10 ウルフ事情
駄目だ、暑すぎて仕事終わったら動けない。
確かに油断していた。流石にそこまでするとは思っていなかった俺の甘さが最悪のタイミングで出てしまいこの結果を招いてしまった。
俺はアルケナ連邦国家にある三つの州の一つ、ラングレイ州のドノヴィア子爵家の次男として産まれた。ドノヴィア家は先代、つまり祖父の世代で功績をあげ子爵となったばかり。男爵から陞爵してまだ浅く他の貴族に認めてもらおうと父が躍起になり色々と手を広げ過ぎたのか、気がつけば祖父の代で築いた信用も財産も右肩下がりに失われていった。物心ついた時には母親も亡くなっており顔も覚えていない。
唯一の救いは祖父が息子である父に代替わりして直ぐに儚くなり、自身の家門の衰退した姿を見なくて済んだ事だろう。
長子である三才上の兄カールとは折り合いが悪く子爵家にいても次男の俺に継ぐものはない。そこで将来の事を考え剣を振るうことを得意としていた俺は騎士になろうと思った。騎士になるには州都にある学院に入学しなくてはならない。
しかし入学可能な十三歳を向かえようとした時点で既に我が家は学費さえ払う事が困難な状態だったので、学院のある州都へ向かう費用と共に学費も自身で稼がなければならなかった。
俺は入学を一年遅らせ冒険者としてギルドへ所属し魔物退治等を請け負いながら金を稼いで自力で州都にある学院へ入り、三年後には卒業しラングレイ州所属の騎士としてそのまま州都で働き始めた。こうしておけば折り合いの悪い兄カールとも滅多に顔を会わせなくて済むだろう。没落確定の子爵家の後継ぎなんて全く狙ってないと何度言えば……まぁもう関係無い。
州の騎士団は二つの部署に分けられている。ラングレイ州の王とも言える首長の護衛や城の警護を主とする第一騎士団と、州都及び州全体を管轄とする第二騎士団がある。比べるまでも無く花形と呼ばれるのは団員の殆どが上級貴族で構成されている第一で、下級貴族と平民で構成されていて上級貴族の間で泥臭いと言われているのが第二だ。
下級貴族でもある程度の実力があり上への媚とコネがあれば第一に所属できるし、実力が無くても上級貴族というだけでほぼ確実に第一に所属できる為見てくればかりが立派なヘタレ騎士が多いのも第一だ。
そして下級貴族と平民が入り混じり基本昇進は実力のみの第二。いや俺からすれば普通昇進って実力のみだと思うのだが、第一を見ていると実力っていうのは財力の隠語にしか思えないから時々混乱する。
俺は第二の下っ端から三年で四十人程の小隊を任されるまでのし上がった。本来なら二年目で軽く小隊長になれるはずだったがショボい先輩のせいでミスを押し付けられ騒ぎを起こしたと問題にされ逃してしまった。ま、そいつにはやり返して隊から追い出してやったがな。
小回りが利く小隊は基本的にへ遠方へ派遣される事が多い。魔物の討伐等は一度派遣されると作戦完了後すぐに別の要請がある場所へ直接行くように指示があり地方を転々として帰るには数ヶ月かかる事もざらにある。
俺は気ままな地方巡りが性に合っていた。移動費、宿泊費、食費は要請した側持ちで、魔物を討伐すれば町や村の人達からは感謝されチヤホヤされるのだから居心地も良い。俺の小隊の部下達は殆ど平民で皆気がいい仲間という感じで過ごしていた。
「小隊長! アチラでお綺麗なお姉様方がお待ちですよ〜」
俺の隊は討伐が終わった次の日は一日休日と決めていた。今回もとある町の要請で魔狼の棲家を壊滅させ完了報告をしたばかりだ。魔狼の数は五十体程でまぁまぁの規模だったが優秀な俺の隊としては実働一日で十分だった。
「俺は今日はやめとく。お前らだけで楽しんどけ」
イスに座ったまま手元の手紙を机に放り出すと顔をニヤつかせたヤンにそう告げた。ヤンは平民ながら剣の腕が立ち頭の回転も速い。見てくれは騎士にしては華奢でヒョロっとした身体つき、いつもヘラヘラした表情を浮かべ知らない奴からすれば一見舐められるタイプだ。だが素早い身のこなしと状況を把握する才があり同期で入隊したが今では副官として俺の側にいる。
「そんな事言わないで下さいよぉ〜。女の子達の一番のお目当ては隊を指揮する隊長なんですから」
「そういう訳でも無いだろ。お前達が行けば十分さ」
困っているところを助けて貰えば誰だって一瞬良い奴に見えるのは仕方の無い事だ。まして凶暴な魔狼を討伐したなんて盛り上がる要素として最高だろう。いつもなら俺も気分良く討伐後のどんちゃん騒ぎに突入する所だがここに来て鬱陶しい知らせが来やがった。
「なんすかそれ? 悪い知らせッスか?」
魔狼討伐という大仕事を順調に成し遂げた割に俺のノリが悪い事にヤンは引っ掛かたようだ。こういう所でも勘が働く目敏い副官は戦いの最中なら使い勝手が良いがこんな時は面倒くさい相手だ。
「あぁ、実家からだ」
隠しても最終的には探り当てられるため俺は無駄な努力を早くも諦めた。
ヤンには俺の実家の事情はある程度話してある。没落確定の貧乏子爵で何を思ってか長男が後継ぎを俺に狙われていると勘違いしているというつまらない話だ。
「また金の無心ですか?」
「それもあるが、親父が死んだらしい」
「うぇっ?! マジっすか! まさか葬儀代の無心とか?」
「そのまさかだ。オマケに葬儀には金を用意して帰って来いだとよ」
「相変わらずとんでもない兄貴ですね。それで、どうするんすか?」
俺は大きくため息をつくと右手で拳を握りトントンと太腿を叩く。
「流石に帰らんわけにいかんだろ。後継ぎ問題はともかく遺産整理には子ども全ての承諾サインが必要だ」
遺産と言ったって土地だろうが屋敷だろうがダイニングテーブルだろうが全て後継ぎのカールの物だ。勿論借金も。
カールは俺が騎士として稼ぎがあるとわかるやいなや金を送れと事あるごとに言ってきた。自分は子爵家の後継ぎとしてやる事があって忙しいとか何とか言っているが要するに仕事が長続きせず定期的な収入源が無いという事らしい。領地も無いのに後継ぎとしての仕事って何なんだ? そこまで俺が馬鹿だと思っている時点でお前の方が馬鹿だろ。
「えぇ~、俺達はどうするんすか?」
「一応帰還命令は出てる。ゆっくり休んで後から帰って来い。俺は明日の朝一足先に帰るから後はお前が仕切れ。少なくとも明後日には出発しろよ」
「それはいいっすけど、大丈夫なんすかその兄貴さん? なんか変すよ」
ヤンが俺宛の手紙を勝手に手に取るとざっと目を通し首を傾げた。
「今までだったら親父さんの具合いが悪いから高級な薬を買うのにお前も金を出せとか馬車を新しく買い替えるからお前も半分出せとか一応の言い訳をそれらしく長々と書いてたけど帰れとはひと言も言ってこなかったじゃないですか? でも今回は親父さんの葬儀だから帰って来いって、まぁ普通っちゃ普通の話なんすけど隊長の兄貴は普通じゃないっすからね」
「……確かに」
あの兄なら金だけ送ってこいと遺産整理の承諾の書類も送り付けて来そうなもんだが、冗談みたいに馬鹿なことしか言えない奴だ。考え過ぎだろ。
「流石に葬儀に弟が顔を出さないのは後継ぎとして面目が立たないとか思ったんじゃないか? そういうプライドだけは無駄に高いからな」
「まぁ……そうッスかねぇ」
それでもヤンはまだ何か納得できないようで眉間に皺を寄せている。さっきは考え過ぎと思う事にしたとはいえコイツの勘が鋭い所に何度も助けられた経験があるので段々と俺も落ち着かなくなってきた。
「大丈夫とは思うけど気をつけるさ。万が一兄貴が何か仕掛けてきても負ける気はしないしな」
カールは剣の腕はそこそこでまだ魔術の方がましだったと思う。なにせここ数年ろくに顔を合わせていないから良く分からないが。親父が生きていた時は親父の稼ぎがあっただろうから俺の仕送りだけで生活してるという事はないだろう。何かの仕事をしていたとは思うがそれすら良く知らない。とにかく兄とは血の繋がりがあるという事実以外の情報は殆ど無く対策も立てられないが大した相手ではない事は確かだろう。
読んで頂いてありがとうございます。
次話も読んでみようかなと思ってしまった方はブクマ、イイね、評価を宜しくお願い致します。
かなりヤル気に繋がります。創作中の心の安寧でもあります。




