第36話 ルートランド共和国
第36話です。
激戦が繰り広げられている北オストメニア大陸から、遥か南西に位置する民主主義国家があった。
名を、ルートランド共和国と言う。
1763年に建国されたこの国は、好奇心と冒険心に富むと言われる国民2億7000万人によって成り立っており、徹底した効率化に育てられた産業は世界随一と言われている。
元々はオストメニア大陸西方に存在するアルフォードから流れ着いた海賊たちの根城として恐れられた土地だったが、やがて国家の形態をとり始め、産業革命の時期と合わせて急速に成長した。
今では国土を広げ、大規模な海軍力を駆使した貿易や集団安全保障政策を取る「外向き」の国家である。
さて、そんな巨大経済国家でもあるルートランド共和国政府にある報せが届いた。
“ルンテシュタット海軍敗れる”
〈ルートランド共和国首都・ハルトランドD.F〉
首都ハルトランドの小高い丘には、アルスターズヒルと呼ばれる白亜の城が存在する。かつては貿易商の邸宅として使われていた城だったが、現在は改修されて大統領官邸となっている。
二階から中庭を望むオフィス、そこの大統領のみが座ることを許される椅子に腰掛けるのは、齢67歳のジョナサン・オークランドだった。彼は10歳の孫娘であるローリーの写真を暖炉の上に置くと、海軍から送られてきた報告書に目を通す。
「今のところ、風はスカリー帝国に吹いているらしい。どう思うかね、プリンストン君」
「由々しき事態だと思われます。彼らが勝利することは絶対に阻止せねばなりません」
話を振られたプリンストンことニールス・プリンストン国防長官はキッパリと言い切った。
「海上戦力においてはスカリーがやや優勢、陸でも決してルンテシュタット優位とは言えない。この状態では、いずれスカリーを利する結果になりかねない。どうするべきか……」
オークランドは眼鏡を外しながら、5歳歳下のプリンストンに意見を聞く。
「私は彼ら王国海軍が無能とは思いません。アルワラ本島沖海戦も、カーリス海海戦もたまたま若造2名が指揮を執っていただけのこと。本命のイッヒラルド中将は未だ戦場に出ておらず、いざとなればドクトラ元帥やギュース元帥など人材は豊富です。ここで我々も参戦すれば帝国の後背を突けるでしょう。間接アプローチ戦略に固執せず、直接、一気に叩くべきです」
そう胸を張ってプリンストンは言う。
艦隊派の彼からすれば、戦闘機でしっかりカバーしてやれば、戦艦が航空機の落とす魚雷ごときで沈むわけがないと信じきっているのだ。
一連の海戦で沈んだアレクサンダー級戦艦はエアカバーが貧弱な状態であり、対空兵装も巡洋艦とどっこいどっこい。さらに言えば、戦艦と言えども我が軍が保有するそれには足元にも及ばない大型巡洋艦規模だった。
スカリーの参戦で既にルンテシュタットは危険な状態であることは当然だが、オストメニア大陸の西に存在する大国アルフォードの行動も気になっている。
彼らはどこの国も建造したことのない、51㎝砲を搭載した戦艦を建造中であるとの情報もある。ルートランドも51㎝砲戦艦3隻の発注を済ませてあり、うち1隻が起工されたが、それだけでは不安材料を拭い去ることはできなかった。
彼が今出来るのは、どれだけ反戦派の大統領と国民を鼓舞出来るかだ。今のうちにスカリーを挟撃すれば、彼らに二正面作戦を強いることができ、勝利すればルートランド東部に広がるスカリーの影響力も排除できる。
しかし、ここで民主主義国家最大の弱点がプリンストンの行手を阻む。
「……ならば両海戦は置いておこう。私は軍事の専門家では無いからな。だが民意はどうだね? 国民は参戦を望んでいるだろうか?」
「それは………」
「君も知っての通りだろう。国民は両洋艦隊政策にも不満を抱いている。戦艦や空母を作るより福祉に投資しろ、とな」
現在ルートランド国民の7割は反戦派だった。
それを誰よりも気にしていた国防長官は押し黙る。
「とにかく、参戦するもしないもまだ決めかねる。無能な王国の為に我々までもが巻き添えを食らう道理はない」
「……了解致しました、大統領閣下」
国民は状況を理解していない。どうにかして国民の士気を鼓舞する状況を作り出さねば──
そう思わざるを得ないプリンストンだった。
〈海軍作戦本部〉
「大統領は戦う気はあるのか!?」
出されたコーヒーがカップから溢れそうになるほど机を叩いたプリンストンに対し、部屋の主は呆れ顔で応対していた。
「長官……今貴方が叩いた机も溢しそうになったコーヒーも全て国民の血税で購入した物です。物に当たる為にいらしたならお引き取り下さい」
“国民の血税”の部分を強調して言ったのは海軍作戦本部長のシャノン・ディケーター元帥である。
美しい長髪とパイロット時代から保ってきた美貌はとても54歳には見えない。
そして正反対にストレスで頭頂部が寂しくなり始めてきている国防長官は、彼女が物に当たっている自身への怒りに首をすくめた。
「……すまない、元帥。ついカッとなってしまってな」
「で、ご用件はなんでしょうか? あたし…いえ、小官も忙しいのです。これでも広報に軍務に…」
早く帰ってくれと言いたいのをギリギリ抑え込んでいるのを察したプリンストンは慌てて用件を伝えた。
「元帥、確かに私に主な用件はない。ただ1つ懸念があってな」
「懸念?」
首を傾げるディケーターにプリンストンは言った。
「何故大統領はルンテシュタット王国と手を組んだのか、ということだ」
「それは……仮想敵国であるスカリー帝国の情報収集の為でしょう?何も怪しくはありません」
何を今更と言わんばかりのディケーターの回答にプリンストンは首を横に振る。
「では何故今日付けで国防レベルが3から2に上げられた?しかも、国民には内密で」
「デフコンなんてちょくちょく変わるものです。とはいえ、2というのは高すぎる。気になる事案ではありますが……」
「私が思うに、閣下は反戦派ではなく、主戦派なのではないか?」
「まさか」
あれほど民意が、国民がと言っていた大統領が主戦派?
そう脳裏をよぎったがよくよく考えてみると民主国家の主が大々的に主戦論を唱えるのは体裁が悪い。
まして国民は戦争に否定的であれば。
「オークランド閣下は機会を窺っている、ということでしょうか?それも国民が主戦論に湧き立つその瞬間を」
「私もその考えに至った。バザード級空母の増産計画と、51cm砲戦艦……もとい、アキネリア級戦艦の建造計画もアルスターズヒルの意向だということは知っているな?」
「ええ。アルフォードやスカリーへの対抗はもちろん、遥か西の輝蒼とディエサリカの緊張に伴う天然ゴム価格の異常な高騰。世界は戦争の道へ進もうとしているのは明白です。ルートもそれに乗じると?」
「そうだ。もはやオストメニア方面だけの話ではない。投資家はともかく、一般国民は不景気の原因が大統領の失策にあると信じている。戦争の影にはほとんど気付いていない。このままではルートランドが滅ぶぞ」
コーヒーを飲み干し、カップを受け皿に戻す音と同時にプリンストンは立ち上がった。
「とはいえ、今の我々は待つことしか出来ん。歯痒いがな」
愚痴を聞いてくれて感謝する、と付け加えて国防長官は退室した。
「………まさか、ね」
ディケーターは自身の思考に残ったその考えを端に寄せて業務を再開した。
この対話から6時間後、新たな情報が飛び込んできた。
“リンドー炎上”と。
南暦1936年5月20日のことである。
ルートランド共和国、ルンテシュタット王国に比べてしっかりしてますなぁ……(遠い目)
あと最近pvが増えて嬉しい限りです。
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