命の重み1
刑場が見えると、実季子は、ジッとしていられず、駆けだした。
処刑場は、すり鉢状になっており、実季子達は、城から繫がる道を通って刑場の中程の階段状の出入り口に出てきた。
既に民衆が、階段状になっている段の部分に取り囲むように集まり、処刑場を見ている。
興味本位で集まった者も居れば、イリニのことを知っていて、イリニが心配で来ている者も居る。
城で働いている見たことのある顔も何人かいた。
一番底の部分の処刑場にある質素な台の上には、目の粗い、一切装飾のないワンピースを着せられたイリニが後ろ手で縛られて膝をついて真っ黒なシャツに、真っ黒なズボン、真っ黒なベストを着た男に肩を押さえられていた。
全身真っ黒な男の片手には、大きな斧が握られている。
何てことだろう!
彼女は首をはねられるんだ
実季子は、勢いよく後ろを振り返ると、後にいたアルカスに懇願する。
「陛下、お願いです。止めさせて。彼女は、操られていただけなんだから」
すると、一緒に付いてきていたシメオンが答える。
「ミキコさま、操られていたという証拠は出て来ていません。
イリニは、陛下の大事な客人である貴方を襲った罪人なのです」
「じゃあ、私が許せば良いの?私が陛下の大事な客人だというならば、私はイリニの罪を問いません」
「出来ません。そもそも、暴行を行った者には罰が下されます。
しかも、イリニの部屋からはプレギアースと繋がるような証拠が出てきています。
陛下といえど、庇えないのです」
実季子は、早口でシメオンに言い募ったが、シメオンからは、無情な言葉が返ってきただけだった。
けれど、諦めきれない実季子は、シメオンに向かって再度、訴える。
「そんなのおかしいよ。イリニは、殆ど部屋を使っていなかったでしょう?
誰かが、彼女に罪を着せようとしてやったんだよ」
そう言い募る実季子の言葉を聞いて、シメオンは暗い顔をして俯いてしまった。
シメオンだって、同じように思っているはずだ
イリニは、シメオンの妹なんだもの
彼だって、望んでいることじゃないはずだ
実季子は、アルカスに向き直ると言葉を続けた。
「そもそも、彼女が操られていたという証拠が出て来ていなくても、間違いなく彼女がやったという証拠もないでしょう?
あの手紙は証拠にならないの?もっとちゃんと時間をかけて調べて。
必ず、彼女じゃないことを証明できるはずです。陛下、お願い」
「ミキコさま。陛下のお力をむやみに使ってはならないのです」
シメオンが、喉から絞り出すような声で実季子を諭す。
こぼれそうな涙が目の端いっぱいに盛り上がり、アルカスを見つめたが、アルカスは、何かを考えているのか、口を真一文字に結んで、じっと処刑場にいるイリニを見つめるだけだ。
実季子の目からポロポロと涙がこぼれて落ち、頭がズキズキと痛み、下ろしたまぶたの裏が真っ赤になった。
腹の奥が燃えるように熱い。
怒りで口の中の水分が蒸発し、喉がカラカラだ。
閉じた瞼を開けて、アルカスの方をジロリと見ると、アルカスがイリニを見ていた目を実季子にそっと合わせた。
「じゃあ、その力は何時使うの?」
腹の底から低い声がこぼれた。
「イリニは、操られていただけよ。それを、こんな短時間のおざなりな調査で命を奪おうとするなんて。
誰が、イリニの刑を決めたの?そいつは、イリニが邪魔なんだよ。
例え、この帝国の偉い人達が刑を決めたんだとしても!」
アルカスは、実季子を見つめている。
「陛下は、この帝国のトップでしょう?
強い者は、弱い者を守らなければならない。その為に、権力を与えられている。
その与えられた権力を今、イリニの為に使って!!」
アルカスの実季子を見つめていた目が見開かれる。
刑場に集まっていた人たちは、ガヤガヤと騒がしかったのに、今ではシーンと水を打ったように静まりかえっている。
誰も一言も喋らず、中央部分で声を荒げている実季子達を見つめている。
アルカスは、その金色の瞳を一度キツく閉じると、すぐに見開いた。
そうして、刑場に響き渡るよう声を張り上げる。
「刑は中止だ!この件は、もう一度詳しく調査する」
それは皆をひれ伏せ、従わせることの出来る王者の声だ。
アルカスの言葉の一拍後、実季子の背後からパンパンパンと、手を打ち鳴らす音が聞こえる。
赤い髪が、風に吹かれて舞い上がり、グレーがかった青い瞳がアルカスをじっと見据える。
エラトスだ。
よく通る太い声が、刑場に響く。
「陛下!ご英断でございます」
エラトスは、兄に礼をとると、処刑場の台の上にいる真っ黒な男に向かって言う。
「この件は、矛盾が生じ、再調査案件となった。この先は、軍の預かりとする」
エラトスは、後ろに控えていた淡いブラウンの柔らかそうなウェーブがかかった髪の男性に、目配せし、命じる。
「女を軍の司令室に連れて行け」
彼はエラトスに頷くと、即座にイリニを真っ黒な男から引き取り、両脇を抱えて立たせた。
実季子は、じっとイリニを見ながら、今後、どうしたら狂ってしまった彼女の人生を、元に戻すことができるのだろう?と、考える。
すると、イリニを抱えて立たせているウェーブの髪の男性と目が合った。
明るいグレーの瞳の彼は、実季子を数秒じっと見ると、小さく黙礼してイリニを連れて去って行った。
エラトスは、アルカスに向かい合うと、ニヤリと笑う。
「いやぁ、兄上。大事なお客人とケンカはいけませんよ。仲良くなさって下さらないと」
もう一度パンパンと、手を打ち鳴らす。
「さあ、ここはもう解散だ!そろそろ夕刻になるぞ。皆、家に帰れよ!」
彼は、一緒に連れてきていた軍の部下らしき何人かに指示を出し、民衆を散開させた。
お読み頂きありがとう御座います。やっと、少しだけ話が動きました。
まだまだ、先は長いのですが、どうぞお付き合い下さい。




