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吸血鬼さんと傘持ちくん  作者: 暮芳 抽人


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2話


「お嬢様、本日は王国騎士団から護衛騎士が到着する日です」

 朝食を終えた頃、リオンが紅茶を差し出しながらそう告げた。

「そういえば、今日だったわね!」

 最近、魔族への護衛を増やす方針になったとの事で王国から追加で護衛を付けることになった、と。

 今は傘持ちのリオンを含め、屋敷にいる護衛は二名である。ただ、お父様の付き人なので屋敷にいることは少ない。

「どんな人たちかしら」

「さあ。書類では二名派遣としか」

 リオンが肩を竦める。

「仲良くなれるかしら」

「……お嬢様ですから、大丈夫でしょう」

 リオンがティーポットを置いた。

「その間が気になるのだけれど?」

 リオンは軽く笑って誤魔化した。

 その時、屋敷の門を叩く音が響く。

「ロズヌーヴ家へ参りました! 王国騎士団です!」

 門の前には二人の騎士が立っていた。


 一人はミルクティーのような淡い髪を編んだ女性。

 姿勢も表情も真面目そのものだ。

「王国騎士団所属、マリー・エル・ホワイトです。本日より護衛を担当いたします」


 もう一人は力強い瞳が印象的な、黒髪の青年だった。

 爽やかな笑顔を浮かべながら軽く会釈する。

「ダニエルです。どうぞよろしくお願いします、お嬢様」


「私はノエレット。ノエレット・ロズヌーヴです。よろしくお願いします」

 二人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 ……思っていたより普通だ。なんて思ったのだろう、そんな表情だった。


 屋敷へ案内し、リオンも含めて四人でお茶会を開いた。

 いつもはリオンを前に座らせて二人でお茶会をするから、彼が隣へ座っているのも、四つの椅子が埋まっているのも、新鮮な光景で胸が高鳴る。

「本日はお越しいただきありがとうございます」

「い、いえ! これからお世話になりますから」

 マリーが慌てて姿勢を正す。紅茶を飲む彼女の所作は、美しく丁寧だった。まるで貴族の令嬢のよう。

 その様子を見ていたリオンが紅茶を置く。

「安心しましたか?」

「え?」

「最初は警戒される方が多いので」

 マリーは苦笑いした。

「……はい。失礼ながら、想像よりも全然違いました」

「でしょう?」

 ダニエルは返事の代わりのように、紅茶をひとくち飲んでいた。

「よかった、これからどうぞよろしくね」

 私が手を差し出すと、マリーはしっかりと握り返してくれた。


 その後、門番を任されたマリーとダニエルが外へ向かう。

 リオンは二人に仕事を教えるから、私を部屋へ送ったあと少しだけ離れると言っていたから、私は自室でひとり読書をすることにした。


     ◇ ◇ ◇


 私は今日から吸血鬼のお嬢様の護衛を任された。屋敷は中々に綺麗で、実家に似た造りや、色とりどりの花で囲まれた庭園は心を落ち着かせてくれる。

 ……問題があるとすれば、私の隣を呑気に歩くダニエルだ。

 しかしもうひとつ、私の胃に大きなダメージを与えている原因がある。

 この屋敷を平然と闊歩している傘持ち、リオンが、ソライト王国第一王子であることだ。

 私の実家であるホワイト家は代々騎士を輩出してきた家系で、王家とも縁が深い。

 だから私は知っている。彼が、“存在を秘匿された王族“であるということを。そして、ホワイト家の人間である私が派遣された理由も、そのためだ。

 ロズヌーヴ嬢の護衛。

 存在を秘匿された第一王子、リオニール・エリオ・ソライト様の護衛。

 二つの任務を同時に任されている私は、着任初日からプレッシャーが凄かった。

 ……なのに。

 私の隣を歩く男は、そんな空気をまるで理解していなかった。


「なあ傘持ち、この屋敷にはノエレット嬢とお前以外住んでねえのか」


 ああ、終わった。

 私の胃も、騎士人生も、今日で終わった。

 第一王子に向かって敬語なし、まるで友人のような口ぶり。

「いいえ。ノエレット様のお父様であるカッシウス・ロズヌーヴ様と、住み込みの従者が一名おります」

 リオン様は顔色ひとつ変えずに答えた。なんとお心が広い方なのだろう。

 隣の男にも見習って欲しい。

 ここへ向かう道中で、王子について散々説明しただろう。

 が、そんなことを本人に言えば私の命が危ないので黙っておく。

「それにしては生活感が少なくないか? 四人分にも満たない気がするけどな」

「カッシウス様とその従者の方は、普段魔国にてお役目を果たされていますから、ご滞在されることが少ないんですよ」

「ふうん。随分と信用されてるみたいだな、王子サマ」

 ダニエルは興味無さそうに返事をした。もう本当にやめて欲しい。

 キリキリと痛む腹を抑えていると、リオニール様が微笑んだ。

 王族らしい威厳はなく、年相応の青年らしい揶揄うような笑みだった。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

 穏やかな笑み。……それが逆に緊張するのですが。

「お、……気遣いありがとうございます……」


 そんな会話をしていると、周囲にある腰ほどの高さの植木が、突然グングンと成長していった。

「……へ?」

 私の困惑にはお構い無しに、伸びやかに背を増やしていく。

「なに、なになに!?」

 私たち三人を覆うほどにまで成長した草木は、日光さえも遮る檻のようになっていた。

 リオニール様は頭をおさえて溜息をつき、ダニエルは「おー、すげえ」と感心している。どういう状況なのだろうか、頭が混乱し始めた。

 なに、なんでそんなに落ち着いていられるの!?

 そんな時、私の目の前に黒い影が音もなく現れた。


「わあ!」


「いやあああああああ」

 突然現れた人影に、私は反射的に走り出す。

 しかし逃げ場はない。草木の檻は狭く、右へ行けば枝、左へ行けば幹。

「痛っ! いたっ! ちょ、せま!」

 肩をぶつけ、足を引っ掛け、半泣きでぐるぐる逃げ回る私を見て、ダニエルが腹を抱えて笑っていた。

「ぶはっ! お前、そんなビビる!?」

「笑ってないで助けてくださいぃぃ!!」

「無理。面白いからもうちょい見てたい」

「鬼! 外道! これでも私あなたの上司ぃ!」


「お嬢様……少しやりすぎたのでは?」

「ふふ、ごめんなさい」

 草木の隙間から、くすくすと笑う声が聞こえた。

 枝葉がさらさらと揺れ、その奥から黒いワンピースの裾が覗く。

「お、お嬢様……?」

「驚かせちゃった?」

 ひょこりと顔を覗かせたのは、ノエレット様だった。両手を後ろに組み、悪戯が成功した子どものように笑っている。

「……え?」

 思考が追いつかない。

 あの影も、この植物も、全部お嬢様が?

「申し訳ございません。お嬢様は少々イタズラ好きなところがありまして」

「『少々』じゃありませんよ!」

 私が涙目で抗議すると、ノエレット様は申し訳なさそうに笑った。

「ごめんなさい。でも、マリーさんの反応が可愛くて……」

「うぅ……」

 悲しさや恐怖、悔しさが胃の中から込み上げる。

 いけないぞマリー、相手はお嬢様だ。私の護衛対象。怒ってはいけない。

「やっと驚いてくれる相手が見つかって嬉しいわ!」

 やっと驚いてくれる相手が見つかって……?

 お嬢様の声が頭の中で木霊する。私は、もしかして今後もドッキリに巻き込まれるのだろうか……?

 これから起きるであろう恐怖が頭を支配し、ついには無我夢中で叫んでいた。

「次は引っかかりませんからね!!」

 しかし、ノエレット様は突然の大声にも動じずに「本当?」と嬉しそうに首を傾げている。

「ほん──」

 言い切る前に、ノエレット様はにやりと笑った。

 その笑顔を見た瞬間、私は悟った。

 このお嬢様、絶対また何か仕掛けてくる。

「お、覚えていてください!」

 私の叫びに、庭へ楽しそうな笑い声が響いた。

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