茨城県下妻市で、フリーの記者新里 新太さんが殺害された容疑で、茨城県警は会社員佐倉秀次容疑者62歳を逮捕しました。佐倉容疑者は現場となった佐倉容疑者の自宅で、凶器の包丁で自らもーーーーー」


駅の待機室で、横になっていた。

智美からの電話で知った、父の死。


待機室に設置されていたテレビのニュースでも速報として、父の行った事について説明がなされていた。


「佐倉容疑者は逮捕前、警察に電話をしており、「人を殺してしまいました。動機については遺書に残してあります。」と告げ、現場に警察が駆けつけた際には、既に心肺停止状態でした、…ーーーーーー」


どれくらいそうしていただろうか。

仰向けでベッドに横たえられたまま、テレビの声を聞く、何も考えられない。


夢であって欲しい。

この悪夢から誰か助けて欲しい。


ポケットに入っているスマホが振動を繰り返す。

もう何もかも煩い。消えて欲しい。

…いや、もうこの世から自分が消えたい…


お父さん…。





失意のまま、待機室を後にした。


鳴り止まないスマホ。


知らない番号。多分実家の市外局番だったから、親族の誰かか警察かな。


智美からも電話が来ている。友達も何人か。



「…もしもし。」


その時かかってきた知らない番号からの電話を取った。

電話の相手は警察だった。


「佐倉渉さんですね。こちら、茨城県警の波多野と申します。ちょっとお話をお伺いしたく、」


私は父に会いに行くことにした。





下妻に着くと、駅まで警察が迎えに来ていた。

パトカーに乗せられ、どこかへ向かう。

消失感で何も考えられず、警察から何かを話されたのだが、何も覚えていない。


ただ、どこか分からない目的地に近づくにつれ、父に会うのが怖くなっていった。

身体の震えが止まらない。

このまま、着かないで…。

もう何も見たくない…。


車のスピードが下がっていく。目的地の近くまで来たようだった。顔を上げることが出来ない。


「佐倉さん、着きましたよ。」

そう言って降車を促される。

黙ったまま、警察官に手を取られ車を降りる。

どうやら警察署のようだ。


人が多く来ているようだ。

人の声やカメラのシャッター音が煩い。


促されるま連れていくと、1つの部屋に通された。


俯いたまま、目を開けない。

震えが極限までに達する。動けない。怖い。


「佐倉渉さん。辛いでしょうが…。」

私に電話をしてきた波多野という警察官が私に言った。


「こちらにいるのは、あなたの父、佐倉秀次さんでお間違いないでしょうか。」


そして、恐る恐る目を開いた。


そこには、ベッドに横たわり目を閉じたままの父がいた。


「………………ぅうぅうぅ……お父さ、ん……お父…さん……お父…さんん…!」


駆け寄って、父に触れながら、父の温もりを探す。もう冷たい。あの時のように。


「秀次さん、うつ伏せで地面を抱きしめるようにして倒れていたそうです。」



そして、次の瞬間体の力が一気に抜けた。

ストン、と崩れ落ち、もう身体に力が入らなかった。


「………ふ………ふぅ…………ぅ…」


悲しいという感情をゆうに通り越し、消失感とも言えぬよく分からない感情で私の身体は支配された。


先程まで電話をしていた父はもうこの世にはいない。その事実をはっきりと突きつけられて、


まるで、私を縛っていた糸が切れたあやつり人形のように、そのまま動けなくなってしまった






「佐倉さん、落ち着きましたか?」


波多野刑事が私にそう言った事に気がついたのは。しばらくあとの事だった。


「心中お察しします。お辛い中、お呼びしてしまって申し訳ありません。」


「……………………いえ…。」


「そんな中、心苦しいのですが、現場に遺書が残されておりまして。」


そう言って、波多野刑事は1枚の封書を私に手渡す。


『遺書』と書かれた封書の中には2枚の折り畳まれた紙が入っていた。


ゆっくりと開き、中を見る。


父の字だった。


"

遺言


私は11年前に妻を殺害しました


口論の末、誤って妻を階段から倒してしまい、頭を強く打った妻は亡くなってしまいました

私は怖くなり、どうしたらいいか分からなくなっていましたが、息子と過ごす幸せな人生を守りたいという、邪な思いが私を突き動かしました

そして、私は妻を庭に埋め、行方不明とし、息子にすら明かさず何事も無かったかのように振る舞い、生きていくことを決めたのです


この11年間、幾度となく妻が夢に出てきました


私は、妻を殺してしまったこと、息子にすら嘘をついていたこと、その罪の重さに耐えきれず、今まで何度も自らの命を絶とうと思って生きてきました


私が行ったことは決して許されることではありません


そして、私の元にフリー記者を名乗る新里が現れました

新里は私が妻を殺害したことを知り、口止め料として金を要求してきました

そして、私は屈し1度は金を渡してしまいました


ただ、新里は更に息子にすらゆすりをかけてきました

これから何度も私達を脅し、金をむしり取ろうとする気であることが分かりました


そこで、私の中の悪い感情が生まれてしまいました

我慢ならなかったのです


私は新里を殺し、息子の渉には平穏な人生を送って欲しいという勝手極まる思いから、新里と共にこの一連の出来事の諸悪の根源である私ごと世から消えることを選びました


渉には合わせる顔がありません

11年もすまなかった

ただただ懺謝の思いです


最後に、誠に身勝手なお願いではありますが、もし、この非道な男にお情けを頂けるのであれば、庭に眠る妻と同じ墓に入りたいと思っております


加えて、渉がこの先こんな愚かな父のことを忘れて幸せであれば、もう思い残すことはありません


この度は、世間様をお騒がせして、申し訳ありませんでした


佐倉秀次


"


「………。」


やはり、そうだ。

父は私を庇って、全てを自分のせいにして新里を殺したんだ…。

…なんて愚かなことを……




その後、取り調べを受けた。

父のこと。

母のこと。

私のこと。

11年前のこと。


私は気力も戻らず、言葉も少なく、警察側も察知したのか、

初日は2、3時間で解放された。

2つの事件にかかわるため確認したいことが多いこと、その話を聞ける主な関係者が私しかいないということで、何日間は話を聞きたいということになり、明日も警察署に行くことになった。


時刻は0時を過ぎた。


不在着信とLINE通知の異常な通知数で、スマホが見たことも無い表示をしていた。


友達から心配をするLINEや、親族、会社などからの電話など。


中でも、智美からのLINE、電話がかなりの数で届いていた。


"大丈夫ですか?"


"大丈夫じゃないよね、、落ち着いたら連絡下さい"


"心配で下妻まで来たよ、もし一人でいるのが不安だったら連絡ください"


「…ぁ」


智美は下妻に来ているようだ。

……こんな形で来て欲しいと思ってなかったんだけどな。


頭が整理できず、何をしたらいいかわからなくなっていた。

頑張って考えようとした。



11年前、強引にでも自首していれば…。


前科は付いて、世間から白い目で見られたとしても我慢していれば、父の死はなかったのかもしれない。


新里を父が殺していなければ…。


ゆすられ続け、いつかはきっと、俺か父どちらか、あるいはその両方が捕まる。

ただ、父は死ぬことはなかった。


とはいえ、父は末期の癌だ。


癌の原因のひとつには、重度のストレスがあるという。

恐らく父も、母を埋めたという後悔の念と長く闘っていたのだ。


そして、その原因を作ったのは、俺だ。


父は、全てを自分のせいにして、死んだ。


ここで俺が今更、私がやった、と真実を伝えたとしたら、父の死は無駄になる。


だけど、もう…


呆然とする頭で、色々なたらればを考えた。


どうしていいかは結局分からなかった。

ただ、必ず最後に行き着くのは、


母も父も私が殺したのだ。

そんな私が生きていていいわけがない。


という答えだった。


本当にこのまま消えてしまいたい。




智美からの電話が数分おきに来ていた。


取るか考えていたが、通話ボタンを押した。


「渉…!ごめん、電話…。心配で…。」

電話越しの智美が


「…うん。ごめん、ずっと取り調べ受けてて…。」


「そうだよね…。…渉、私、下妻まで来たよ…。一人で不安じゃない?…不安だったら、……いや、私が会いたい。…今から会えないかな?」


「……。」


智美に会ってどうしよう。

間違いなく、私を慰めてくれるのだろう。


ただ、私はそれをされるのに相応しい人間ではない。私は赦されてはいけない。


…ただ、ケジメをつけなくては…。




「……分かった。行くよ。」


そう伝え、タクシーを拾い、智美が取ったホテルへと向かった。


そして、私はひとつの決断をした。




ホテルの前で智美は待ってくれていた。


「…やっ。とりあえず寒いから部屋入ろう。」


そして、私が来てもいいようにと取ってくれていた2名用の部屋へ移動した。


「……大丈夫じゃないよね。」


「…うん。悪い…、下妻まで来てもらって。」


「気にしないで。…ご飯は食べた?」

気を使わせている。


私は、私に対する好意の気持ちをもう素直に受け取れなかった。


父が死に、仮染めだった普通の日常が音を立てて、崩れ去った。

全部嘘だった。

それを時間かけて麻痺させて、心の奥底に閉じ込めて、普通を演じた末に手に入れた、間違った幸せ。


智美を巻き込んでしまったそれを、終わらせなければいけない。

謝ってすむものでは無いけれど。


「智美…。あのさ…聞いて欲しいことがあるんだ。」


意を決して、向き合いそう伝える。


「…うん。待ってたよ。」


そう言って、智美もまた私に向き合う。


私は初めて、私自身を智美に晒す事にした。


「11年前、母を殺したのは、俺なんだ。」


「………。」


智美は少し驚いた表情を見せながらも、私の話を聞いてくれていた。


私は、全てを智美に伝えた。


不慮の事故で殺してしまった母を、私が罪を負うことのないように父が埋めたこと。


11年間、それを隠しながら行方不明として、嘘の口実を合わせ、のうのうと生きていたこと。


その間の葛藤。


目立つことのないよう普通を徹してきたこと。


新里が父と私を脅したこと。


それを知った父が新里を殺し、全てを自分のせいにしたこと。


遺言。


全てを話した。

本当の私を全て晒した。

言葉にして、発して、我が事ながら、"あぁ、私はこんな醜いものであったのか"と思った。



私が言葉を発している間、智美は一言も発さず、まっすぐ、ずっと私の目を見つめていた。


「………。」

「………。」


全てを話し終え、沈黙が流れた。


「……ごめん。これが本当の俺なんだ…。自分が幸せになりたいと思って、自分の事だけを考えて、智美を騙していた…。本当にごめんなさい。」


そして、


「………俺と別れて欲しい。」


智美との別れを選んだ。


私なんかが幸せになれるはずがなかった。

普通に生きようとした罰だ。


そして、智美には本当に悪い事をした。

殺人を犯した人と付き合っていた、なんてずっと背負って生きていくんだろう。

どうか忘れてくれるといいな…。


そんなことを考えていた。智美が長く閉ざしていた口を開ける。




「……そっか。辛かったね…ううん、私は渉じゃないし、その辛さを分かってあげられない…。



私、知ってたよ。渉が、普通でいようとしていること…。何かを隠してるってことも。だから、ずっと無理してるな、辛そうだな、って思ってた。

お母さんを殺してしまった、なんてことまではさすがに分からなかったけど…


だから…辛そうな渉を、誰にも言えない何かがある渉を、楽にしてあげたい、幸せにしてあげたいって、思ってたんだ。


…本当はもっと早く言って欲しかったけど、私から無理やり聞くことも出来ないし…だから、渉が辛いと思って誰にも言えなかったことを言ってくれた事も、それで渉が少しでも楽になってくれたら、私は嬉しいよ。」


そして、智美は続けた。


「でも、私は違うと思う。

渉は甘えていたんだと思う。私は人を殺したことがないから、同じ立場になったら違うのかもしれないけど話を聞いてて、人を殺してしまったら、お父さんに止められても、無理にでも、強引にでも自分でしっかり考えて、自首をするのが正しいことだと思ってしまった。」


「……そうだね。その通りだ…」


「お父さんは、その結果、渉が幸せになるって本気で考えてたんだろうけど、渉は本当にそうだと思うの?

お父さんの思う渉の幸せと、渉の思う渉自身の幸せって、本当に同じなのかな。

考えが違ってもそれを実現させて、成長を実感してもらうことも親の幸せなんじゃない?」


「……あ…。」


何も言えなかった。

その通りだ。

そして、そんな考えがあることも考えられないくらいに、麻痺していた。


私が出来る限り幸せでいることを願った父。

最初は違和感を覚えながらも、どこかで私が普通に生きていくことが父の幸せになると思い、それが私の幸せであると思い込んでいた。

そして、普通になるよう、世間に注目されぬよう大衆に溶け込んでいった結果、私のアイデンティティーが消えていったのだと思っていた。


「……私が思ってた違和感の正体がやっと分かったよ。渉のことを普通を演じている人だって思ってたけど、本当は自分で考えて動くことをやめた人だったんだね。」


しかし、そうではなく、私は普通であることが許されなくなった時、何も自分で考えられない人間になっていたのだった。


「………。」


情けない…。本当に情けない…。


「…これから、渉はどうしたいの…?」


「……俺は…。」


何も言えなかった。


そして、しばらくして智美は問いを取り下げた。


「…ごめん。何でもない。渉の気持ちも分かった。ただ、もう遅いし、渉の分も部屋を取ったから、今日は泊まっていきなよ。明日も早いんでしょ?」


そう言って、智美はセミダブルのベッドに入り、壁の方を向いて横になってしまった。


そうだよな。

俺が別れを告げるまでもなく、失望したよな…


喪失感で占拠されていた私は、考動力すら無かったことを自覚し、文字通り空っぽの私は、シャワー浴び、歯を磨いて、心の中で智美と反対を向いて、眠るのだった。


智美の押し殺す嗚咽を出来るだけ聞かないようにしながら。




結局、一睡もすることが出来なかった。




7時30分

私は再度警察署に向かう準備をするため、出かける準備をしていた。酷い顔だ…。


智美はまだベッドの中にいる。


眠れない中、頑張って自分で考えた。



そして、私は真実を打ち明け、自首することにした。


私が母を殺してしまったこと。

それを父が隠し守っていたこと。


父が浮かばれないとも思った。

ただ、このまま隠し通した先に、誰かと結ばれる未来があって、そこで仮の幸せを手に入れることが父の幸せだとしても、やはり私自身は本当には幸せになれない。

そして、私は一生本当の意味で幸せになることなんて出来ないことも分かっている。


ただ、世間にどんな目を向けられたって、どんな顔をされたって、私は父と母には向き合っていたい。

このまま隠していては、一生前に進むことは出来ない。

許されることは無い。

父も母も帰ってくることは無いが、それでも罪を一生かけて償っていきたい。

そうして初めて、少しは父にも母にも顔向けができる。


お父さん、ごめん。

でも、見てて欲しい。


これが私が考えた決断だった。



外出の準備が終わり、智美に目をやる。

相変わらず壁の方を見て寝ているため、顔は見れない。


「智美、短い間だったけど、ありがとう。

お前のことは本当に大好きだった。

ごめんな。」



そう小さく声をかけ、部屋を後にするため静かにドアノブに手をかけた。




そのまま別れるつもりだった。

しかし、その時飛んできた何かが私にぶつかった。


床に落ちた枕を見て、飛んできた方を見ると、智美が怒った表情で、こちらを睨んでいた。


「…ぇ…?」


びっくりしたが、怒るのも無理もないと思った。智美は騙されていたのだ。

謝罪しても足りない。


「本当にごめん…!」


智美に頭を下げそう言うと、怒号が飛んだ。


「そうじゃないだろ!!!ちゃんと答えろよ!!!」


私は智美が何に怒っているのかが分からなかった。私は困惑してしまった。


「ごめん…智美、何について言っているのか分からない…」


「……渉…。私に他に何か言うことないの…?」


そう言われ、もう一度考えてみる。

でもやはり、頭に浮かぶのは、智美を騙してしまったことについての罪悪感。それが占拠しており、他のことはもう考える余地も残されていなかった。


「……ごめん。智美を騙してしまっていた罪悪感でいっぱいで、それ以外が…。」


「……」


少しの沈黙の後、智美が言う。


「…騙していたって言ってたけど、それって、今までが全部嘘だったってことなの?」


少し声に怒りが籠っていた。


「……嘘じゃない。智美と付き合ってたこの3ヶ月は…本当に楽しかったし、智美のことを好きだった。」


「なら!!その気持ちはどうするのよ!」


「……そんなこと…。貫けるわけないだろ…

迷惑をかけてしまうんだ…!…ずっと人に後ろ指さされて、生きていくことになるんだ!!

…俺は智美が好きだよ。それに本当に嘘はない。

けど、だからこそ、智美にはもっと普通な人を見つけて、幸せになって欲しいんだよ!俺といてもきっと幸せになれないから…」


「人の幸せを勝手に決めつけるな!!私は何が幸せなのか、ちゃんと分かってる!!渉と違って!!」


智美が更に声を荒らげる。

言葉の一つ一つが生身の俺に突き刺さる。


「…だから…!俺はお母さんを殺したんだ!これから、自首をしに行くんだ!!お前は!殺人をした男と付き合えるのか!」


「そんなこと…!だから、これから時間をかけて償っていくんででしょ!!その傍に私がいちゃいけない理由になんかならない!!」


「……!お前だって、世間の目に晒されるんだぞ!!親にだってきっと!」


「私の幸せは、渉と生きていくことなの!!

結果、世間からどんな目をされたっていい!!

親から反対されるかもしれないけど、それでも説得する!!怖くなんてない!!」


そう言って、今まで見た目の中でも、とりわけ大きくはっきりと真っ直ぐ俺を見つめる。


「…やめてくれ…」


俺が怖かったのは、この目なんだよ。

真っ直ぐで眩しいんだ。

全部を見ていそうで。

俺ですら、赦してくれそうで…。


智美は言葉を止めない。


「渉の幸せはどこにあるのよ…?

…過去に何があったって、渉が幸せになっちゃいけないなんてことないのよ!」


「…俺は…」


……俺を赦そうとするな…

…なんで俺なんだ…

俺に希望を見せないでくれ…


智美の幸せが、自分が願ってしまった幸せと重なりそうになり、それを防ぐために言葉を紡ぎたいが、尽く言い返され何も考えられなくなる…


「……俺は…!」


言葉の代わりに出てきた涙が頬を伝う。


「……なんで……なんで俺なんだよ…」


「前言ったでしょ…。

渉に気付いてからずっと見てたのよ…。

昔、私が探ってやろうと心理テスト出そうとした時なんか慌ててさ…。

臆病で…。ただ、辛そうで…。」


「……趣味悪いな」


「…私もそう思う」


散々言い合って、2人で少し笑って、そして涙が溢れる。


「これからじゃん…大丈夫。やり直せるよ、人生なんて…。私も大丈夫…待てるよ…!彼女がいた時だって、待ってたんだから…!」


隠していた自分を見つけ、見てくれていた人がいた。


…お父さん、お母さん、俺の幸せ、見つかりそうだよ…。

大変だと思うけど、頑張って生きてみようと思うよ…


「…いいのか?」


そう聞くと、智美はそうじゃないでしょ、と言い、もう一度昨日と同じ質問をした。


「もう1回聞くね。これから渉はどうしたいの…?」


俺にはこれから更に大変な人生が待っている。

だけど、この目の前にいる大切な人を守っていこう。

俺ができることをして、幸せにしていこう。

そうしたら、いつか俺も…。



「これから先の人生、一緒に生きてください。」


「……!…よろしい!」






警察署へ出頭し、全てを話した。


世間は、「母が眠る庭で過ごした非常の殺人鬼」や「父を洗脳し、罪を被せた家族殺し」など俺を非難轟々に罵った。


俺には母を殺したという証拠が不十分ではあるものの、自己の申告により母親を殺害したという事が認められ、5年の刑が科されることになった。


俺は控訴をすることなく、その罪を受け入れた。





それから、月日が経ちーーーー


罪状は5年であったが模範囚として刑期を短縮され3年6ヶ月で出所することになった。







これは、


欲しくて堪らなかった宝物を授かった家族の物語


清廉潔白な子供の幸せを願いすぎた哀れな家族の物語


普通であろうとして自我を失った男の物語


そして、









刑務所を後にした。


そこで待っていたひとつの視線に気がつく。


この優しく眩しい目は…



「ただいま」






自我非同一(完)

ご覧頂きありがとうございました。

初めて小説を書いたので、拙い部分も多くあったかと思います。寛大な心で読んでいただければ幸いです。


「自我非同一」を読んだ貴方が少しでも幸せになれたら、至上の喜びです。

感想などありましたら、コメント頂けると、更に喜びます。

この度はありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読しました。 切ない結末ですね。 読ませていただきありがとうございます。
2023/04/24 16:48 退会済み
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