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第四部第二話:闇夜の追撃と、墓場の死闘

第四部第二話:闇夜の追撃と、墓場の死闘


――ルガーラ王国北西部、深山に佇む静寂な修道院。

普段は祈りと寂寥に包まれたその聖域は、いまや激しい叫声と肉の裂ける生々しい音に覆い尽くされていた。

「門を……! 門を押さえろッ! 亜人どもをこれ以上踏み込ませるな!!」

返り血と汗で泥塗れになったルガーラ王国の騎士が、太い喉を打ち鳴らして叫ぶ。

重厚な鉄飾りの木門が、外側から押し寄せる不気味な質量によってミシミシと悲鳴を上げていた。

修道院の奥深く、祈祷の間では、侍女のニコラが焦燥に満ちた面持ちでリサ王女の腕を強く引き寄せていた。

ニコラはリサと同年の十七歳。

幼少の頃から影の如く仕えてきた彼女は、怯えを必死に押し殺しながら、主の脱出の支度を急がせていた。

「姫様、門を突破されるのも時間の問題かと思われます! 地下の抜け道からお逃げください!」

防衛の指揮をとる傷だらけの騎士が、切迫した表情で進言する。

その鎧の隙間からは朱い血が滴り落ちていた。

「姫様、急ぎましょう! 一刻を争います!」

「……しかし、皆を残して私一人逃げるわけには参りません!」

リサ王女は透き通るような白銀の髪を揺らし、凛とした碧眼で騎士を見つめ返した。その気品ある容貌には、王族としての誇りと、臣下を排して自分だけが生き延びることへの強い拒絶が滲み出ている。

「姫様、お言葉ですが奴らの狙いは他ならぬ姫様ご自身に違いありません! 万一捉えられれば、死以上の酷い仕打ちを受けることになります……! ここは我々に任せて、早く!!」

「さあ! 参りましょう、姫様!」

ニコラはリサの細い手首を固く握り締め、半ば強引に彼女を先導して暗い地下道への階段へと走り出した。

背後で凄絶な破砕音が響く。

ついに大門が砕け散り、松明の火光に照らし出された無数のゴブリンたちが、濁った黄色い目をギラつかせながら修道院の中へと傾れ込んできた。

騎士たちは血煙を上げながら肉の壁となり、リサ王女の背後を死守する。

螺旋階段を駆け下り、湿った地下通路へと辿り着いた時には――後ろについてくる足音は完全に途絶え、付き従う者はニコラとリサの二人きりになっていた。


冷やりとしたカビ臭い空気が漂う地下通路。

燭台の僅かな火がゆらゆらと揺れる中、闇の奥からカサカサと不気味な足音が近づいてきた。

「キキッ……! 人間の女だ……ッ!」

既に地下へと侵入していた数匹のゴブリンが、鋭い爪を交差させながら飛び出してきた。

「姫様ッ!!」

ニコラは悲鳴を上げ、咄嗟にリサの前へと身を挺して立ち塞がった。

襲い来るゴブリンの歪んだ爪がニコラの首筋を割こうとした――その瞬間。

――シュパッ!!

暗闇の頭上から一閃、銀色の軌跡が走り、ゴブリンの太い首が宙を舞った。

鮮血が壁を濡らす間もなく、闇の中から身軽に着地した一人の青年がいた。

「こっちだ! 急いで!」

口元に不敵な笑みを浮かべ、身軽な革鎧を纏った青年――アルであった。

鋭い眼光と無駄のない身こなしは、明らかに一筋縄ではいかない修羅場をくぐってきた者のそれである。

リサ王女が安堵の息を漏らし、彼に従おうとしたその時、ニコラが力強く彼女の服の裾を引っ張った。

「お、お待ちください姫様! こ、この者は……盗賊です!」

「おいおい、お嬢さん。こんな切羽詰まった状況で何を言い出すんだ? 命の恩人に対して失礼じゃないか」

アルは肩をすくめ、手慣れた手つきで短剣の血を拭った。

「今はこの方を信じましょう。出口へ案内してくださるのですね?」

リサ王女は乱れたドレスの裾を整えると、泥と血に汚れてもなお失われない毅然とした表情で、アルの真っ直ぐな瞳を見つめ返した。

「そうこなくっちゃ! 賢いお姫様は助かるよ」

アルは口笛をひとつ吹くと、無造作に地下の宝物庫を通り過ぎ、さらに奥にある薄暗い「地下墓地」へと二人を導いていった。無数に並ぶ石造りの棺――その中で、一つだけ蓋が大きくずれて半開きになっている棺があった。

「さあ、早くその中へ飛び込んで!」

「な……なんで抜け道の存在なんて知ってるんですか!?」

ニコラが目を釣り上げてアルを詰問する。

「なんでって……そこから俺が入ってきたからに決まってるだろ?」

「呆れた……! やっぱり、この修道院の宝を狙ってきた泥棒なのね!?」

「堅いことは言いっこなしだ! 追手が来ないうちに潜るぞ!」

アルはニコラのお尻を強引に押し込み、続いてリサ王女を優しく手護りしながら棺の中へと滑り込ませた。

棺の底には斜面状の長い抜け道が続いており、三人は暗闇の中を滑り落ちていった。


湿った土の匂いとともに、長い地下道を抜け出た三人が辿り着いたのは、修道院の裏手に位置する山中の密林に隠された古びた墓場であった。

月明かりが鬱蒼とした木々の隙間から差し込み、苔むした墓石群を蒼白く照らし出している。

「ふふふ……やはりここから出てきましたか。抜け道の出口で張り込んでいた甲斐がありましたよ」

静寂を破り、墓石の陰からぬっと姿現したのは、黒いローブを羽織った不気味な男――亜人たちを束ねる謎の魔導士であった。

男の肌は病的なまでに蒼白く、その手にした杖の先には禍々しい紫色の魔力が渦巻いていた。

「ややや……これはまた、目ざといお客さんだこと」

アルが不快そうに眉をひそめ、短剣を構え直す。

「あなた……! まさか、この男とグルになって私たちをハメたんじゃないでしょうね!?」

ニコラがアルの背中に向かって憤慨の声を上げる。

「そんなわけあるか! 俺だってハズレくじを引かされて災難なんだよッ!」

「……二人とも! 言い争っている場合ではありません!」

凛としたリサ王女の一喝が響き渡る。

その威厳に気圧され、思わず口をつぐんで我に返るアルとニコラ。

「くっくっく……仲良しこよしはそこまでだ。王女殿下、大人しく我らにお召し捕られよ」

不気味な魔導士が低く笑いながら杖を地面につくと、周囲の樹木や墓石の影から、ずるりと無数の影が這い出してきた。

赤く光る眼光、鋭い牙、手に持った錆びた鉄くずの刃――百を超えるゴブリンの大群が、墓場全体を隙間なく包囲していた。

絶体絶命の夜の闇の中、アルの手に握られた短剣が、月光を受けて冷たくギラりと光を放った。

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