第四部第十四話:聖塔の陰謀と、反逆の首領
第四部第十四話:聖塔の陰謀と、反逆の首領
セルバ王国の王都。
白亜の巨石で積み上げられた重厚な城門の前に、四つの影が立っていた。
旅の汚れと戦闘の痕跡を衣服に残した黒髪の義賊アル、素朴な革装束に身を包んだ真のリサ王女、巨木のごとき体を誇る半冥王族のブルド、そして深紫の法衣を纏った元七魔導士シーナである。
「我らはルガーラ王国リサ王女を護衛し参上した者だ。ゲイル王子、ひいてはセルバ国王陛下への緊急謁見を願いたい!」
アルが門頂の槍兵に向かって朗々と声を張り上げた。
だが、槍を構えた衛兵たちは互いに顔を見合わせ、あざ笑うかのような不快な表情を浮かべた。
「ハッ! 何を血迷った戯言を言っておるか、怪しい不審者どもめ! ルガーラのリサ王女殿下ならば、すでにゲイル王子殿下に救出され、無事に王宮へお入りになられているわ!」
門の脇から重厚な鉄甲冑を鳴らし、数十人の衛兵隊がゾロゾロと姿を現し、アルたちを扇状に包囲した。
「王女殿下の御名を騙る不届き者どもめ。取調べいたす! 大人しく武器を捨てて同行してもらおう!」
「お待ちください! この者たちの言うことは事実です! 今王宮にいらっしゃるのは、私の身代わりとなった侍女なのです!」
リサは一歩前に踏み出で、証明としてアルから受け取っていた「王家の指輪」を掲げようとした。しかし――。
「待て、リサ! 出すなッ!」
アルが素早く手を伸ばし、リサの腕を制した。衛兵たちの殺気立った目つきから、言葉で耳を貸す気など微塵もないことを瞬時に察知したからだ。
「ええい、問答無用! 捉えよッ!」
隊長の叫びとともに、鋭い槍の穂先が一斉に四人へ向かって突き出された。
「やれやれ……血気盛んな青二才どもめが。アルよ、ここはワシらに任せて一旦引くが良い!」
ブルドが豪快に鼻で笑うと、握りしめた極太の角杖を地へと叩きつけた。
――ガズゥゥゥンッ!!
凄まじい衝撃波が石畳を打ち砕き、襲いかかってきた数十人の衛兵たちを一瞬で宙へと跳ね飛ばした。
半冥王族の超人的な力と、シーナが放つ防御障壁の爆風。
「行くぞ、リサ!」
「ええ……っ! ブルド殿、シーナ殿、お命お大事に!」
手練れのふたりが城門前で大立ち回りを演じ、全兵力を引きつけている隙をつき、アルはリサの手を取って脱兎のごとく王都の裏路地へと駆け抜けたのだった。
「……くそっ、これからどうするかだな。城門であの様子じゃ、王宮に乗り込んでもハエ叩きみたいに潰されるのが落ちだ」
物陰に身を潜めながら、アルは眉間を揉んで思案を巡らせた。
すると、隣で息を整えていたリサが決意のこもった碧眼を見上げた。
「……『聖なる塔』へ向かいましょう。あそこにいらっしゃる大神官クーリッジ様なら、私の言葉を信じてくださるはずです」
他に行き場のないふたりは、王都の北西に高くそびえ立つ天導教団の聖地「聖なる塔」へと向かった。
白磁の彫刻と神聖な光に満ちた大聖堂の奥。
白銀の刺繍が施された高貴な神術衣を纏い、太い白髭をたくわえた大神官クーリッジは、ふたりを快く静寂の奥の院へと迎え入れた。
クーリッジは胸元の聖印を光らせ、リサの瞳を見つめながら真実を看破する神聖術式『真眼の光』を照射した。
「……おお、間違いありません。あなた様こそが正統なるルガーラのリサ王女殿下……。偽者の奸計に惑わされず、ようこそおいで下さった」
クーリッジの言葉に、リサは胸を撫で下ろした。
(この術を使えば……王宮にいるニコラが偽者であることも、簡単に証明できるはず……!)
アルは即座にそう考えた。
しかし、現実はそう甘くはない。
神聖術式による真偽看破は万能ではないのだ。
強い魔力や呪縛を帯びた「強固な偽り」、あるいは本人が心の底から真実だと信じ込んでいる「自己暗示の嘘」は見破ることができない。
何より、王国の貴賓であり、将来的には王妃となる尊い存在に対し、不躾に真偽の術を試すこと自体が、天導教団および国家に対する重大な冒涜とみなされるのだ。
「旅の疲れもおありでしょう。まずは塔の深部にて、温かい茶と休息をお取りくだされ」
温和な笑みを浮かべたクーリッジの案内を受け、アルとリサは静かな石造りの廊下を奥へと進んでいった。
に
静まり返った聖塔の最奥廊下。
前を歩くクーリッジの背中を見つめていたアルは、ふと鼻先をピクピクと蠢かせた。
「……おい、大神官様よ」
歩みを止めることなく、アルが低く呟いた。
「俺はな……野良犬並みに人より鼻が効くんだ。普通の人間じゃあ絶対に感じ取れねぇ『微かな匂い』だって解るんだぜ」
「……ほう?」
クーリッジが足を止め、ゆっくりと振り返った。その穏やかだった瞳から、一瞬にして温度が消え去っている。
「アンタの着物の袖口から……僅かだが、あの地底神殿でニコラの体に塗りたくられていた『あの香油』の匂いが漂ってんだよ。天王界の偉い神官様も、魔王族の残党どもと同じ麻薬入りの妖しい香油を使うのかい……?」
アルの辛辣かつ決定的な指摘。
次の瞬間、クーリッジの顔から温和な仮面が完全に剥ぎ取られた。
――ガァァァンッ!!
クーリッジが手にした金の聖杖を力任せに床へ叩きつけると、石畳の隙間から太い蛇のような刺だらけの黒いイバラが噴出!
油断なく身構えていたアルであったが、足元から爆発的に伸びたイバラの檻に四肢を絡め取られ、宙へ吊り上げられた。
「なッ……アル殿!?」
「くっ……しまっ……!」
イバラの棘から注入される麻痺毒に、アルの全身から力が失われていく。
驚愕に目を見開くリサ王女の背後へ、クーリッジは影のように瞬時に回り込み、彼女の華奢な腕を力任せに背後へ捻り上げた。
「うあッ……!」
「大人しくしていただきましょうか、王女殿下。……さもなくば、その生意気な小僧の命は保証できませんぞ」
「アル……ッ! 放しなさい、クーリッジ!」
リサは拘束され、アルも強力な闇の封印術によって完全に動みを封じられ、聖塔の地下牢へと叩き落とされた。
鉄格子の向こう側で、クーリッジは神術衣の袖を整えながら、冷酷極まる笑みを口元に浮かべた。
「……何を驚かれる。私こそが、貴方方が追い続けていた『Anti Angel Army(AAA)』の真の首領にございますよ、王女殿下」
「あなたが……AAAの……!?」
「フフフ……偽りの王女とゲイル王子との華々しい婚儀が執り行われるまで、ここで静かにお待ちいただきましょう。世界が我らが望む真の混沌へと塗り替えられるその時をね」
高笑いとともに立ち去ろうとするクーリッジ。
だが、その去り際の冷徹な笑みの奥に――リサはなぜか、この世の全てを絶望しきったかのような、あまりにも深い『悲しみ』の影を見た気がした。
分断された仲間たち、捕らえられた真の王女、そして着々と進む偽りの婚姻。
絶望の暗雲が、セルバ王国を完全に覆い尽くそうとしていた。




