第37話 リンドー空襲
第37話です。
5月20日午前7時。
カーリス半島にほど近い都市リンドーにスカリー帝国の魔の手が迫っていた。
〈都市リンドー〉
「交代の時間だぞ、ほれ」
「おう。ご苦労さん」
城塞都市でもあるリンドーをぐるりと囲む城壁にいる兵士達は、皆眠たげな顔をしながら交代の兵士からもらった堅パンと水を受け取った。
「どうだ、今日も大併洋は平和か?」
「あぁ、海だけじゃない。陸も水平線の向こうまでずぅーっと何にもないさ。暇なもんだよ」
「いいじゃないか。暇で結構。ここで8時間突っ立ってるだけで給金が貰えるんだぜ?」
交代に来た兵士からそう言われて不服そうな見張員は言った。
「俺は戦場で手柄を立てたいんだよ。こんな内地で…」
その言葉を遮るかの様に別の兵士が声を上げる。
「おいッ!なんだありゃ!?」
指差す方向と角度に目を向けるとそこには遥か彼方の高高度を飛行する鋼鉄の鳥がいた。その数30機。
皆口をポカンと開けていたが、年長の兵士が慌てて空襲警報を鳴らし始めた。友軍ではないことは明らかだったからだ。
「空襲警報ー!!!空襲警報だぞー!!!総員起床!持ち場に就け!」
兵舎では寝ている兵士達を当直がタライに木の棒を叩きつけながら起こし周り、リンドー中心部の政庁ではここの主が起床を促されていた。
「閣下。おやすみのところ失礼致します。直ちに防空壕へ避難なさいませ」
「起きておる。俺様の軍服を持て」
そう言って普段着のまま寝室から出てきたのは、白くなっているが整えられた髪に、年齢のわりに弛んでいない身体。武人ですと言わんばかりの鋭い眼光を持つ初老の男だった。
それがアンドレ・ド・レーネンスキー伯爵という男だった。
「閣下!危険です。こんなにも大きい爆撃機が迫っておるのですぞ!」
レーネンスキーの側近が軍服を侍従に受け渡しながら、身振り手振りで説明する。
しかし彼は取り合わなかった。
「王国四貴族派閥の中で武闘派アンドレと言われたこの俺様だぞ?爆撃機如きに怯えて壕に逃げ込めと言うのか」
侍従が着付けようとする手を払い除けながら自ら軍服を着用したレーネンスキーは大股で政庁の最上階へと歩を進める。
「俺様の私兵部隊を出せ。滑走路は使えるな?」
「もちろんです」
「レウリウムを上げろ。あれもそろそろ手柄を立てたがってる。それと各地区の消防団も出動用意させろ。被害は最小限にするのだ」
的確に指示を出しつつ、着いたテラスを改築した指揮所で彼は遠くの空から接近する超大型爆撃機に目を奪われた。
「あれです。到着まで残り5分ほど」
指揮所付きの正規軍人の佐官が敬礼をしながらレーネンスキーを迎える。
だが彼は先程言っていたことを何処かへほっぽり投げてその佐官の肩を押し退け、テラスの柵まで駆け寄って身を乗り出す。
そして恍惚とした顔で言った。
「素晴らしい…!」
「は?今なんと?」
思いがけないレーネンスキーの発言に一同が首を傾げる。
「分からんのか?見よ。あの堂々としたフォルム。飛行高度。大量の爆弾を抱えているであろうあの腹。…素晴らしいッ!!敵とはいえ、よくあんな物を実戦に投入するとは!!!」
危険極まりない物が近づいているというのにこの戦闘狂は…という思いを共有する部下達には目もくれず、レーネンスキーは両腕を天空の鳥に向けて伸ばす。
「あれを墜とせば大手柄間違い無しだ…!王都にふんぞりかえるスヴェーロフとレドニールめも驚くだろう!…全部隊へ通達!あの鋼鉄の鳥を落とした者にはなんでも褒賞を取らす!奮って撃ち落とせとな!!!」
〈スカリー帝国軍戦略爆撃機MI-3〉
「現在高度8000。目標都市リンドーへの爆撃コース良好。爆弾槽、オープン」
若い機長が淡々と部下に命令を下しながら操縦桿を右に微調整する。これで進路は整った。
機長席に座る彼の全身を震わせる爆弾槽の開く音はまるで母親の子守唄のようだ。
「良い音だ。…さぁ、殲滅の時間だ」
カッと目を見開いたと同時に、爆撃手が秒読みを開始する。
「10、9、8、7、6、5、4、3」
静かに読み上げられる数字で自分達がより一層興奮していることがわかる。
すると機銃手や航路士がその興奮に耐え切れずに大声をあげる。
「喰らえルンテの犬共!」
「帝国に勝利を!」
「勝利を!」
そして。
「投下!投下!!投下!!!」
巨体から降り注ぐ爆弾は遠くから見るとまるで鉄のカーテンであり、カーテンの生地の中身はただ焼き尽くす為の焼夷弾だった。
主目標はリンドー全土。全てを焼き、破壊するのだ。
「ウヒョー!綺麗じゃねぇか!」
「ハッハー!」
10機のMI-3の編隊通信は燃え出したリンドーを見た搭乗員達の歓喜で一杯だった。
「「「帝国に栄光あれ!!!」」」
〈都市リンドー〉
「対空砲、何をやっている!」
「届かないんですよ!高度8000の相手にどうやって当てろと!?」
「滑走路が燃やされた!」
「発進中のM-2もやられたぞ!」
「伯爵の御子息、レウリウム様のR-111は!?」
「大丈夫だ、無事に空に上られたぞ!」
レーネンスキーが居る指揮所は運良く爆撃を免れたが、滑走路に工場地域、住宅街が手酷く被害を受けた。
つまり、リンドーの都市機能は事実上壊滅したのだ。
各地区に待機させていた消防団も必死に消火作業を行っているだろうがこれだけ広範囲を燃やされては手に余る。
燃え盛るリンドーの城下を睨みつけながら、レーネンスキーは歯軋りをした。
「やるではないか…帝国軍め…よくも俺様の城をこんなにしてくれたな…おいッ!R-111に繋げ!」
そう言って佐官が寄越した受話器を引ったくって彼は彼の息子に直接命令を下した。
「ホクスヘン少佐、レウリウムに伝えろ!あのデカイ面をした鳥を墜としてこい!出来たらお前に家督を譲ってやると確約しよう。欲しいだろ?レーネンスキー家の財産、権利が!!」
〈R-111〉
「って言ってるけど、どーすんのレウリウム!」
「了解。…その言葉、忘れんなよ。親父殿!!」
お付きであり、航法・通信を担当するリサ・ホクスヘン少佐越しに怒鳴り返したレーネンスキーの息子、レウリウム・ド・レーネンスキー少佐(25歳)は機首をさらに起こして天高く舞って行った。
都市リンドーはレーネンスキー伯爵領として長年当家に使用されてきました。
ルンテシュタット王国に編入されてからは大規模な補給基地、航空基地として活躍しています。




