第四部第十七話:狂乱の反転と、天を裂く咆哮
第四部第十七話:狂乱の反転と、天を裂く咆哮
天導教団の『聖なる塔』の最上階。
吹き抜けの天井からは、王都中から集められた莫大な「聖王力」が神々しい黄金の球体となって浮遊し、圧倒的な光と圧力を放っていた。
クーリッジによって連れ出されたアルとリサ。
クーリッジは手にした秘術の短杖を振りかざし、抵抗するリサを球体の真下、中央の陣へと強引に立たせた。
――ガァァァァンッ!!
眩い光の奔流がリサの身体へと一気に流れ込んでいく。透き通るような白銀の髪が光を孕んで輝き、碧眼には神聖な光彩が宿る。膨大な聖王力を内に満たしたその立ち姿は、まるで天から降り立った美しくも神々しい女神そのものであった。
「……ハハハ! 見よ、この完璧な美しさを!」
クーリッジは両腕を広げ、恍惚とした表情で誇らしげに語った。
「この娘の中に封じ込めた純粋なる聖王力を、感情の極限によって『邪王力』へと反転転換させるのだ! 正と負の相克……一度反転した聖王力は、もとの何倍もの破壊的な邪王力となって解き放たれるのよ!」
「……そんな無茶な真似が……可能なのか……!?」
イバラの傷と毒に塗れ、床に膝をつくアルが声を振り絞る。
「フフフ、だからこそお前をここまで生かしておいたのだよ、小僧!」
クーリッジは懐から鉄球に鋭い棘のついた重厚な武器『フレイル』を取り出すと、迷わずアルの脇腹へと力任せに殴り飛ばした。
――グシャッ!!
「がはっ……!!」
激しい金属音とともにアルの体は石畳を転がり、血を吐き出した。
「フハハハ! リサ王女よ、私を憎むがよい! 男の無残な姿をその目に焼き付け、心を狂気の憎悪で満たし、その身を邪王力で満たすのだッ!」
冷酷な拷問が繰り返される。血を流し、呻き声を上げるアル。
しかし、リサは唇を噛みちぎらんばかりに耐え抜いた。
アルへの愛と信頼、そして己の強い精神力によって、感情の暴走を抑え込んでいたのだ。
リサを満たす聖王力は、不純な邪気に染まることなく、依然として神聖な黄金の輝きを保ち続けていた。
業を煮やしたクーリッジは苛立ちを露わにし、フレイルを振り上げた。
(チッ……頑なな女だ。いっそこの小僧を完全に殺してしまおうか……)
「――何をやっておるか、手緩いぞクーリッジ!」
冷ややかな嘲笑とともに、廊下の闇から現れたのは、漆黒のドレスを身に纏ったルガーラ王妃マルグレートであった。
クーリッジの拷問に感情を乱さなかったリサであったが、冷徹な野望を燃やすマルグレートの姿を目にした瞬間、その美貌が悔しさと憎悪で僅かに歪んだ。
「これはこれは王妃様。……フン、なかなか強情な姫君でしてね」
「ふん、不甲斐ない奴め。私に任せてみよ」
マルグレートは艶めかしい脚取りで倒れ伏すアルへと歩み寄ると、膝をついた。
その白く滑らかな手先が、血と汗に塗れたアルの胸元から首筋へ、そして滑らかな皮膚へと湿り気を帯びて撫で回していく。
「ん……くっ……やめ……」
意識が朦朧とするアルの顎を掴み、マルグレートは躊躇なく己の紅い唇を重ね合わせ、無理やり深悪な口付けを交わした。
熱く粘ついた舌がアルの口内を犯していく。
それだけに留まらず、マルグレートは妖しい笑みを浮かべながら、その細い手をアルの下半身へと伸ばした。
着衣を乱暴に肌から滑り落とすと、迷うことなくその口で淫らに愛撫を始めたのだ。
「あ……く……ッ!?」
抗う術のないアルの背筋を、耐え難い官能と屈辱の熱が駆け上がる。
そしてマルグレートは、そのまま乱れたドレスの裾を捲り上げ、快楽と恐怖に苛まれるアルの身体へと跨がろうとした――その瞬間のことである。
――――グラアアアアアアアアアアアッ!!!
愛する男が目の前で身も心も冒涜されるという、あまりにも過酷な狂気。
リサの胸の奥で、何かが音を立てて弾け飛んだ。
彼女の口から解き放たれたのは、可憐な姫のものでは決してない、天地を激震させる凄絶な咆哮であった。
それはかつて世界を絶望の淵に叩き落とした「邪王カルシャード」そのものの怨嗟の叫びであった。
「――今ぞ! 解き放てッ!!」
クーリッジが歓喜の声を張り上げた。
――――ドドォォォォォンッ!!!
リサの肉体を触媒とし、反転・爆増した天天を穿つ黒紫の『邪王力』が、聖なる塔の最上階から全方位へと凄まじい衝撃波となって迸った!
天空を埋め尽くしていた数万の純白の天使たち。
彼女たちは神聖な輝きを失う間もなく、全身を襲った凄絶な邪王力の光を直接浴び、断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく一瞬にして漆黒の炎に包まれ、燃え尽きて灰へと変わっていった。
空から降り注ぐ黒い灰の雨。
さらには、その災厄の波動は王都全体へと急速に広がっていった。
盛大な婚姻の祝宴の真っ只中であったセルバの街並み。
さっきまで笑顔で祝杯を交わしていた無数の民や騎士たちが、頭を押さえて狂乱の悲鳴を上げた。
邪王力を浴びたことで理性が完全に破壊され、目の前の親友や家族に対し、狂ったように拳や刃を振るい、凄惨な暴力と殺戮の嵐を開始したのだ。
悲鳴と血煙が巻き起こる地獄絵図と化した王都。
その流血の混乱の中――絢爛豪華な婚礼衣装を血に染め、一人だけ狂気に満ちた笑みを浮かべて天を仰ぐ者がいた。
「偽りの王女」としてその場に立っていたニコラである。
ニコラの深層心理に潜んでいた魔王母メルフェレーンが、降り注ぐ極上の邪王力を全身で浴び、歓喜の叫びを上げて目覚めようとしていた。
世界が望む真の闇と狂乱の時代の幕が、ついに切って落とされたのである。




