第四部第十八話:暴走する愛憎と、暴かれた虚構
第四部第十八話:暴走する愛憎と、暴かれた虚構
「――――離れろーッ!!」
聖なる塔の最上階に、裂けるようなリサの叫びが轟いた。
その身体から爆発的に放たれた純粋なる邪王力の衝撃波が、アルに跨がりかけていたマルグレートの身体を力任せに吹き飛ばした。
「くっ……!?」
漆黒のドレスを乱しながら、石畳の上を激しく転がるマルグレート。
「おのれ……よくも儀式を乱してくれたなッ!」
事態の狂いに激昂した大神官クーリッジが、金の聖杖を掲げてリサへ攻撃を加えようと踏み出した。しかし――。
「邪魔だ」
リサが氷のように冷酷な碧眼で一睨みした瞬間、不可視の重圧がクーリッジの全身を襲った。
――ドドォォォンッ!!
「ぶはっ……!?」
防御障壁ごと粉砕されたクーリッジは、生身のまま数十メートル先の分厚い石壁へと激突し、壁に巨大な亀裂を刻み込みながら崩れ落ちた。
「殺してやる……絶対に許さない……!」
白銀の髪を狂乱に逆立て、瞳に暗紫色の邪光を宿したリサは、もはや神聖な王女ではなく「邪悪の化身」そのものであった。
彼女の怨念に満ちた殺意は、ただ一筋、倒れ伏すマルグレートへと向けられていた。
ゆらり、と歩み寄るリサ。その圧倒的な殺気に、さのマルグレートの顔にも焦燥と恐怖の色が浮かび上がる。
「――よせ! やめるんだ、リサッ!」
その惨劇の直前、全身傷だらけのアルが膝を折りながらも立ち上がり、マルグレートの前にその身を挺して立ちはだかった。
「……アル? あなたまで……その憎い女の味方をするのですか……!?」
リサの瞳に深い悲哀と狂気が混ざり合う。
「違う! コイツは……コイツの息の根は俺が止めてやる! だから君は、これ以上手を汚すんじゃないッ! 君の敵は、どいつもこいつも俺が全員殺してやるからッ!!」
アルの喉を割らんばかりの絶叫。
血を吐きながらも自分を守ろうとするアルの言葉に、リサの顔に一瞬、可憐で愛おしそうな笑みが浮かんだ。
「ふふふ……嬉しい……。ありがとう、アル。ですが……この女だけは、私の手で引導を渡さなければならないのです。……父を誑かし、我がルガーラ王国を乗っ取ろうとした悪毒な女狐め……ッ!」
憎悪に歪むリサの顔。だが、その言葉を聞いたマルグレートは、突如として高らかに嘲笑い始めた。
「――アハハハハハハッ! 何を血迷った戯言を言っているのですか、この愚かな小娘がッ!」
「なに……!?」
「国を乗っ取ろうと企んでいるのは、ルガーラとセルバの神官どもよ! そしてあなた自身が、奴らの甘言に騙された哀れな操り人形(傀儡)になっているのですよ! 私と陛下は……心から愛し合っているのです! 国を乱し、平和を壊そうとしているのは……あなた自身なのよッ!」
マルグレートの言葉は毒のように鋭く刺さった。
天導教団の神官たちが、王室の不和を利用してリサ王女を聖女として担ぎ上げ、マルグレートを「悪女」に仕立て上げることでルガーラ国政の中枢を乗っ取ろうと画策していた――それが、隠されていた醜い真実であった。
「私が……神官たちの……手先……? 私が……国を……?」
信じていた正義が足元から崩れ去る絶望。
リサの胸を占めていた凄絶な憎悪が霧散すると同時に、彼女を動かしていた邪王力が一気に途切れ、光を失った。
「今の話は……本当なのか……!?」
アルが背後のマルグレートに問う。
「そうよ。リサは洗脳され、まんまと神官どもの口車に乗せられていたのよ」
すべてを失ったリサは、糸が切れた人形のように意気消沈し、その場に膝から崩れ落ちた。
アルは咄嗟に腕を伸ばし、震える彼女の華奢な肩を優しく抱きよせた。
しかし――事態が収束したと思ったその時。
「……ですが。やっぱり、あなたは死になさい」
マルグレートの氷のように冷たく、歪んだ殺気を孕んだ双眸が、アルの腕の中で項垂れるリサを見下ろしていた。
王国の実権を握るため、真実を知る正統な王女をここで始末することに、彼女の迷いは微塵もなかったのである。




