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自我非同一-Non-identical-  作者: キャンティー
3/5

異常-Abnormal-

社会人になってから、

人に注目されずに生きていたい、と思うようになった。

人の目が苦手になった。

目が怖い。

誰かがいつも私を見ている気持ちになる。

もっと普通になろう。個性を捨てよう。

そうしたら、本当の私が分からなくなった。

だけどそれでいい。アイデンティティーなんていらない。もっと…


そんな時に、2つ下の新入社員の智美に言われた。

「先輩、なんかいっつも辛そう。なんか無理して自分演じてません?」


智美の目が最初は怖かった。こいつは危険だ。

ただ、他の人たちの目とはどこか違う。

私が見失っていた私を、装っていた佐倉渉ではない、ありのままの"佐倉渉"を見ようとしている。

当時の私は、私を見失わないように智美とうまく付き合っていこうと思った。




智美が泊まった次の日の夜、父が逮捕された。


罪状は殺人と死体遺棄。



時間はその日の朝まで遡る。




目が覚める。横には智美が眠っている。

平日であるため、私は仕事だが智美は休みだということで、私の部屋でごろごろするそうだ。


起こさないようゆっくりベッドから離れ、私はポストに向かった。


昨日メモが届いていたのも朝。

昨夜、父と電話する時にも念の為確認をしてみたが、何も入っていなかった。

今日はーーー

そう思い、ポストを開く。


すると、メモはなく新聞と封筒が入っていた。

ふーーっと、深く息を下ろす。


またあの目を見なくて済むのだ、と思うと心底ホッとしていた。


新聞と封筒を取り出し、差出人の確認をしようと裏を見た。


そして、そこに書かれていた想定もしない人物の名前を見て、昨日以上の恐怖に襲われた。





部屋に戻った。智美はまだ気持ちよさそうに寝息を立てている。

時刻は8時15分。


封を開けた封筒を自分のバッグにしまい、智美を起こさないようベッドにゆっくり腰をかけ、優しく髪を撫でた。何度も何度も。

この幸せな時がずっと続けばいいと思っていた。



少しの間智美の髪を撫でた後、シャワー浴び、準備を整え、寝ていた智美に問いかける。


「智美。起きてる?」


「…ん、…おはよ…。」

少し寝惚け声で答えが返ってきた。


「…ほんと申し訳ないんだが、俺ちょっと出かけないといけなくなって。」


「…あれ?今日仕事じゃないの?」

「うん。お父さんが倒れたらしくて、ちょっと危ない状態みたいで病院に行かないといけなくなってさ。」

「え…!!」


そう言って、はっきりと目を覚まして体を起こす。

「そっか。すぐ出るよね?」

「うん。すぐ出かけるつもり。」

「分かった。準備する!」


智美には、父の病状は伝えてある。

なので疑うことなく、パッパと着替え始めた。

ものの5分程度で身支度を整え、一緒に駅に向かうため家を出た。


駅までの道中。

少し重苦しい雰囲気を感じてか、智美から、


「あ、今朝の新聞の一面に載ってたけど、この辺りの誘拐犯人捕まってよかったね。」


「行方不明の女の子も無事で見つかったみたいだ…」


と言いかけて、

「…ごめん。なんでもないや。」


とすぐに言葉を詰まらせる。


きっと、途中で私の母が行方不明というのを思い出したのだろう。ホントにいい奴だ。


「智美、気を使わなくていいよ。俺は智美が一緒にいてくれるだけで、すごい救われてるから。」


そう、笑いながら言った私に、


「…うん。ごめんね。

私、ダメだなぁ…困ってる渉を全然助けられてないや…。」


そう呟いた。


私はいたたまれなくなった。

衝動を抑えられず、智美を思い切り抱きしめた。


「…ダメじゃない…!ダメなのは俺なんだ…!ごめんよ智美…。ほんとにごめん…!…っ!」


「…え!渉…!?」


人が往来する駅前の道。周りの人達の目が私達を見つめる。もうそんなこと知るか。


多分、智美と会うのはこれが最後になる気がしていた。


ビックリして、最初は恥ずかしくて離れようとした智美も、私が冗談でやっている訳ではなく、本気だったことを察し、されるがままにただ私をなだめてくれていた。




私は茨城へ。智美は逆方向の東京へ。

改札を通ってホームで別れる智美に謝った。


「…いや、、ごめんな、さっきは。」

衝動的な自らの行動を省みて、少し照れながらも、内心(あぁ、笑って別れられそうだ)という少しの安心もあった。


「ビックリしたよ…。でも、大丈夫。渉は?もっかいやっとく?」

そう言って、両手を広げる智美。


「すみませんでした。もう大丈夫です…。」

「よろしい。」


そうして、二人で少し笑って。


「…じゃあ、そろそろ行くな。智美も気をつけて。ありがとな。」


「渉。お父さん。きっと大丈夫だから!」


「そして、渉も。ダメなんかじゃないよ。

なにか言えないことがあるんだろうけど、私がついてるんだから大丈夫!

いつか、言いたくなったら話してね。私はいつまでも待ってるから。」


"グッ"と親指を立てて、ちょうど来た電車に乗っていった。


本当に昨日来てくれてよかった。

智美はちゃんと、俺を見てくれているんだな。

そして、感謝と罪悪感が同居する。




手を振り、智美の電車が見えなくなるまで見届けてから、私は電話をかける。


少し呼び出しの時間が長かったが、


「おぅ、もしもし」

と、気持ちいつもより元気のなさそうな声で、"倒れて危険な状態であるはずの"父が電話に出た。


「お父さん。今平気?」

「…おぅ、大丈夫だ。」


時刻は9時20分。いつもならもう働き出している時間だが、周りの騒々しさも聞こえない。

恐らく家にいるのだろう。


「ねぇ、何で仕事行ってないの?」

そう聞くと、父は少し困ったように


「…ちょっと風邪ひいたっぽくてな。咳も出て、今日休みを貰ったんだ」

とわかりやすい嘘をついた。


「…お父さん。昨日の夜、何かあったでしょ」


「ん?何も無いぞ。渉こそ、仕事の時間だろう。お前、課長なのにサボってていいのか?」


父には言ったことは無いが、よく核心をつかれると、話をすり替えようとする癖がある。

つまりは、そういうことなんだろう。

やっぱり本当なんだ、と覚悟を決めて、私から切り出すことにした。


「お父さん。今朝、お母さんから手紙が来たよ。」


「……っ!!」


言葉こそ発さなかったが、親子だからか、電話の向こうで驚いているのが分かる。


「そして、昨日の夜。お父さんに何があったのかも知ってる。」


「………。」

父は黙ってしまった。


「差出人は下妻のウチの住所で、佐倉絢子(さくらあやこ)だった。」


佐倉絢子(さくらあやこ)は、11年前に行方不明になっている私の母だ。

11年間手紙など、届いたことも無い。


いや、届くはずが無い。


「中に、1枚の紙が入っててね。…読むね。」


手紙の内容はこうだった。


"

驚かせてごめんね。


僕はフリー記者の新里です。

11年前の佐倉絢子さん失踪の事件について、色々と調べてるとこなんだけど、有力な証言を得てね。

昨日の夜、あなたのお父様の秀次(ひでつぐ)さんの所に、お邪魔させてもらって、ちょっとだけ庭の土を掘らせて欲しいって頼んだら、土じゃなくてお金をくれてね。

お父様からは、頼むからこの件は内密にして欲しいという事と、息子には付きまとわないでくれって言われちゃったんだよね。


あ、話を戻そうか。

単刀直入に言うとね。失踪ってことになってるけど、僕は、渉さん。あなたがお母さんを殺したんじゃないかと思ってるんだけど、違うかなぁ。


一応、お父さんからは100万を貰って、あなたには付きまとわないでくれ、って言われたから、人としてそれは守ろう!って思ったんだけど、僕が勝手に佐倉さんの家の庭の土が欲しくなった時に、勝手に取らないで、とは言われていないんだよね。

ちょーっとだけ、土取るくらいいいよね?


あ、これ僕の電話番号です。

〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇


渉さんも、彼女さんとご予定があると思うので、明日までに電話貰えるかな?


よろしくね(目のマーク)


新里

"


「ゲスが!!」


一通り文章を読み上げると、父の怒りの声が聞こえた。


「お父さん…。ありがとう。…もういいよ。もう…十分だよ。」


父のため息が電話越しに震えて聞こえる。

父は言葉を探しているようだが、見つからないのだろう。

無理もない。

こんな非現実的な状況、冷静に対応出来るわけもない。


殺してしまった母親を、行方不明としてずっと家の庭の深くに隠し続ける親子なんて、とっくにどうかしているのだ。





11年前のあの日。

私が社会人として働き始める前の2月の出来事だった。


私は大学の冬休み期間であり、実家にいた。

日中、父と母は仕事に出かけており、私は家で掃除洗濯やらの家事の手伝いをしていた。


両親には感謝していた。

一人息子ということや、子供が出来にくい母が不妊治療の末ようやく産まれた子ということもあったのだと思う。


私が大学の願書を間違って提出してしまった時、私は諦めていたが、大学まで出かけ頭を下げて願書の取り返しに行ったり、

私が事故で生死の境をさまよった時は、意識不明の私を励ましに面会時間のめいっぱい寄り添っていてくれたというのも、父から聞いた。


そのため、とりわけ母には強い感謝の気持ちがあった。


私は、社会人になるという区切りのタイミングで、母に何らかの形でお返しをしようと、この休みに企てていた。

夕方18時30分には母が帰ってくる。

職場は歩いてすぐの建築会社である。

そして、まさにこの日そのお返しを披露しようとしていた。


いつもより、少し早めの18時過ぎに母が帰宅した。冬の18時ともなると、辺りは真っ暗だ。

田舎なので街灯も人影もない。


私が家にいるうちは母に負担を出来るだけかけないようにしようと、料理まで終えており、母が嬉しそうにしていたのを思い出す。


私は早く母のために作ったプレゼントを見て欲しかった。嘘じゃない。本当にその気持ちだけだった。


私はプレゼントがある2階に上がり、準備をした。


「お母さん!ちょっと来て!!」

2階を上がったところにある部屋で母を待ち構えた。


「え?何?後じゃ駄目ー?」

母はこの時、テレビを見ていたようだった。


「うん、今すぐ!」

そう催促し、2階の部屋へ促す。


「はいはーい」

階段を上がる音が聞こえる。


私は母がどんなリアクションをとってくれるかを、考えてワクワクしていた。


そして、上がりきったであろうタイミングで、

私は手に持っていたクラッカーを鳴らした。


パァン!!!


「お母さん!ありが」

「きゃああああああああー!!!」


私の発声に被せる形で、母の悲鳴が響く。

そして、驚いてバランスを失った母は階段を転げ落ち、曲がり角の壁に物凄く大きく鈍い音ともに、思い切り頭を打ち付け、そのまま動かなくなってしまった。


「え、お母さん!?」

部屋を飛び出し、階段で倒れている母の元に駆け寄る。


何の返答も返ってこない。


「…ぇ…お、お母さん!!!お母さん!!!」


一瞬でパニックになった。考えが追いつかない。母に喜んでもらおうとプレゼントを用意していたはずが、目の前にいるのは動かない母。


「…ぁう…あ、あ、ぅ…」

言葉を発するのも難しくなり、冷静にものも考えられない。

顔を母の口に近づける。呼吸をしていない。


先程までの喧騒が嘘のような静寂ーーー


力なく座り込んだ傍らには、動かない個体。


頭の中を整理しようとしても、まとまらない。

とりあえず、呼吸を整えなくては。


ただただ。

どうか夢であって欲しいと、考えのつかない頭の片隅でそう思うのであった。


「…お、お父さんに…」


スマホを手に取る。この時私がとるべきだった行動は、父に電話をかけることではなかった。

119番に電話をかけ、母を速やかに病院に連れていくことだった。ただ、その時の私はどうかしていた。本当にどうかしていたのだ。


父のスマホに電話をかける。

出ない。

もう一度。

出ない。

もう一度。

出ない。

もう一度



そしてようやく、父が出た。

何度繰り返したかは覚えていない、が、相当数だったと思う。

父も着信数の多さから、何かの異常に気付いたのだろう。


「渉!!?どうした!!」

「ぉお母さんが、し、し死んじゃった…!!」


パニックが治まらず泣きながらであったため、言葉として発せていたかどうか分からない。


「…え!!?何!!どういう事だ!!?死んだ!?」

「息して、してない…、、階段から、お、おちて、、お、俺がぁ、、お、脅かしたからあ、、」


「病院は!!?連絡したのか!!!?」

「…!!あ、び、病院!!!れ、連ら、くし、して、してない、、!!」


「今すぐ!!!…………いや、ちょっと待ってろ、、俺が連絡する。

渉はかけるんじゃないぞ!絢子のそばに居てやれ…。とりあえず、落ち着くんだ。待ってろ。」


パニックになった私が連絡するより自分が連絡した方が良いと判断したのだと思ったのだろう。ただ、この後いくら待っても救急車は来なかった。


父が家に着いたのは、20時を少し過ぎた頃だったようだ。父の職場から家までは車で2時間はかかる。飛ばしてきたのだろう。

しかし、パニックの私は時間の長い短いも判断できていなかった。

父が最初に見たのは、母を抱き抱え俯いたままの私だったそうだ。


「お父さん…、、ごめんなさい…。お母さん死んじゃった…。…救急車、まだ来てない。」


父が来るまでの2時間泣き続けた私に、もう流せる涙はなかった。カラカラの声でそう父に伝え、母を強く抱く。


「ああぁ…絢子…。絢子…!」


父も母に駆け寄り、母の俯いた顔を上げる。

もう生気は無く、目も開かない。


父は母を強く抱き、


「…ありがとう。お前と出会えて本当に良かった。ごめんな。絢子。本当にごめんなぁ…」


肩を震わせ、そう呟いた。

その姿を見て、私は再び枯れた涙を流した。


そのまま母の遺体と共に、父と私は静寂の時間を過ごした。

父は、パニックに陥った私の肩を抱き、母の亡骸を抱き、どこか遠く一点を見つめていた。


長かったのであったのだろう時間が過ぎた。

父は、私に「絢子と少しいてやってくれ、すぐ戻る」と言い、外に出ていった。


そして、また母と二人の静寂を過ごす。

なんでこんな事に…。パニックからはだいぶ落ち着いたものの、冷静になるとより、した事の大きさにどうにかなりそうになる。


そして、また長い時間が経っていたのであろう。父が帰ってきた。

そしてこう言った。


「渉。絢子は庭に埋葬する。」


「え…。」


「絢子との別れはもう大丈夫か。」


父の言っている意味が分からなかった。

というより、もう今の状況がよく分からなかったが、多分普通じゃないことだけは分かる。


「え…埋葬…?」

「そうだ。」

「なんで…」

「……嫌か。」


嫌とかの問題ではないと思ったが、やはり頭はクリアではない。


「渉!分かってくれ…。お前を守る為なんだ!そしてきっと、いや、必ず絢子のためでもあるんだ!!」


訳が分からなかった。

ただ、父の言葉と目にはノーと言わせない圧力があった。そして、また私も父に何かものを言う力も残っていなかった。


2月の夜。母は寒いだろう。

何が正解なのか分からなかったが、


きっと、この深い穴に納められ、土に埋もれて見えなくなる母と、元の庭のていに戻そうとする父の姿はきっと正解ではないはずだとぼんやり思っていた。


異常。





そしてその日から、母は行方不明になった。

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