9 はい来た
あ、暑くて、熱くて⋯
覚えの無い記憶の事を考えていた。覚えてないのに記憶してるって変な感覚だ。誰か他の人の記憶を盗み見ているような感じかな。でも誰? いつの間にそんな事したの?
う〜んと頭を悩ませているとざりっと地面を踏む音が聞こえた。それは穴ぐらの出入り口の方から少しばかり慎重な感じで、だけど静かな穴の中ではゆっくりこちらへ近づいている事がわかる。これはナータンではないしウルフでも勿論、今人質として捕まっているズージでもない。
不法侵入者だ。またか。
私は不法侵入者の足音に合わせるようにゆっくりとさっきの横穴へ向かった。誰かにこの姿を見られる訳にはいかない。一歩一歩足音を誤魔化すために合わせて進んでいるがなにせ可動域の狭い体の短い足だ。私の進む歩幅より不法侵入者が進む方が早いので本当にギリギリに横穴へ身を隠す事が出来た。
不法侵入者は先ず曲がりくねった穴ぐらの突き当りまで行くことにしたのか私の隠れている横穴の前を通り過ぎ進んで行くがその時に低く言葉を零す。
「チッ、ナータンの野郎一体何を隠してやがる」
チラッと姿を確認するとズングリとした体型で髪が薄めの悪党顔の男が穴ぐらの奥へ消えて行く。聞き覚えのある声からも察するにどうやらドムのようだった。
またお前か〜い。
帰る振りしてナータンが外へ出るのを何処かで待っていたのだろう。これって何か怪しまれているって事かな?
確かにズージの為に薬を融通してもらおうとウルフと接触してるって言い訳したけど、それってここ最近私の活躍に寄ってナータン達が鉱物を納める量が増えているであろう事とは矛盾が生じる。これまでは一応二人で働いているという体だったのに減るならともかく増えるとは変すぎる。何か秘密があるに違いないなんだと魔術師だと! って感じだろ。
足音が少し遠ざかったが安心は出来ない。ナータンの穴ぐらはそんなに深くなく隙を見ようが私の足では逃げ切れる訳もないし、外へ出たとしても他の奴等に見つかれば結果は同じだ。
これってどうすれば良い?
いくら頭を働かせても何も案は思い浮かばず、ドムの足音は奥から引き返しながら幾つかある横穴を確認しつつゆっくりと近づいて来るのがわかる。せめてナータンが帰ってくれば何とかなるだろうけど出て行ったばかりだし、ウルフのいる小屋は少し離れているらしいから時間がかかることはわかっている。もしそこにウルフがいなければ探しまくるだろうからもっと時間がかかる。
これは詰んだかな……
ドムの気配が直ぐそこまで迫った時、いよいよかと思っていたら反対方向から足速に何かが近付く気配がしアッという間に私が隠れている横穴を通り過ぎた。
「何故お前がここにいる?」
ウルフ!! ナイス!
「いや、い、今ナータンを探していたんだ、知らねぇか?」
焦ったドムの声が間近に聞こえる。どうやらすぐ隣の横穴まで来ていたらしく本当に危なかった。
「俺だってナータンに会いに来たんだがここで何故かお前に会った。こんな所で会うとはファビオ様に借金のあるお前に滞っている返済を迫れという神のお告げかな? どう思う?」
わぉ、ドムってば借金があるんだ、なるほどそれで小屋に侵入したいのね。わかりやす〜い。
ドムは何か言い返した気にゴニョゴニョ言っていたがウルフに舌打ちした後「呪われ者のくせに」と悪党らしく退場して行った。
本当に捨て台詞とか言うんだねぇ。
「……危なかったな。オイ、どこだ」
ウルフがひと息ついた後どうやら私を呼んでいる。私は横穴からひょっこり顔を出し可動域の狭い足でゆっくりと出た。
「おっと、ここにいたのか。ギリギリだったな、上手く隠れたじゃないか良くやった」
ウルフは何故かうむと頷き褒めてくれる。良く分からなかったが褒められて嫌な気分ではない私もうむと頷いておいた。
それにしても何だか穴ぐらの中がいつもより暗いなぁ。横穴の中は勿論灯りなんて無く真っ暗なんだけど、そこから出てきたのに灯りがある穴ぐらが薄暗いとは……あ、そろそろ灯りの魔石の中の魔力が無くなって来てるのか。この世界じゃ魔石は電池みたいな扱いだもんね。
穴ぐらの薄暗さなどまるで気にしていないウルフはもしかしてオオカミ男になっているせいで人間の時より夜目が効くのかもしれないな、なんて思いながら彼と向き合う。
「それでナータンはいないのか。俺も本当に探しているんだが……ズージはどこだ? まだ朝飯を取りに来ないんだ」
その言葉にさっきまでドムのせいで一瞬忘れていたズージ誘拐事件を思い出した。私は可動域の狭い腕を駆使して必死に現状を伝えようとした。
さっきのドムがズージを攫ってナータンを脅迫してるの!
「なんだ? 新しい踊りか?」
新しいって何よ! 一回も踊った事ないわよ!
可動域の狭い腕では必死の訴えは全く通じない。オマケに灯りの魔石が限界に近いのか益々辺りが暗くなってくる。
もぉ~、だから早く改造してって言ってたのにぃ!
もどかしさに思わず地団駄を踏むとグラリと視界が揺れる。
あぁヤバい。
可動域が狭いのに地団駄なんて急激な動きをしたせいでバランスを崩してしまったらしく、そのままバタリと倒れてしまった。
「おい、大丈夫か?」
ウルフが慌てた感じで顔を覗き込んできたが何故かその顔がぼんやりと霞む。
あれ……あれれ……これって気絶? ゴーレムって気絶出来るんだぁ……
ウルフの姿が遠ざかった暗闇の中、ポンと小さくスポットライトが当たっているような場所が見えた。そこには悲劇の主人公が病に侵されてベッドに横たわっており、主人を思って泣き伏す侍女がいる、という場面のようだった。
「ハイデマリー様ぁー!!」
泣き叫ぶ侍女の肩に若い護衛がそっと手を置く。
「いい加減落ち着け」
口では冷静を装っているが護衛の顔は血の気がなく悔しそうに顔を歪めている。
こんな表情をする彼を私は初めて見た。……?! 侍女、護衛……
私は自分が二人の事を見た事が無いはずなのに知っていると確信できている。侍女はイルゼ、護衛はクルト。二人とも私がこのアルケナ連邦国に来た時に故国エルデから連れて来た側近中の側近。そしてイルゼが今縋るように手を握っている、ベッドで青ざめた顔をして横たわっているのが……私か。
そこまでの情報が頭の中に流れて来たがそれ以上はズキリとした頭の痛みのせいで途切れてしまった。一瞬目を閉じ軽くこめかみ押える。
えっと、確か、穴ぐらで……
ふと思い出し自分の右手を見た。そこには何の違和感もなく五本の指と柔らかそうな掌がある。くるりと返してもきめ細かな白い肌の甲があるだけで、反対の手でそっと触れようとして、触れた瞬間コツンと硬い感触がした。驚いて両手を並べて見るとそこには三本しか指の無いクレーンゲームのアームような手。
もうっ、ナータンはまだ私の手を改造してくれてないの?
そう毒づいた私の耳にイルゼの声が再び聞こえた。
「落ち着けとか、なにを悠長にほざいてるのよ」
「別に悠長な訳じゃない。ハイデマリー様の今の状態を確認するのが先だと言ってるんだ」
「そんなのあのクソ女に聞けば直ぐにわかるわよ」
イルゼは身動きもしない私らしきハイデマリーの手を大切な物を扱うようにそっと離すとすくっと立ち上がり何処からともなく取り出した短剣を両手に握った。
「お前が直に行くのは不味い。影に探らせるからここに居ろ」
「ここでじっと出来る訳ないでしょ、ハイデマリー様がこんな、こんな状態で……」
「医術を心得ているお前が手の打ちようが無いと言うなら、やはり呪いか?」
イルゼはただの侍女ではなく諜報としての訓練も受けている。その中で医術の訓練も受けていて大概の病や怪我の治療は出来る。後、毒にも精通している。
「間違いないわ。呪物を接触させる事によって呪いをかけられた。でもハイデマリー様は水晶のアンクレットをつけておられたから僅かにだけど呪いが弱まったはず」
エデル国には身を護る御守りとして水晶を身に着ける習慣がある。水晶を使った装飾品等へ魔術によって魔法陣を定着させ大切な人へ贈るというものだ。平民の間でもよく行われるが、その効果は水晶の質や魔術師の才に寄るので安価な物では効果は薄いが王家では他国へ嫁ぐ王女へ最上級の物を持たせるのが習わしだ。
クルトは私が寝かされているベッドの頭元に置かれている水晶のアンクレットを手に取り指で確かめる様に触れる。
「完全にヒビが入って黒ずんでいるな」
「そうよ、それが呪術を使われた証拠よ。だからあのクソ女を捕まえてどんな呪術なのかを聞き出して解呪しなきゃ!」
そう言ってまた出て行こうとするイルゼをクルトがどうにか引き止めている光景が急に遠ざかって行く。
気絶して夢を見ていたのに、また気絶するのかな。
薄れる意識の中ボンヤリそんな事を思った。
読んで頂いてありがとうございます。
次話も読んでみようかなと思ってしまった方はブクマ、イイね、評価を宜しくお願い致します。
かなりヤル気に繋がります。創作中の心の安寧でもあります。




