第3話 待ってたわよ
第一章 1時間だけ、おばあちゃんと暮らすことになりました。
桜が咲く頃
うめさんの家に初めて訪問してから、みほは何度も足を運ぶようになった。
もちろん仕事だから。
最初はそう思っていた。
「こんにちは」
インターフォンを押すと、いつものように優しい声が返ってくる。
「みほさんね。待ってたわよ」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
たんぽぽが綿毛を風に乗せた日
庭には白い小さな花が咲いていた。
「これはなんですか?」
みほが聞くと、うめさんは嬉しそうにしゃがんだ。
「これはね、マーガレット」
「かわいいですね」
「昔はね、もっとたくさん植えてたのよ」
うめさんは花の話を始めた。
みほは時計を見るのを忘れていた。
バラが咲き始めた頃
「これ、持っていきなさい」
帰り際、うめさんが小さな花束を渡した。
「え、いいんですか?」
「庭に咲いてるんだもの。見てもらえる方が花も嬉しいわ」
家に帰って、花瓶に飾った。
仕事から帰って疲れていても、その花を見ると少しだけ呼吸が楽になった。
紫陽花が色づき始めた日
「みほさん、甘いもの好き?」
「好きです」
「よかった」
机の上にはシュークリームが二つ。
「お客様にこんなの……」
みほが遠慮すると、うめさんは笑った。
「もうね、保険の話より花の話ばっかりしてるわね」
「……そうですね」
二人で笑った。
ある日。
みほがいつものように訪問すると、玄関の横に小さな写真が置いてあった。
「これ……?」
見ると、若い頃のうめさんと、一匹の犬。
「昔飼ってたの」
「犬……好きなんですか?」
「好きよ」
うめさんは写真を撫でた。
「家族だったもの」
その言葉に、みほは少し驚いた。
「私も犬飼ってるんです」
「まあ!」
初めて、自分から話した。
「チワワのモネっていうんです」
「チワワ?かわいいじゃない」
うめさんは目を輝かせた。
「今度写真見せて」
みほはその日、初めて仕事とは関係のない自分の話をした。
その日から。
みほは訪問の日が少し楽しみになっていた。
仕事へ行くためではなく。
花を見るため。
お茶を飲むため。
そして……
「こんにちは」
と言った時に、
「待ってたわよ」
と言ってくれる人に会うため。




