命の重み2
最初は低い声で話していたのに、どんどん怒りがヒートアップして、最後は怒鳴ってしまった。
やってしまったと思ったときには遅かった。
間違ったことを言ったとは思っていない。
けれど、民衆の面前で、事もあろうか彼らの帝国の皇帝を怒鳴ってしまったのだ……。
実季子は、青くなって固まった。さっきの勢いは何処に行ったのか……。
アルカスの、顔もまともに見れない。
陛下が悪いわけじゃ無いのに、あんな風に詰るなんて
何て自分は大人げないんだろう
そう思うと恥ずかしくて、悔しくて、気持ちがぐしゃぐしゃだ。
くちびるを噛みしめて涙が出そうなのを必死でこらえた。
絶対に泣いてはいけない。私は、泣いて良い立場にない。
両手を体の横で握りしめ、くちびるを噛んで、青くなっている実季子の所に、エラトスが大股でやってきた。
また、詰られるなと思った。
エラトスには、出会ったときから少しも良く思われていない。
しかも、今回は彼の大事な兄を、多く集まっている民衆の前で侮辱してしまったのだ。
エラトスの大きな手が伸びてきたときには、ギュッと歯を食いしばった。
張り手が来ると思ったのだ。
しかし、エラトスはその大きな手で、実季子の肩をバンバン叩いて、愉快そうな声で言う。
「あんた、ただ小さいだけかと思ったら、やるじゃないか!」
そして、ハハハハハと大きく笑いながら、去って行った。
何?
今の?
叩かれた所がジンジンする。
訳が分からない実季子は、振り返って去って行ったエラトスの背中を見つめていたが、隣からハァ〜ッと、大きなため息が聞こえてその方向に首をひねった。
眉を八の字にして、苦く笑いを口端に浮かべて、シメオンが実季子を見ていた。
「ミキコさま、ありがとう御座います。
兄として、妹のことを守ってくださった貴女に、家長である父に成り代わり宣言いたします。
我がキラート家は、終生貴女様に忠誠をお誓い致します」
深く膝を折り、実季子の手の甲に額をつけた。
そして、立ち上がってアルカスの方を向くと、礼をとる。
「では、陛下。私はお先に城に戻っております。軍との調整がありますので」
そう言うと、さっさと立ち去った。
誰もいなくなった刑場に二人だけで残され、実季子はアルカスの方を見たが、彼は口を掌で覆って実季子を見つめたまま固まってしまっている。
実季子も、暫く呆けたようにアルカスを見ていたが、謝らねばと思い出した。
そうだ!
私は、この国の皇帝を、思いっ切り侮辱したんだった!!!
「あの…………陛下。先程は……、その………陛下は悪くないのに、私。
沢山の人の前で、あんな風に陛下のことを言ってしまって。
本当に、申し訳ありませんでした」
最後は、声が震えて、ちゃんとアルカスに聞こえたか分からない。
さっき引っ込んだ涙が、また滲んでくる。
ダメ、ダメ、ダメ
泣いてはダメ
もう、アルカスの方を見ていられなくて俯いて顔を赤くして、鼻を啜っていると、足元が翳る。
見上げるとアルカスが実季子の目の前に立っていて、大きな手でなみだを拭ってくれた。
アルカスは腰をかがめて、実季子の顔を覗き込むようにして目線を合わせると、低い声で囁いた。
「ミキコ」
零れた涙を指先で拭って恐る恐るアルカスの方を見る。
目の周りをほんのり赤くして、実季子を見つめながら、アルカスは囁くように言った。
「ミキコ、ありがとう」
アルカスは、そっと実季子の手を取ると、ゆっくりと城に向かって歩き始める。
繋いだ手が暖かくて、なんだかくすぐったくて、でも心地良くて、城に戻ってアルカスがそっと手を離す時も、離れがたかった。
***
その日の夜は、気が張っていたからなのか、実季子は夢を見た。
夢に家族が出てきて、実季子に言う。
「一体どこに行っているの?いつ帰ってくるの?」
「いつまでも他所に行ってないで、はやく帰っておいで」
「お前、何にも言わずに居なくなるから、心配したんだぞ」
実季子は、一生懸命に説明しようとするのに一言も喋れない。
「実季子どうした?ちゃんと話さないと分からないじゃないか」
「みっちゃん、早くこっちにおいで」
母が、腕を広げて待っている。
なのに、実季子は声が出ない。
一生懸命、家族のもとに行こうと足を動かすのに距離が縮まるどころか、どんどん離れていく。
“お父さん、お母さん、お兄ちゃん達!“
心の中で、懸命に叫ぶけれど喉からはヒューヒューと息が漏れるだけだ。
そして、どんどん距離が離れてみんなが見えなくなってしまう。
夢を見て、泣きながら眠る実季子の部屋に、そっと扉を開けて大きな影が入ってくる。
実季子の寝顔に涙の跡を見つけると、そっと大きな手で拭った。
そして、泣きながら眉間にしわを寄せたまま眠っている、実季子の頭を優しく撫ぜる。
散り散りに広がっている黒髪を何度も撫ぜて、実季子の呼吸が深く安らかになったのを確認すると、その人物は、音も立てず、そっと扉をくぐって出ていった。




