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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第4章 命の重み
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命の重み2

 最初は低い声で話していたのに、どんどん怒りがヒートアップして、最後は怒鳴ってしまった。

 やってしまったと思ったときには遅かった。

 間違ったことを言ったとは思っていない。

 けれど、民衆の面前で、事もあろうか彼らの帝国(くに)の皇帝を怒鳴ってしまったのだ……。

 実季子は、青くなって固まった。さっきの勢いは何処に行ったのか……。

 アルカスの、顔もまともに見れない。

 

 陛下が悪いわけじゃ無いのに、あんな風に詰るなんて

 何て自分は大人げないんだろう


 そう思うと恥ずかしくて、悔しくて、気持ちがぐしゃぐしゃだ。

 くちびるを噛みしめて涙が出そうなのを必死でこらえた。

 絶対に泣いてはいけない。私は、泣いて良い立場にない。

 両手を体の横で握りしめ、くちびるを噛んで、青くなっている実季子の所に、エラトスが大股でやってきた。

 また、詰られるなと思った。

 エラトスには、出会ったときから少しも良く思われていない。

 しかも、今回は彼の大事な兄を、多く集まっている民衆の前で侮辱してしまったのだ。

 エラトスの大きな手が伸びてきたときには、ギュッと歯を食いしばった。

 張り手が来ると思ったのだ。

 しかし、エラトスはその大きな手で、実季子の肩をバンバン叩いて、愉快そうな声で言う。

「あんた、ただ小さいだけかと思ったら、やるじゃないか!」

 そして、ハハハハハと大きく笑いながら、去って行った。


 何?

 今の?


 叩かれた所がジンジンする。

 訳が分からない実季子は、振り返って去って行ったエラトスの背中を見つめていたが、隣からハァ〜ッと、大きなため息が聞こえてその方向に首をひねった。

 眉を八の字にして、苦く笑いを口端に浮かべて、シメオンが実季子を見ていた。

「ミキコさま、ありがとう御座います。

 兄として、妹のことを守ってくださった貴女に、家長である父に成り代わり宣言いたします。

 我がキラート家は、終生貴女様に忠誠をお誓い致します」

 深く膝を折り、実季子の手の甲に額をつけた。

 そして、立ち上がってアルカスの方を向くと、礼をとる。

「では、陛下。私はお先に城に戻っております。軍との調整がありますので」

 そう言うと、さっさと立ち去った。


 誰もいなくなった刑場に二人だけで残され、実季子はアルカスの方を見たが、彼は口を掌で覆って実季子を見つめたまま固まってしまっている。

 実季子も、暫く呆けたようにアルカスを見ていたが、謝らねばと思い出した。


 そうだ!

 私は、この国の皇帝を、思いっ切り侮辱したんだった!!!


「あの…………陛下。先程は……、その………陛下は悪くないのに、私。

 沢山の人の前で、あんな風に陛下のことを言ってしまって。

 本当に、申し訳ありませんでした」

 最後は、声が震えて、ちゃんとアルカスに聞こえたか分からない。

 さっき引っ込んだ涙が、また滲んでくる。


 ダメ、ダメ、ダメ

 泣いてはダメ


 もう、アルカスの方を見ていられなくて俯いて顔を赤くして、鼻を啜っていると、足元が翳る。

 見上げるとアルカスが実季子の目の前に立っていて、大きな手でなみだを拭ってくれた。

 アルカスは腰をかがめて、実季子の顔を覗き込むようにして目線を合わせると、低い声で囁いた。

「ミキコ」

 零れた涙を指先で拭って恐る恐るアルカスの方を見る。

 目の周りをほんのり赤くして、実季子を見つめながら、アルカスは囁くように言った。

「ミキコ、ありがとう」


 アルカスは、そっと実季子の手を取ると、ゆっくりと城に向かって歩き始める。

 繋いだ手が暖かくて、なんだかくすぐったくて、でも心地良くて、城に戻ってアルカスがそっと手を離す時も、離れがたかった。




***


 その日の夜は、気が張っていたからなのか、実季子は夢を見た。

 夢に家族が出てきて、実季子に言う。

「一体どこに行っているの?いつ帰ってくるの?」

「いつまでも他所に行ってないで、はやく帰っておいで」

「お前、何にも言わずに居なくなるから、心配したんだぞ」

 実季子は、一生懸命に説明しようとするのに一言も喋れない。

「実季子どうした?ちゃんと話さないと分からないじゃないか」

「みっちゃん、早くこっちにおいで」

 母が、腕を広げて待っている。

 なのに、実季子は声が出ない。

 一生懸命、家族のもとに行こうと足を動かすのに距離が縮まるどころか、どんどん離れていく。

“お父さん、お母さん、お兄ちゃん達!“

 心の中で、懸命に叫ぶけれど喉からはヒューヒューと息が漏れるだけだ。

 そして、どんどん距離が離れてみんなが見えなくなってしまう。


 夢を見て、泣きながら眠る実季子の部屋に、そっと扉を開けて大きな影が入ってくる。

 実季子の寝顔に涙の跡を見つけると、そっと大きな手で拭った。

 そして、泣きながら眉間にしわを寄せたまま眠っている、実季子の頭を優しく撫ぜる。

 散り散りに広がっている黒髪を何度も撫ぜて、実季子の呼吸が深く安らかになったのを確認すると、その人物は、音も立てず、そっと扉をくぐって出ていった。

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